コミックマヴォVol.5

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2009/02/14

WEBマンガの新展開「HACK TO THE BRAIN」

萱島雄太さんから「WEBマンガを制作しました」とのメールが来ました。見たら、これが面白かったのでご紹介します。

http://hacktothebrain.jp/
↑HACK TO THE BRAIN

「HACK TO THE BRAIN」というタイトルで、FLASH制作によるデジタルWEBマンガです。WEBマンガに関しては、この「たけくまメモ」の初期エントリの頃から折に触れて紹介し、考察を加えていました。萱島さんは、そうしたエントリも読まれていて、完成した状態でこちらに連絡してくださったようです。

俺が興味を抱いたポイントは、俺がWEBマンガ(デジタルマンガ)の条件としてかねてから主張している「PC画面で読まれることを想定して作られたマンガ」の典型例だと思ったからです。あらかじめそれは「マンガとアニメーション、コンピュータ・ゲームの折衷表現」になることが予想され、ほぼそのままの要素が「HACK TO THE BRAIN」には見られ、「ついに出た」という感じであります。

具体的には、リンク先を見れば俺が何を言っているのか一発でわかると思いますので、ぜひ見てください。この作品は今年の第12回文化庁メディア芸術祭で審査委員会推薦作品になっているようです。

ストーリーは、「人間に感染するコンピュータ・ウィルス」をテーマにしたサスペンス・ホラー物です。このウィルスに感染した人間は精神汚染されて廃人同然になってしまう。研究者の博士も感染して危機的状態に陥ったため、助手の少年と少女が電脳世界に入り込んで博士を救出しようとする、ちょっとディズニー映画の「TRON」みたいな話です。

その意味で、ストーリー面ではとりたてて斬新な着想というわけではないのですが、作者の狙いであり、俺が成功していると思うのは、何度も言いますが作品の「見せ方」にあります。

ここは文章で表現するのが難しいです。作品内に「ページ」と「コマ」の概念が存在することからこれは確かに「マンガ」として解釈するべきだと思うのですが、「紙の本」というハードウェアから導き出される「ページ」や「コマ」とは異なるアーキテクチャ(設計思想)に基づいた、まったく異なる表現になっています。

従来のマンガ作品では、紙の本のページ平面上に「コマ」が配置され、コマ内に絵とセリフが構成されていて、これをページの上面から下面に、右ページから左ページに読み進める(日本マンガの場合)ことが基本アーキテクチャになっておりますね。

ところがこの「HACK TO THE BRAIN」では、まず画面にコマが現れ、新たなコマが次々に配置されていくことでストーリーが展開し、最後に出現したコマの枠線が青く光るので、それをクリックすると次の「ページ」に飛ぶという構造になっています。

コマの出現の仕方も、紙マンガのようにただ平面上に静的に配置されるのではなく、最初に現れたコマから次のコマが現れるまでに「時差」が設けられているということです。しかも、最初のコマの上に次のコマが重なったり、最初のコマの右側に次のコマが配置されたりといった、紙マンガでは考えられないようなコマ構成になったりする。しかし、時間契機的なコマ出現のルールが一貫しているので、読み手が混乱することはありません。つまり、新しく現れたコマに読者の視線は否応なく導かれるからです。

こういうコマ運びをどのように名付けるべきなのか、俺はまだいい言葉が思いつかないのですが、まさしくこれはPCならではの「マンガ」であると言うことができるでしょう。

作者の萱島さんは、武蔵野美術大学出身のWEBデザイナーだそうです。在学中からWEBマンガの可能性を独自に追求しており、2年前にも「MANGA 2.0」という作品でやはり文化庁メディア芸術祭で審査委員会推薦作品になっています。今回の作品のベースになっている「PCによるマンガの4次元的コマ構造」を実験したものです。俺が今、4次元的と書いたのは、従来の空間だけの表現に加えて時間的要素が加わったコマ構成という意味です。萱島さんは、自分の作品を「プログレス・コミック」と呼んでいます。

http://manga2dot0.scrapandbuild.org/
↑MANGA 2.0

今回の「HACK TO THE BRAIN」は、武蔵美の卒業制作をさらに作り直して完成させたものだそうです。萱島さんはこの他にも、独自のWEBマンガ理論をブログで考察されていました。

http://blog.scrapandbuild.org/?p=72
↑プログレス・コミック

俺が考えるマンガ・アニメ・ゲームの折衷形態によるデジタルマンガという意味では、ふかさくえみさんの『マルラボライフ』をたびたび例に挙げているんですけど、萱島さんの一連の「プログレス・コミック」は、こうしたデジタルWEBマンガのうちでも、コマ割の新しい概念を呈示したものとして、高く評価できると俺は思います。

http://jump.shueisha.co.jp/henshu/JDM/title/marulabo/marulabo_top.html
↑ふかさくえみ「マルラボライフ」(ジャンプデジタルマンガ)

ちなみに『マルラボライフ』も、平成18年度の文化庁メディア芸術祭の審査員推薦作品に選ばれていますね。

最後に「HACK TO THE BRAIN」について、俺が感じた問題点を書いてみたいと思います。デジタルマンガのシステムと見せ方においては100点満点だと思うのですが、一点「惜しい」と思ってしまったのは、キャラ絵が固く見えることです。決して下手ではないのですが、こういう画風は、人によって好き嫌いが別れるように思います。たとえば登場人物の顔が、博士を除くとあまり印象に残りません。

「HACK TO THE BRAIN」は、画面レイアウトやコマが出るタイミング、サウンドなどの演出面では、とてもよく練り込まれた完成度が高い作品だと俺は思います。方向性は非常に面白い作品だと思いますので、今後はたとえばキャラクターデザインを別の人に頼んで、萱島さんが監督に回るということを考えてもいいのではないでしょうか。

もうひとつ、これは萱島さんにはなんの責任もないことなんですけど、こうしたインタラクティブなデジタルWEBマンガは、現状、ビジネスモデルが見えないという問題があります。先に例として出した『マルラボライフ』が連載されていた「ジャンプデジタルマンガ」も、おそらくビジネスに繋がらないということで、更新を停止してしまった経緯もあります。

ただ、こうした分野は、今後画期的なデバイス(たとえばキンドルのような電子ペーパーを使った携帯端末)の出現によって、にわかに脚光を浴びるコンテンツになる可能性があります。当面は実験段階にとどまるものだとは思うのですが、「未来のマンガ」を考えるうえでは重要な試みだと言えるでしょう。

なお、第12回文化庁メディア芸術祭は明日までやっています。告知が遅れましたが、行ける人はぜひどうぞ。

----------------------------------------------
> ■第12回文化庁メディア芸術祭
> (http://plaza.bunka.go.jp/)
>
> 会期 2/4(水)~2/15(日) 10:00 ~18:00
> ※金曜は20:00(入館は閉館の30分前、2月10日休館)
>
> 会場 国立新美術館 【入場無料】
> ----------------------------------------------

▼たけくまメモ・WEBマンガ関連エントリ

※古いエントリは、リンク切れが結構あります。ご容赦を。

http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2005/01/web.html
↑WEBマンガの面白いのを教えて

http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2005/01/web_1.html
↑WEBマンガの感想

http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2005/01/web_3.html
↑WEBマンガについてのまとめ

http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2005/02/web.html
↑アメリカのWEBマンガ事情

http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-41f7.html
↑オンライン(無料)マンガ誌、花盛り(ふかさくえみ作品に言及あり)

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