円安と「デフレ禁止条例」

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2013年02月12日

  • 齋藤 勉

2012年11月中旬の衆議院解散以降、円安の流れが止まらない。足下では、数年にわたって安定的な関係の見られた日米金利差からも大きな乖離が生じており、過去の数字から説明することが難しい、歴史的な転換点にあると言えよう(図表1)。

円安の背景には、安倍政権誕生以降の積極的な経済政策への期待がある。しかし、政策の目標は円安誘導ではなく、経済の回復、とりわけデフレからの脱却である。為替レートが減価し、円安になったとしても、経済が回復し、インフレ率が上昇しなければ目標の達成とは言えない。特に、政府、日銀は「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について」とする共同声明を発表しており、デフレからの脱却を国民に約束した形になる。

では、円安への推移はインフレ率にどういった経路で影響を与えるだろうか。

為替レートの減価は、大きく区分すると、①直接的にインフレ率を押し上げる影響、②間接的にインフレ率を押し上げる影響の2種類の経路でインフレ率に影響を与える(図表2)。

直接的な影響としては、いわゆる「輸入インフレ」が挙げられよう。為替レートの減価による輸入物価の上昇がもたらす、インフレ率の上昇圧力である。ただし、筆者の試算では、為替レートが10%減価したとき、輸入物価を通じた消費者物価上昇率の押し上げ幅は0.4%pt程度と、軽微なものに留まる見込みである。さらに、これらの直接的な影響は一時的なものであり、為替レートが減価し続けなければインフレ率の上昇は止まる。

「輸入インフレ」による影響が小さいこと、政府、日銀が目指しているのは一時的なインフレ率の上昇ではなく、「安定的な」物価の上昇であることを考慮すれば、円安を通じてインフレ率が上昇するためには、間接的な経路を通じた影響が大きく生じる必要がある。

間接的な影響としてまず挙げられるのが、マクロ経済環境の改善である。円安になることによって、製造業の企業業績は改善する。企業業績の改善は雇用・所得環境を改善させ、民間消費の増加にもつながる。同時に、株価上昇による資産効果を通じて内需はさらに増大し、景気は拡大傾向を強めるだろう。賃金水準の上昇、需要の拡大など、マクロ経済環境の改善は直接的に物価の上昇要因となる。

次に、為替が円安で推移することは、期待インフレ率の上昇にも影響する。清水谷・与儀(2003)の分析によれば、1970年代初頭ドルを法貨としていた沖縄における、ニクソン・ショックによる為替レートの減価は、一時的ではなく持続的に期待インフレ率を上昇させたという結果が得られている。期待インフレ率の上昇は、当然のごとく物価の上昇要因である。

これまで述べてきたように、円安がインフレにつながるには、マクロ経済環境の改善と期待インフレ率の上昇が不可欠である。折しも新政権の成立した2012年12月の統計からは、景気底入れの兆しが見え始めており、今後景気は拡大が続く見込みであり、今こそデフレ脱却の好機であるとの声も少なくない。

最近では「恋愛禁止条例」を破ったアイドルグループの一員が丸坊主で謝罪するというニュースが世間をにぎわせたが、共同声明として発表したいわば「デフレ禁止条例」を破ったとして、総理や次期日銀総裁が会見をすることがないように、足下の動きが着実に目標の達成につながることを期待したい。

参考文献
清水谷・与儀(2003)「為替レートの減価とインフレ期待 -70 年代初頭の沖縄の教訓」ESRI Discussion Paper Series No.30

図表1 ドル円レートと日米金利差

(出所)Bloombergより大和総研作成


図表2 円安が消費者物価上昇率に与える影響の波及経路

(出所)大和総研作成

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