アメリカで大手を振ってベンチャー投資できるのはお金持ちだけ(その2)

「アメリカでは、未公開企業に投資できるのは、証券取引委員会(SEC)認定お金持ちだけです」というエントリーを書いたのだが、そうすると、巷でよく聞く「friends & family」、つまり、友達や家族からお金を集めるのは違法なのか?という疑問がわく。

答えからいうと、「accredited investor(SEC認定お金持ち投資家)以外から増資してもOK。上場できなくなったりしない。ただし、トラブルに巻き込まれる確率は大いに増すので、できればやらないほうがいい」ということ。

前回も書いたが、accredited investorの定義は、100万ドルの資産があるか、年収20万ドル(または夫婦で30万ドル)以上。正確には、SECのRule506を参照あれ。

そして、accreditedでない個人から未公開企業がお金を集めると、

「『未公開株のリスク』などわからない自分に投資させた会社が悪い」

と投資家に訴えられるリスクがある。「買った株が売れないなんて知らなかった」「会社の事業にリスクがあるなんて知らなかった」とかいろいろ言われる可能性があるわけです。

というわけで、accreditedでない投資家がいると、「うまくいっている間」は何も問題がないが、「トラぶった時」に大いにトラブルが増幅する可能性があるのです。

この手のリスクは、本当に気心の知れた友達や親戚からお金を集めている限り非常に少ないのだが、問題になるのは買収されるとき。買収する会社からみたら、買収される会社のファウンダーの友達や家族は赤の他人である。いつなんどき訴えてくるかわからない面倒なお荷物となるわけです。そこで、買収時にaccreditedじゃない株主の分の株は全て買い取ってクリーンにしてから売ってくれ、とかいろいろ面倒なことになったりすることもある。

「面倒なことになる」だけだったら、まだましで、「accreditedじゃない個人投資家がたくさんいるから買収をやめよう」という判断になることもありえる。(実際、とある大手有力企業が、3社ある競合のうちから1社を買収する際に、「個人投資家の数」が、そのうち一つを考慮からはずす理由の一つになった、という話も聞いたことがある。)

もちろん、いかなるときにも、

「超すばらしいビジネスなので、個人投資家が海辺のフジツボのようにたくさんくっついていても関係なく買収が決まる」

ということがありえるのは、「デラウェアで法人登記をしないとだめ」という話と一緒。しなくてもなんとかなることはあるが、「全てがクリーンな同等の競合」がいる場合にはトラブルになるわけです。

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しかし、一方で、「買収される」といったレベルまでビジネスを成長させるのに、最初の資金がない。お金を出してくれるのはaccreditedでない友達だけ。・・・・といったケースもあるだろう。この場合、「将来トラブるかもしれないから今やらない」というのはばかげているわけで、とりあえず問題を認識しつつも、集められるお金を集めてgo、というのも現実的。

一応、そういうときには

「investment representation statement」

(またはそれに類する書類)に投資家のサインをしてもらうという手があります。

これは、「私は事業のリスクも、未公開企業株であるがゆえのリスクもヨークわきまえ、当面(もしくは永遠に)株が売れないかもというSECのRule 144も認識してます」といったことを投資家に宣誓してもらう書類です。サインしてもらったからといって、accreditedでない投資家からお金を集めるリスクがなくなるわけではありませんのであしからず。

(一応、SECのルール上も、accreditedじゃない投資家からも35人迄だったら増資してOKとなってますので合法。sophisticatedじゃないとだめですが。いわく

The company may sell its securities to an unlimited number of "accredited investors" and up to 35 other purchases. Unlike Rule 505, all non-accredited investors, either alone or with a purchaser representative, must be sophisticated—that is, they must have sufficient knowledge and experience in financial and business matters to make them capable of evaluating the merits and risks of the prospective investment;

ですが、できれば避けたほうがいい、という話。特に見ず知らずのひとはやめましょうね。)

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なお、未公開企業が私募でお金を集める場合は、たとえそれがファウンダー本人の自己資金であっても、accreditedな投資家からのものであっても、SECには、Form Dというものを提出するのがルール。

実際に提出されたForm Dの例はこちら)。

なお、Form Dは昨年提出方法が電子化され、内容も簡素化された。(Form Dの詳細はこちら)。この中に、「これまでにいるaccreditedでない投資家の数」を記入する項があって、たいていどこの会社も複数の答えが入っている。なので、まぁ、どこのベンチャーもaccreditedでない投資家を抱えている、ということです。

で、このForm Dを出すことで、「特定の投資家からお金を集める場合のみ適用される有利な条件(公開企業並みの情報開示をしなくていいとか)」が適用される。

・・なのであるが、じゃぁ、誰もがForm Dを出すかというと、そうでもない。というのも、Form Dを出すと、いくら増資したかが世にばれてしまうのですね。Xobniのファウンダーのblogより(2007年とちょっと古いですが)

Form D filings don’t have to be filed!
The SEC requires series A companies to file a document
called Form D. These are public record and journalists can learn
the details of your financing by searching through these documents.
If you want to keep this information private (we did), don’t file
the document!

未公開企業の株を売却する際には、州ごとにもいろいろなルールがあるのだが、この辺も実際はあいまい。

たとえば、カリフォルニア州にはLimited Offering Exemption Noticeと呼ばれる25102(f)というフォームを提出する義務がある。

・・・のであるが、シリコンバレーのベンチャーシーンでも特に権威あるWilson Sonsiniという弁護士事務所のパートナーに、お手伝いしているとあるベンチャーに関し

「25102(f) 出さなくていいの?」

と聞いたところ

Theoretically
yes.  There is no real penalty for a late or
no filing.  Yes, I suppose you can do it now.

「理論的には出す。でも、出さなかったり、後で遅れて出してもペナルティなし。まぁ、今出してもいいんじゃないの」

という非常に情熱的な(←反語)返事が来ました。そんな大したフォームじゃないんですけど。

disclaimer: ちなみに、以上の話は、読んでわかる通り
、単なる「ルールの理解」ではなく、「経験則に基づく判断」の側面が大きい
。で、私の経験に基づき、知る範囲で書きましたが、「それはちがう」といったことがあれば、コメントで教えてください
。あと、起業家のみなさんは、起業に詳しい弁護士に相談してください。

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なお、アメリカでもエンジェル投資を縮小させるような金融法案が提案されており問題となっている。accreditedな投資家の足きりラインを、資産230万ドル、年収44万9000ドルまであげよう、というもので、これで、国民の8.5%いるaccreditedな投資家の77%が資格を失ってしまう可能性がある。多くの反対で、「足きりラインはそのまま、資産に住宅の価値をいれるのだけやめよう」というところまで縮小しているが、これだけでエンジェル投資は半分になってしまう、という説もあり、この先どうなることでしょうか。

アメリカで大手を振ってベンチャー投資できるのはお金持ちだけ(その2)」への8件のフィードバック

  1. いつもブログを楽しみに拝見させていただいております。
     
    今回教えていただいたSECのRule506を読みましたら、ベンチャー企業に投資できるのはaccredited investor(と35人までの洗練された?投資家)だけ、というのはよく理解できました。
    ちなみに、最初に仰っている「accredited investor以外から増資してもOKよ」というのは法的にはどの辺りが根拠になるのでしょうか?
    こちらも、Form Dさえ出せばSECに登録届出書をファイリングしないで済むといったSECのRuleがあるのでしょうかね。。
     
    ところで、日本証券業協会のパブリックコメントですが、ベンチャービジネス業界では、それを取り巻く公認会計士やらも含めて、やれ「資本主義が死ぬ」だの「企業家の夢を打ち砕く」だのお祭り騒ぎをされているようですが、私個人的には、同協会の提案を読む限り、個人からでも真っ当な出資であればこれまでどおり何も問題は生じないように思います(規制の表現振りなど、改善すべき余地は多々ありそうですが・・・)が、千賀さんはどのようなご感想をお持ちですか?
    傍からこの騒ぎを見ていると、ベンチャービジネス業界で御飯を食べている方々の一部が先頭に立って旗を振ることで、これをきっかけに世間の耳目を集め、御自身の業界でのプレゼンスを高めようと目論んでいるようにしか見えませんが・・・
     

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  2. chikaです。
    >「accredited investor以外から増資してもOKよ」というのは法的にはどの辺りが根拠
    は、referいただいたとおり、
    >ベンチャー企業に投資できるのは・・・・35人までの洗練された?投資家
    ということで、「35人までだったらaccreditedでなくてOK」と明記されています。あと、そもそも「こういうお金の集め方だったら、公募としてSECに届出する必要ありません」という除外規定がRule 504,505,506の3つあり、504, 505は額の上限がある代わりにsophisticatedでなくてもOK、みたいになってたと思います。(正確にはオリジナルのルールをお読みください)。
    >同協会の提案を読む限り、個人からでも真っ当な出資であればこれまでどおり何も問題は生じないように思います
    大問題です。
    開いた口がふさがらない!信じられない!馬鹿じゃん?!もう仕事やめたら?!抱腹絶倒(用法違う?)!
    ・・・と思っています。マジ信じられない。「基本的に個人から出資を受けてはいけない」って、そんなことしたら、まじベンチャー死亡。友達もお母さんもお父さんも「基本」ダメなんですよ?「基本だめでも、今回は大丈夫なのか」なんてことをわざわざ勉強しないと投資できないなんて、怖いじゃないですか?

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  3.  
    chikaさん
     
    コメント有り難うございます。勉強になりました。
    私も日本にいたときに(約10年前です)少しだけベンチャー業界に関わっていましたが、当時の私の感覚からすると「ベンチャー企業が見ず知らずの個人から資金を受け入れること」は百害あって一利なし(一利ぐらいはありますかね・・・)というのが正直なところです。
     
    日本では「おいおい、こんな資本構成じゃVCも投資できないし、ましてや上場なんて・・・」というベンチャー企業も沢山みてきました。
     
    一方、私が読んだ記事では、日本証券協会は別に解釈通達を出すと書いてありましたので、その中でchikaさんの言われるような「友達、お母さん、お父さん」の辺りは明確にセーフ!とされ、大半は「今回は大丈夫なの?」なんてことをわざわざ勉強しなくてもすむ世界が広がるのだと(勝手に?)解釈していました。。。
     
    なお、そうすると残るのが「見ず知らずのお金持ちのおじさん」なんかを連れてくるようなケースですが、“普通の”お金持ちのおじさんがベンチャー企業のdue diligenceをするなんてまずもって無理です。(ただ稀に、ご自身でもベンチャー企業を華々しく世にデビューさせた実績や経験を持つ“普通でない”おじさんもいますから、そういう“普通でない”おじさんと“普通の”おじさんの境界線をどこで引くの?という問題は残りそうですね。。。)
    つまり、ベンチャー企業側から見ても、「見ず知らずの個人からの資金受入れは後々トラブルになる可能性が高い」ですし、一方で、投資者側から見ても、「デューディリ能力もない個人が金融商品取引法の規制すらかかっていないハイリスク商品を買えてしまう」という環境を肯定してよいか?というところに疑問を持ったのが私のコメントの出発点です。
     
    そういう目で見ると、今回、日本証券協会が規制機関として、軸足を「ベンチャー企業は個人からの資金を受け入れるべきではない」(もちろんきちんと例外は示す)というところに置いたのは、(やり方に問題なしとは言えませんが)やむを得なかった?というか、詐欺的行為を抑制するという目的以外にも、もう少し広い観点からある程度意義があったんじゃないかなぁと感じた次第です。
     
    協会の規制でそれを実現できるかは分かりませんが、「ベンチャー企業に出資する個人は、(原則として)きちんとデューディリできないとダメ」的な立て付けが取れれば良いと思うんですけどねぇ。
     
    それでもやっぱり資本主義が死ぬ!とか、もう仕事やめろ!とか、抱腹絶倒!(この用法は私個人的にはありですね)とか言われちゃうんですかねぇ・・・
     
     
    P.S. 今読み返しましたが、私の前回のコメントで、現在のベンチャービジネス業界に携わられている方々に対して感情的になり、大変失礼なコメントを残してしてしまったように思います。この場を借りて深くお詫びいたします。
     

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  4. ぱどる様
    ファンドマネージャーしております。
    >>“普通でない”おじさんと“普通の”おじさんの境界線をどこで引くの?
    証券取引法が金融商品取引法に変わった際に、投資家を一般投資家(アマチュア)と特定投資家(プロ)を分けましたし、”普通でないおじさん”のなかでも”特に普通でないおじさん”のためには個人でも適格機関投資家になれるようになりました。
    実際、既に個人で適格機関投資家になっている方も存在します。
    したがって、境界線の問題は、金融商品取引法の下での投資家区分に従えば、大きな問題にはならないと思いますが如何でしょうか?

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  5. fmさん
     
    >境界線の問題は、金融商品取引法の下での投資家区分に従えば、大きな問題にはならないと思いますが如何でしょうか?
     
    そうですね。一つのアイデアとしては議論になり得るのかもしれませんが、私の個人的な経験から言うと、見ず知らずの個人がベンチャー企業に投資するには、ご自身である程度デューディリができて、その上で自らきちんとリスクテイクできる方でなければならないと思っています。
    でもそういう“普通でない”お金持ちのおじさんって、日本にどれくらいいると思います? 私はぶっちゃけ日本に300人もいないんじゃないかと。。(私の知る範囲では堀江さんとか)
     
    繰り返しになりますが、その辺りの例外をきちんと整理した上であれば、私個人的には「ベンチャー企業は、原則として個人からの資金を受け入れるべきではない」というスタンスも十分「あり」です。
     
    ちなみに、そうすると「おいおい、アメリカではsophisticatedでも投資できるんだし、もっと言うとRule 504、505を使えば普通のおじさんだって投資できるんだよ。日本がますます取り残されちゃうじゃん。」とご心配される方も出てくるかもしれませんが、アメリカではその辺の「間口」が広い(自由度が高い)代わりに、何か問題が生じたときのペナルティが「べらぼう」に高くつくことで一定の抑止効果を確保している、という点を考慮すべきでしょう。
    私もこちらで投資家の方を相手にするときは、Rule 10b-5の観点から情報提供の正確性、十分性、顧客の理解度などには非常に気を使います。ましてや詐欺的な意図を持っていたと判断されたら一生を棒に振ることになります。最近でも、Ponzi scheme(ねずみ講的スキーム)で証券詐欺を行ったという男性に対して、禁固330年?だかの判決が出ています。
     
    もちろん、私もベンチャー企業の育成が我が国のいわば「国策」であることは理解しています。確かに、原則を「個人からは資金受入れをしない」としてしまうと、総体的に見てエンジェルからの資金流入が細る向きもあるでしょう。
    ただそこも、例えば、プライベートエクイティファンドの使い勝手をより高めて(税制面、人材面等々)、個人にはきちんと金商法の枠の中でベンチャー企業に投資できる世界を育てていくとか、まだまだいろいろな議論の余地はあるんじゃないかと思っています。
     
    何か現状を変えようというムーヴメントが生じたときに、「そりゃ資本市場が死ぬでしょ。やめやめ!」とか「馬鹿じゃん?」だけではだめなんです。もう少し建設的な議論がなされる業界であってほしいものだと切に願うものであります。

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  6. chikaです
    磯崎さんのブログに全てが語られているので、これ以上は申しません。
    http://www.tez.com/blog/archives/001648.html
    しいて新しいことを言うなら、「日本国フレンド認定制度」なんかを導入するといいかもですね。Mixiかなんかを日本国が税金で買収して国有化し、そこで12ヶ月以上フレンドであることがfriends & familyラウンドに参加して良い条件、っていうのがいいと思います。本当にフレンド関係があるかは、時々監査が入り「1ヶ月に一度もチャットもメールもしていないから偽フレンドとして処罰」とかいうのももちろん必要ですね。
    (何が言いたいかというと、「friends & familyはOKだけど見知らぬ人はだめ」などということをenforceするのは大変だ、ということです。念のため)。
    あと、死ぬのはベンチャーのイノベーションだけで資本市場は別に回るんじゃないでしょうか。はい。

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