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2006/06/19

映画評「インサイド・マン」

インサイド・マン 「前田有一の超映画批評」で90点という高得点を付けていたので、スパイク・リー監督の「インサイド・マン」を昨日観に行ってきた。本当は今年上半期に前田氏が95点を付けたタイのアクション映画「トムヤムクン!」を観に行きたかったが、さすがに休日は浅草まで行ってられないので家族を連れて近場で。

 結論から言うと、90点は伊達じゃなかった。サスペンス映画としては最高の出来。しかも、前田氏も書いているように「知的興奮を存分に味わわせてくれる、大人向け」の上質な娯楽映画だった。「年間何本もない、必見の一本」という賛辞は決して大げさではない。とにかくお勧め。

 語りたいことはいろいろあるのだが、結末の種明かしが面白さの大部分を占めるサスペンス物だけにストーリーのネタバレはしたくないので、前田氏の映画評以上のことは書きづらい。とにかく、ラッセル・ジェウィルスの脚本の素晴らしさはこれが処女作とは到底思えないほど。でも、それ以外にも褒め始めるときりがないぐらい良い点が多い。

 例えば、役者の演技。デンゼル・ワシントンやジョディ・フォスターなどアカデミー賞級の名優がぞろぞろ出ているのだから当然っちゃ当然なのだが、主犯格役のクライブ・オーウェンが言っているように、この映画の注目すべきところは主役から脇役に至るまであらゆる登場人物の「無言の演技」の凄まじさだ。皆、脳裏にさまざまな思いを隠しながら目で何かを物語る。どのカットのどの俳優の目にも、圧倒的な表現がある。もう、その演技力(とそれを引き出したスパイク・リー監督の手腕)を見るだけで、まず感動する。

 それから、ストーリーがほとんどマンハッタンのウォール街の銀行の中と外だけで進んでいくという変化のなさを補うため、ライティングやカメラワークスにはものすごく凝った趣向が凝らされている。事件が日中に起こり、事態が膠着するにしたがって夜の帳が降りる。そして謎めいた女弁護士の登場と犯人との交渉、続いて刑事の交渉。激烈な心理戦が交わされるのはまさに「丑三つ時」である。時間の経過にともなって変わっていくライティングと、その醸し出す息詰まるような緊張感とがぴったり合っている。

 また、ところどころで人物の回りをカメラが360度回転しながら撮影するという、サスペンス劇らしからぬカメラワークが実に巧妙な効果を狙って使われていたり、銀行内に閉じこめられている人質たちの様子を撮影するカメラワークに非常にダイナミックな工夫がされていたりと、心憎い演出が随所に見られる。ものすごい緊張感の中での映像なのでそのカメラアングルに違和感を感じることはないのだが、逆にそのアングルだからこそ得られる効果というものを計算し尽くして組み込んでいるのも、さすがといったところだ。

オリジナル・サウンドトラック「インサイド・マン」 あと、サウンドトラックもなかなか良かった。オープニングとラストの軽快なインド音楽「チャイヤ・チャイヤ」が、なぜか不思議とこの映画に合っているのである。普通の監督ならああいう選曲はしないだろう。だが、やはり彼、スパイク・リーだからはまってしまうのかもしれない。iTunesのサントラのページを観たら、「チャイヤ・チャイヤをシングルカットしてくれ!」という書き込みがあった。そのぐらいイケテる曲である。この映画にはまったら、これもお勧めかも。

 そしていつもの彼ならではの、人種差別に対する辛辣なユーモアと米国社会が抱える問題への鋭い批判の視線。ビターチョコレートを肴に香りの高い蒸留酒を舐めるように飲むかのごとき、そんな大人の楽しみを与えてくれる映画である。逆に言うと、派手なアクションとか撃ち合いとかが観たいガキは絶対見に来てはいけないと断言する。もう一度、レイトショーに1人で観に行ってみようかな。この映画、何度観ても楽しめる気がする。

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コメント

この映画、初日に見たけど・・・・
オチが途中で読めなかった?

だったらオチをそもそも最初でやらかした「クラッシュ」の方が僕は好き。この映画、音楽も良かったよ。東京じゃまだ上映してるかも。


照明は「嫌われ松子」が良かった。映画というか芝居のようなライトの当て方だから好みは分かれるけど。

投稿: 孝好 | 2006/06/22 01:31

孝好さん、ども。

オチですが、トリックについては途中でなんとなく読めるんですよね。でも、そもそもじゃあなんでこんなことするのかっていう動機がよく分からない。分からないまま最後の20分ぐらいでどとーの種明かし、と。そのへんが面白いと思いましたですよ。

「クラッシュ」、観たことないんで今度観てみます。どうもありがとうございます。

投稿: R30@管理人 | 2006/06/23 18:43

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