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最高裁が変わった?生物学的な性別のみで判断した「性別変更後認知請求判決」に弁護士も驚き【2024年の重要判例】
性別変更した女性(2022年2月、弁護士ドットコムニュース撮影)

最高裁が変わった?生物学的な性別のみで判断した「性別変更後認知請求判決」に弁護士も驚き【2024年の重要判例】

2024年も多くの判決が下された。事件の当事者へのインパクトは当然大きいが、法令の解釈が鋭く争われるなど専門家注目の判決もあれば、報道などで社会的耳目を集めた判決もある。

一般民事事件や家事事件のほか、刑事事件や企業法務まで幅広く手がける神尾尊礼弁護士に、法曹界に留まらず社会的に話題となった著名な判決から、特に画期的だと感じた事例を厳選して、判決の振り返りとともに、重要なポイントに絞って解説してもらった。

今回取り上げるのは、「性別変更後認知請求判決」(最高裁令和6年6月21日判決)だ。

●事案の概要

戸籍上男性だった方が、自分の精子を凍結保存しました。戸籍上の女性に変更した後、その凍結精子を使って子どもが誕生しました(編注:戸籍上の女性に変更する前にも同様の方法で子(第1子)が生まれていますが、2審で認知が認められ上告していないため、以下は上告した第2子に絞った解説です)。

女性が自身を「父」とする認知届を出しましたが、受理されませんでした。子どもが女性に対し、認知を求める訴訟を起こしました。

女性は親であることを争いませんでしたが、1審・2審ともに認知を認めませんでした。

●判断の骨子

最高裁は、以下の理由から認知請求を認めました。

(1)生物学的な男性が生物学的な女性に自己の精子で子を懐胎させることによって血縁上の父子関係が生ずるという点は、当該男性の法的性別によって異ならない。

(2)認知が認められないと、子は、その者から監護、養育、扶養を受けることのできる法的地位を取得したり、その相続人となったりすることができないという事態が生じ、子の福祉および利益に反する。

●判決の評価

もともと認知というのは、婚姻関係にない男女の間の子(非嫡出子)の親を決める制度です。出産したという事実をもってその方が「母」であることは明らかですので、母親が誰か分からないということは通常あり得ません。

最高裁も、卵子を提供して別の女性が懐胎したという事案で、卵子提供をした女性ではなく、実際に出産した女性を「母」とする判断を示しています(平成19年3月23日民集61巻2号619頁)。

すなわち、「現行民法の解釈としては、出生した子を懐胎し出産した女性をその子の母と解さざるを得ず」、「母」は自ずと定まると判断していますので、非嫡出子において定まらない親は「父親」に限定されることになります。

そのため、認知届は「父」が出すことになりますし、「母」が出すことは想定されてきていませんでした。役所が用意している認知届は、「認知する父」という欄しかなく、「父」からの認知しか予定していないことが分かります。

そうすると、本件女性が「父」として認知届を出せるのかという問題が生じました。

役所は、認知届を不受理としました。認知届が受理されない場合、次に採り得る手段は裁判上の手続になります。ここでは「認知の訴え」についてご紹介します。

認知の訴えは、民法787条で規定されています。原則として子が親を訴えることになります。この「親」を、法的性別における男性(父親)と解したのが、1審および2審判決です。

なお、認知の訴えのような公的なものを決める裁判の場合は、当事者が争わなくても裁判所が別の判断を下すことがあります。今回も、本件女性は親であることを争っていませんが(つまりは子も親も認知を望みましたが)、裁判所がそれを認めないという構図になりました。

最高裁は、認知の訴えにおける「父」を、法的性別における男性ではなく、生物学的な男性と解しました。本件女性は、精子を提供した時点では生物学的男性であることは変わりありませんので、認知を認めるという結論になりました。

さらに最高裁は、認知を認めないと子の利益に反するとし、子からみて「認知を認める必要性」も認めました。

結論からみると、実の父である以上、認知を認めるというのは当然のように感じます。認知を認めないと、養子縁組をせざるを得ず、実の親が養親になるという異常な事態になり得ます。

1審や2審が認知を認めなかったことの方に違和感がある人もいると思いますが、私の感覚だと、今までの最高裁の考え方からすると、むしろ認知を認めた本判決の方に驚きを感じました。

従前の最高裁には、必ずしも生物学的な親子関係を重視してこなかったという傾向がありました。たとえば、判決当時話題になったものとして、「最高裁平成26年7月17日判決民集68巻6号547頁」があります。

このケースは、DNA検査の結果、生物学的には親子でないことがはっきりしている場合で、かつ両親が離婚し別居しているような状態であっても、遠隔地に居住していたなどの性的関係をもつ機会がなかったことが明らかであるなどの事情がなければ、親子関係不存在とはならないと判断された判決です。

実務上行われるDNA検査は、父子関係が認められる確率が「99.999…%」か「0%」と明確に算出されます。父子関係がある確率が0%、すなわち「生物学的な親子関係があり得なくても、法律上の親子はそれだけでは否定されない」と最高裁は判断したわけです。

翻って本判決です。法的性別をまったく無視し、専ら生物学的な性別のみで判断する姿勢は、上記平成26年の最高裁判決の態度とは正反対のように感じます。最高裁は、ジェンダーに関して寛容な立場に親和的になってきたのかもしれません。

本判決は生殖不能要件を違憲とした判断(最高裁令和5年10月25日判決民集77巻7号1792頁)の延長に位置付けられそうで、ジェンダー平等を実現するためにむしろ生物学的要素を強調したともいえるものです。

「生物学的vs法律的」ではなく、「ジェンダー平等vs不平等」という観点から、より社会の変化に即した判断を志向しているのかもしれません。

2024年に下された3つの判決「旧優生保護法違憲大法廷判決」「袴田事件無罪判決」「性別変更後認知請求判決」に共通するのは、裁判所が、過去の常識(優生的立法や苛烈な取調べ)や裁判例(法的親子関係の重視)から脱却し、現在の価値観に沿ったアップデート(立法自体違憲、取調べ調書のねつ造認定、生物学的親子関係の重視)を試みているという点だと感じます。

まだまだ先例の影響力は強く古い判断も散見されますが、信頼される司法のために、説得的な判決が出されていくことをこれからも期待したいと思います。

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

プロフィール

神尾 尊礼
神尾 尊礼(かみお たかひろ)弁護士 東京スタートアップ法律事務所
東京大学法学部・法科大学院卒。2007年弁護士登録。埼玉弁護士会。一般民事事件、刑事事件から家事事件、企業法務まで幅広く担当。企業法務は特に医療分野と教育分野に力を入れている。

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