2024年12月27日(金)

令和のクマ騒動が人間に問うていること

2024年12月17日

 「人間とクマとの境界線が曖昧になれば、遊びにも、コンビニにも、犬の散歩にも気軽に行けなくなります。人が暮らす町としても、観光地としても、身近に『恐怖』を感じさせないような努力をしないといけません」

「知床ネイチャーキャンパス」の場で、学生たちに明るく講演していた村上さん(HARUKA MURAKAMI)

 こう話すのは、ウトロ地区で大型ホテルを運営する北こぶしリゾートの経営戦略室に勤める傍ら、「知床ゴミ拾いプロジェクト」の代表を務めている村上晴花さん(29歳)だ。

 プロジェクトの始まりはふとした瞬間だった。友人と山菜採りに出かけた帰り道、足元に転がっていたごみを拾ったのだ。

 これをきっかけに、「またこの日に集まってごみを拾おう」と予定を立て、SNSでの呼び掛けも始めた。結果、2020年4月以降24年10月までに計50回、延べ1000人以上の有志が、同地区のごみを拾い集めている。ウトロの人口が約1200人であることを踏まえると、その規模は決して小さくない。

 活動中、印象に残っていることがある。サケが川に遡上し、釣りが盛んになる時期のことだった。川沿いに捨てられていたビニール袋を開けると、その中にメロンの皮とエビの殻、トウモロコシの芯が入っていたのだ。「『こんなごみが本当にあるんだ』と気づかされましたね」

 酪農学園大学でヒグマの研究に関わった村上さんは瞬時に悟った。

 「そのごみを捨てたのがどのような方なのかは分かりません。ただ、そのごみをヒグマが食べてしまったらどういうことにつながるのか、その危なさが想像できていないんです。広く伝える必要性を感じました」

 一度食べたものに対するクマの執着の強さはよく知られており、ごみは人間の生活圏にクマが近付き始める大きな要因の一つだ。

 学生時代、入学直後のオリエンテーションの場で、ある教授が話していた言葉を村上さんは今でも覚えているという。

 「皆さんは、もしかしたら人間のことが嫌いでこの大学に入学したかもしれませんが、野生動物の問題を考える時に、まずなんとかする必要があるのは動物ではなく、人間の方なのです」

 人間が放り捨てたごみを見ればそのことを如実に感じるであろうことは言うまでもない。

 村上さんは通称「ゴミプロ」の代表として活動を重ねる一方で、北こぶしリゾートが手掛ける「クマ活」の実行隊長としても奮闘している。

 17年に同社に入社して以降、レストランスタッフとして働いてきたが、20年1月に経営戦略室へ異動した。その背景には不思議な巡り合わせがあった。

 同社は1960年、「桑島旅館」として創業した。当初は5部屋のみの小さな旅館だったが、今では4施設300部屋以上にまで成長した。創業当時から地元斜里町との関わりは深く、その歩みは常に知床の壮大な自然と共にあった。

 創業60周年を迎える2020年、知床への恩返しとして何ができるか考えたときに、たどり着いた答えは「知床を、つづけていく。」というコンセプトだった。その具体的なアクションの一つが、ヒグマとの共存を目指す活動「クマ活」である。

 19年の暮れ、村上さんは専務取締役の桑島敏彦さんと話す機会を得た際に、クマ活の草案について聞かされた。大学時代に培った確かな知識と経験があったこともあり、まさに、村上さんは適任者だったのだ。当時を振り返り、「適任すぎて、自分でも笑ってしまいました」と嬉しそうに話す。


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