ここは日本のどこか。天候の影響で洗濯物を外に干せず、生乾きを避けるためにコインランドリーを使う人は少なくない。ただ、気づかぬうちにちょっとしたトラブルに巻き込まれる可能性もある。
●見知らぬ「男性モノの靴下」を持ち帰ってしまった
ある日曜の昼下がり、悠人さん(仮名)は一週間ぶりに自宅の洗濯機を回したあと、小雨の中、歩いて数分の距離にあるコインランドリーまで洗濯物を持って行った。
最新式の機種が並ぶ店舗は、老若男女の客で賑っている。悠人さんは、空いている乾燥機の中に洗濯物を入れ、30分コースをセットし、いったん自宅に戻った。
悠人さんが他の家事をこなしているうちに定刻になった。せっかちな彼の妻が洗濯物をとって戻ってきたが、その中に見知らぬ男性中年モノの靴下が混じっていた。
妻はてっきり悠人さんのものだと思ったらしい。他の洗濯物と一緒に几帳面に畳んで積み上げている。おそらく先に乾燥機に入っていた「誰かの忘れ物」だと思われたので、夫婦はすぐに店舗に靴下を戻しに行った。
わざとでないとはいえ、忘れ物を家まで持ち帰ってしまった――。悠人さんは少し気になっている。もし持ち主に「この泥棒!」なんて言われたら・・・。はたして法的にはどうなのだろうか。坂野真一弁護士に聞いた。
●間違えて他人の靴下を持ち帰ってしまったケース
――悠人さんの妻は罪に問われるのでしょうか?
結論としては、罪に問われないと考えます。
まず、悠人さんの奥さんは、コインランドリーで間違えて他人の靴下を持ち帰ってしまっていますが、そもそも、他人の靴下の存在を認識しておらず、取得しようという意図もありません。
したがって、悠人さんの奥さんには、法定の犯罪構成要件たる事実の認識もありませんし、かつ「窃盗罪の故意」が認められるために必要な「不法領得の意思」(大判大正4年5月21日、最判昭和26年7月13日)もありません。
以上から、悠人さんの奥さんに窃盗罪は成立しません。
次に、靴下は所有者の占有を離れた遺失物といえるので、遺失物等横領罪が成立しないのか考えます。横領行為とは「他人の物を自己の物のように処分し、若しくは処分しうべき状態に置く」行為をいいます(大判明治42年8月31日)。
今回、悠人さん夫妻は、靴下が誰かの忘れ物だと知り、ただちに店舗に靴下を返却しにいっています(おそらくコインランドリーの利用規約に忘れ物は忘れ物コーナーに置くような定めがあったと思われます)ので、その靴下を自分の物のように処分しているわけでもありませんし、ことさらに返却しないことにより自分の物のように処分できる状態に置いたわけでもありません。
つまり、横領行為がないというべきです。以上から、悠人さん夫妻には遺失物等横領罪も成立しません。
このほかに刑法上、成立しそうな犯罪はなさそうなので、悠人さん夫妻は罪に問われないものと考えます。
●自分の物にしようとして持ち帰ったケース
――もし自分の物にしようとして持ち帰った場合どのような犯罪が成立しえますか?
この問題は、忘れられた洗濯物に誰かの占有が認められるか、という点に関わると思われます。
なぜなら、窃盗罪の成立には、財物に対する他人の占有(所持)を侵害することが必要である(大判大正4年9月10日、最判昭和26年8月9日参照)ことから、店に忘れられた洗濯物に、持ち主やコインランドリー店主の占有が及んでいるのであれば、その洗濯物を自分の物にしようとして持ち帰る行為は、持ち主や店主の占有を侵害するので窃盗罪に該当する可能性があります。
一方、忘れられた洗濯物に誰の占有も及んでいないとすれば、遺失物等横領罪に該当する可能性があると考えられるからです。
この点、旅館のトイレに忘れられた財布について、旅館主の占有を認め、遺失物ではないとして窃盗罪を認めた判例(大判大正15年10月8日)があります。
また、乗客が列車内に遺留した物品の占有は当然に列車乗務員に帰属するものではないとして窃盗罪を認めなかった判例(大判大正15年11月2日)もあります。
一方、車掌が乗務中の貨物列車に積載されている荷物を不正に領得する行為は窃盗罪であるとした判例もあります(最判昭和23年7月27日)。
私の使っている判例検索ソフトでは、残念ながらコインランドリー内の忘れ物についての裁判例は見当たりませんでした。
●ポイントは「誰かの占有が及んでいるか」
――どう考えればいいでしょうか?
少し難しい話になりますが、最高裁は、刑法上の占有について次のように判示しています。
「刑法上の占有は人が物を実力的に支配する関係であつて、その支配の態様は物の形状その他の具体的事情によつて一様ではないが、必ずしも物の現実の所持又は監視を必要とするものではなく、物が占有者の支配力の及ぶ場所に存在するを以て足りると解すべきである。しかして、その物がなお占有者の支配内にあるというを得るか否かは通常人ならば何人も首肯するであろうところの社会通念によつて決するの外はない」(最判昭和32年11月8日)
この判断によれば、その物に関して、誰かの占有(刑法上の占有)が及んでいるかという問題は「(具体的な事情から)通常人であるなら誰であろうと、ある占有者の支配内にある(もしくは、ある占有者の支配内にはない)と納得するだろうという社会通念」にしたがって決めるほかないということなのです。
この判断から考えれば、(1)洗濯機内や乾燥機内に忘れられた衣類に関しては、持ち主は他の衣類は持ち帰っていますし、持ち主が近くにいることもありません。また、持ち主が忘れた衣類を監視しているわけでもありません。したがって特別な事情がない限り、このような衣類は少なくとも持ち主の刑法上の占有(支配力)は及んでいないと考えるのが普通だろうと考えます。
しかし、このような衣類に、コインランドリー店主の占有が及んでいるといえるのかについては、微妙です。
具体的な事情から、コインランドリー店主の占有が及んでいると社会通念上評価される状況であるなら、そのような衣類を見つけ、自分の物にしようとして持ち帰る行為は窃盗罪に該当する可能性もあるでしょう。一方、店主の占有が及んでいないと判断される状況であるのなら、そのような行為は遺失物等横領罪と評価されると思われます。
(2)忘れ物コーナーに置かれた洗濯物に関しては、洗濯店の利用規約等によっても異なる場合もあるでしょうが、多くの場合、コインランドリー店主がある時期まで保管して処分することが通常だと考えられます。
この忘れ物についての店側の対応に関して、店主に管理がされていると考えれば、その占有が及んでいると社会通念上評価できる場合も多いと考えられそうです。
仮にこのように評価されるのであれば、(2)のように忘れ物コーナーに置かれた衣類を勝手に持ち去る行為は、店主の占有を侵害するので、窃盗罪に該当すると評価されることになると考えます。
また、店主の占有が及んでいないと判断されるような特段の事情がある場合は、遺失物等横領罪に該当する可能性があると考えます。
典型的事例として(1)(2)と分けましたが、結局はいずれの事例でも、持ち主の占有・洗濯店主の占有が、忘れ物に及んでいると評価できるかという点に関わる問題という点では同じです。
●店の利用規約に従って対処することに尽きる
――トラブルを避けるためにはどうしたらよいでしょうか?
コインランドリーで洗濯機・乾燥機を利用する際に前の利用者の忘れ物がないかを十分確認し、忘れ物があった場合は、店の利用規約に従って対処することに尽きると思われます。
もし間違えて忘れ物を持ち帰ってしまったことに気付いた場合は、店の規約に従って対応するか、警察に届け出ることです。
遺失物法4条には遺失物拾得者の義務として速やかに遺失者に返還するか、警察署長に届け出るよう定められています(遺失物法4条1項)。また、施設において拾得した物は、施設占有者に速やかに交付するよう定められているからです(同法4条2項)。
仮に「面倒くさいから、届けるのはあとでもいいや」と放置すると、自分の物にしようとしていたのではないかと疑われるリスクもゼロではありません。気付いた時点で、できるだけ早く対応することが、トラブルを避けるためには重要だと考えます。