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愛知県弁護士会でTPPに関する意見書

愛知県弁護士会で、TPP関する意見書が決議されました。少し長めですが、紹介させていただきます。岩月弁護士が奮闘されました。


    環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に関する意見書
                          2014年(平成26年)1月23日
                          愛知県弁護士会 会長 安井 信久


                   意見の趣旨

1 国民生活に重大な影響を及ぼす可能性があるTPP交渉は、秘密交渉として行うべきではなく、国民主権原理に基づく国会の権能から考えて、公開されるべきである。

2 TPP交渉と並行して行われているアメリカとの非関税障壁に関する交渉については、交渉内容を明らかにして、国民的議論に付すべきである。

3 ISDS条項は、憲法76条1項に違反する疑いが強く、国会の立法活動をも大きく制約する可能性が高い。加えて、国民主権原理を侵害するおそれがあり、基本的人権尊重主義に深刻な混乱をもたらすから、同条項の締結には反対である。

                   意見の理由

第1 秘密交渉の問題について(意見の趣旨1、2項)

1 非関税障壁の撤廃と国民の権利

 日本政府が本年7月から交渉に参加した環太平洋戦略的経済連携協定(以下、「TPP」という)は、関税だけでなく広く非関税障壁一般の撤廃を目的としている。
 TPP交渉は、2006年に発効したニュージーランド、シンガポール、チリ、ブルネイ間の同名の協定の参加国及び分野を拡大して交渉されているものである(以下、4ヶ国の協定を「原協定」という)。原協定第1章第1条は、「締約国間の貿易の拡大・多様性を進めること、障壁を除去し物品及びサービスの貿易を円滑化する…(中略)ことを目的とする。」としており、同協定が広く非関税障壁の撤廃を目的とすることを明らかにしている。交渉されている21分野の内、関税に関連する分野は3分野に過ぎず、その他は、非関税障壁撤廃と制度的取り決め等に関する分野である。この中には、食の安全や医療、環境、労働、国民生活に不可欠な各種サービスに関わる事項が含まれ、例外規定に該当しない限り協定本文の規定が全面的に適用される(ネガティブリスト方式の採用)。このため広範な非関税障壁が撤廃されることが予め予定されている(弁護士制度及び法曹養成制度等も法的サービスに該当ないし関連するため、ネガティブリストに記載されない限り、TPP本文の規定に従う。たとえばTPPではサービス拠点の設置要求は禁止されている。原協定第12章7条)。こうした非関税障壁の多くは、法律に基づいて行われていることが多いことから、TPP協定の発効に伴い、TPP協定の履行のため多数の法律の改廃が必要となることが予想される。
 非関税障壁とは、広く国家の規制、制度や慣行(民間慣行を含む)を意味する* 。経済活動に対する国家の規制は、国民の生命・健康・財産や環境の保護を目的としてなされるものであり* 、規制の撤廃は多くの場合、国民の生命・健康等に対する保護を弱める可能性が高い。第18回TPP交渉会合に参加した鶴岡公二首席交渉官は、交渉後の記者会見においてTPPは「日本全体の在り方に影響を及ぼす」と述べており、広範な分野の非関税障壁の撤廃が国民の生活に大きな影響を及ぼす可能性に言及している(中日新聞2013年7月26日)。

2 秘密保持契約

 しかるに、TPP交渉は、交渉参加に先立ち、秘密保持契約を結ぶ異例の秘密交渉として行われている。このため、国民及び国民を代表する国会が民主的コントロールを及ぼす機会が完全に奪われている。先の記者会見で、同交渉官は、「政府だけで決めることはできない」として国民と情報を共有する手法を考えたいとしていたが(中日新聞2013年7月26日)、現在に至るまで国会及び国民の間で議論する基礎となる確実性ある情報は提供されていない。
 しかも、TPP発効後、もしくは、TPPが合意に至らなかった場合は、最後の交渉会合から4年間は、交渉原文、各国政府の提案、添付説明資料、交渉の内容に関するEメール及び交渉の文脈の中で交換されたその他の情報(以下、「協定関連情報」という)を秘匿することが計画されている* 。 

3 条約の解釈と協定関連情報の関係及び国会の承認

 条約法に関するウィーン条約第31条は、条約の解釈は、「文脈により…解釈するものとする」(1項)とした上、条約の解釈上、「文脈」には、条約文(前文及び附属書を含む。)のほかに、「(a)条約の締結に関連してすべての当事国の間でされた条約の関係合意」、「(b)条約の締結に関連して当事国の一又は二以上が作成した文書であってこれらの当事国以外の当事国が条約の関係文書として認めたもの」を含むとしている。このため協定関連情報は、TPP協定の条文を解釈する上で欠くことができないものである。判明している限りでも、TPP協定には、「公正」「衡平」「合理的」等、抽象的な条項を多数含んでいるため「文脈」としての関連情報の必要性はいっそう高い。ところが、発効後4年間、協定関連情報を秘密にする前提では、国会は意味内容が確認できない条約に対して承認を求められることになり、国民主権原理に違反する。
 国会は、各分野に渡り国民生活に及ぼす影響をそれぞれ検討し、全体について承認をするか否かを求められることになる。この場合に、国会が条文の内容を確定することができないまま承認を求められるのは日本国憲法73条3号但書が条約に対する承認権を国会に与えている国民主権の趣旨を没却するものであり、また、不明確なまま承認をした場合、条約締結に関連して改正すべき国内法が判明しないまま国会が承認を与えることになるから、憲法41条の趣旨にも反する。
 よって、TPP交渉は、秘密交渉として行うべきではなく、国民主権原理に基づく国会の権能から考えて、公開されるべきである。
 また、TPP交渉参加に関するアメリカの同意を得るに当たり、政府は、TPP交渉継続中、アメリカとの二国間の非関税障壁に関する交渉を別に行い、法的拘束力ある措置を採ることを合意している。並行する二国間交渉の内容もほとんど伝えられていない。アメリカがTPP加盟国の中では群を抜いた経済力を有する大国であることはいうまでもなく、非関税障壁に関する日米二国間交渉は、国民の権利や利益、生活に大きな影響を及ぼす。
 よって、政府は日米二国間交渉の内容を明らかにし、国民的議論に供すべきである。

第2 ISDS条項(投資家対国家紛争解決制度条項)の問題について
(意見の趣旨第3項)

1 ISDS条項とは

 TPP協定には、ISDS条項(Investor-State Dispute Settlement)が含まれることが確認されている。
 ISDS条項とは、外国投資家に対して、協定に違反する、投資受入国政府(地方自治体、政府投資機関を含む)の行為(不作為を含む)により、損害を被った場合に投資受入国の裁判所ではなく、投資仲裁手続に付託する権利を事前に包括的に付与する条項である。

2 憲法76条1項との関係

 憲法76条1項は「すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。」と司法の統一的帰属を定める。
 司法権とは、具体的な権利義務に関する紛争(以下、「具体的争訟」という)に関して、法を宣言して適用することによって紛争を解決する国家の作用をいう。ISDS条項は、本来、わが国の司法権に属するわが国の国内の具体的争訟について、わが国の司法権を回避して私的な制度である仲裁制度に付託する権利を予め包括的に認める。
 わが国の管轄内の具体的争訟で、国際法によりわが国の裁判所に第一次裁判権が認められない例は、わずかに外交官特権にかかるもの(外交関係に関するウィーン条約)、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(以下、「日米地位協定」という)に基づくものしか存在しない。深刻な問題が指摘されている日米地位協定も、協定文言上は、わが国の裁判所の第一次裁判権が否定されるのは、米軍内部の犯罪及び隊員等の公務執行中の犯罪に限るなど、わが国司法権に与える影響を最小限にするように配慮されている* 。
 また、政府は、TPP交渉参加問題が表面化するまで、国連自由権規約選択議定書が定める個人通報制度を締結しない理由として、「司法権の独立」(憲法76条3項)を挙げていた* 。すなわち国際法上の理由で、司法権に制限を加える場合でも、憲法に反する場合があり得ることを認めていた。基本的人権を充実する方向での条約締結には消極的な一方、社会権を初めとする基本的人権の侵害を招きかねない外国投資家の投資財産や活動を特別に保護するISDS条項を締結するのは日本国憲法の原則と矛盾する対応である。
 今日、わが国国内で事業を展開し、あるいはわが国に投資し、または投資しようとする外国投資家は、多数かつ広範囲にわたる。したがって、ISDS条項を締結することは、かつてない広範囲な第一次裁判権の放棄を承認することを意味する。

3 投資仲裁の実体規定(仲裁規範)

 投資仲裁において用いられる実体規定(仲裁規範)は限られており、外国投資家に対して公正かつ衡平な待遇を与える義務、間接収用法理などの抽象的な規定が具体的な紛争解決基準として大きな役割を果たしている* 。
 これらの実体規定は、自由貿易と公正な競争市場の形成によって、諸国民の福利が最大化するとの規律原理を有する国際経済法の立場* から立案されている。また、アメリカの2002年超党派大統領貿易促進権限法* によれば、「米国の法律が、全体として、国際法が要求するレベル以上の保護を投資に与えている」(2102条(b)(3)柱書き)との認識の下、「米国の法理及び慣行に基づく公正かつ衡平な取扱いに対する基準の設定を求める」と規定しているように、仲裁に関する実体規定は、投資受入国に対して、外国投資家にかかる高度な投資の保護、経済活動の自由の保障を求めるものである。公正かつ衡平な待遇を与える義務には、国際慣習法上、たとえば「外国投資家の投資財産保護に関する慎重な注意」、「投資家の正当な期待の保護」が含まれるとされている。上記大統領貿易促進権限法によれば、アメリカ企業・アメリカ投資家を当事者とする投資家仲裁では、米国の法理や慣行に基づく高度な投資保護が求められる可能性がある。
 以上を前提とすれば、投資家仲裁における基本ルールは、外国投資家の投資やその活動の自由を特段に保護することを一方的に求めるものとなる可能性が高い。

4 日本国憲法との整合性

 わが国憲法上、経済的自由に対しては、合理的な政策目的による制限を認め、制限に関する裁量が認められる一方、民主主義の基盤となる精神的自由については、やむを得ない場合に限って制限が認められ、その場合においても制限は必要最小限のものでなければならないなど、厳しい制約を課している(精神的自由優位の二重基準)。ところが、ISDS条項の実体規定は、これとは逆に、外国投資家に対して特別な保護を与えることを認めるものであり、日本国憲法の基本的人権秩序に深刻な混乱をもたらす可能性が高い。とくに外国投資家に対する特別な保護は、これと対抗関係にある社会的基本権を侵害する結果をもたらす恐れが否定できない。
 さらに、外国投資家に投資家仲裁廷に付託する特権を与えることは、国会の立法活動にも深刻な影響をもたらす。条約は法律に優位することから、公正かつ衡平な待遇義務に違反する法律は、改廃すべきであるところ、概念が広汎であり、いかなる法律がこれに反するかの判断には著しい困難が伴う。係争事案が生じ、仲裁判断がなされるまで判明しないこともあり得る。また、今後の立法活動に当たって、公正かつ衡平な待遇義務に違反する立法はなし得ないため、この概念の広汎性は、立法活動に著しい制約をもたらす可能性がある。さらに、巨大な多国籍企業の場合、勝訴の見込みが低くても、巨額の賠償を仲裁付託し、あるいは仲裁付託する旨、政府に通告することによって、国会の立法活動、内閣の行政活動、さらには司法の活動を萎縮させることも生じる* 。
 投資家仲裁廷における仲裁人は、原告である外国投資家と、被告である投資受入国政府がそれぞれ仲裁人を1人選任し、両者の合意で第3の仲裁人を選任するものであるが、仲裁廷は、その事件限りのものであり、裁定を下せば解散し、上訴制度も存在しない。絶対的な権限を与えられる仲裁人の資格や選任手続も厳格なものではない* 。国家の制度や慣行を裁くにも拘わらず、仲裁人は誰にも責任を負わない。にも拘わらず、裁定には被告である投資受入国の国内の確定判決と同一の効力があると規定されている例もある* 。国家の制度、規制や慣行を裁く制度であるにも拘わらず、適正かつ慎重な制度設計になっていない。 
 以上を踏まえれば、ISDS条項は、憲法76条1項に違反する疑いが強いとともに、国会の立法活動をも大きく制約する可能性が高く、国民主権原理を侵害するおそれがあるとともに、基本的人権尊重主義に深刻な混乱をもたらすものである。
 よって、ISDS条項の締結には反対である。
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