2008/11/03
せっかく作ったのだから・・ - サンクコストの罠
過ぎ去りしことは、過ぎ去りしことなれば、過ぎ去りしこととして、そのままにせん。ホメロス - 『イリアス』
サンクコスト (sunk cost) という単語を耳にされたことはあるでしょうか。日本語では「埋没費用」と訳されます。Wikipediaを見ると、「事業に投下した資金のうち、事業の撤退・縮小を行ったとしても回収できない費用」と説明されています。マーケティング用語ですが、今回は、ソフトウェア開発におけるサンク・コストとその対応について少し考えます。
サンク・コストのわかりやすい例としてよく用いられるのが映画館の話です。これまた、Wikipediaからひっぱってきましょう。
ある映画のチケットが1800円であるとする。しかし映画が余りにもつまらない時、1800円払った映画を見るべきか、それとも映画館を出て残りの時間を有効に使うかが問題となる。この場合、チケット代1800円が埋没費用となる。この埋没費用は、どの選択肢を選んだとしても回収できない費用である。そこで時間を浪費してまで、つまらないと感じる映画を見続けることは合理的な選択とはいえない。残りの上映時間を有効に使うことが合理的な選択となる。
- 映画を見るのを止めた場合:チケット代1800円は失うが、上映時間を有効に使うことができる。
- 映画を見続けた場合:チケット代1800円に加え、約2時間(上映時間)を失う。
あるソリューションの開発に巨額の投資をしてきたが、他社がそれを大きく上回るソリューションを提供してきた。今の開発を続けても勝ち目はない。それでもとりあえず開発を完成させるべきか、それとももう一歩のところとはいえ、ここできっぱりやめるべきか。こういう事業判断もそうですね。
ついつい「せっかくここまでやったのだから。。」という考えをしてしまいがちですが、どちらにせよ過去の投資は返ってこないのだから、それらはサンク・コストとして考えてはいけないはずです。冷静に考えて見ればあたり前の話ですが、人間心理としてついついサンク・コストとこれからの投資を混同してしまいがちです。今までやってきたことを「無駄」だったと認めることは、精神的にはつらいところですからね。しかし、それは仕方のないことなので、きっぱりあきらめることが肝心です。
先の例は、事業判断の話になりますが、開発の現場でも同じような話があります。で、よくある話としては、初期の設計がまずい、あるいは、担当者のスキル不足から「こりゃ作り直した方が早いな」というケースです。こういう場合、「せっかくここまで作ったんだから」あるいは「この人もせっかく慣れてきたところだし」ということで、結局そのまま作り直さないでいることがありますが、この時サンクコストに囚われていないか判断が必要です。本当にその判断が正しいであれば、「せっかくここまで」というサンク・コストは無視して、今を基準にした判断が必要です。
こう書くとと、「問題がでたらすぐにあきらめましょう」と誤解されるかもしれませんが、そうではありません。それまでに払ったコストは返ってきませんが、そこで得られた経験はあるはずですので、それは考慮すべきです。これらは今後の投資額に利いてきます。
それに、プログラマという人種は「作り直し」が好きなので、本当に作り直した方が早いのかは、よく考えた上で判断する必要がありますね。
また、方針転換でリソース再分配する際には、部分最適だけに走って、プロジェクト全体のクリティカルパスに影響を及ぼしたり、長期的に無理が生じるようなことのないようにもしないといけません。
何にしても「引き時」というのはほんと難しい。それを痛感する今日この頃でした ^^;
【関連記事】
・手堅い見積もりが遅れを生む - セーフティの弊害
・このバグ直しますか? - 原因療法と対症療法
【関連書籍】
・サンクコスト時間術 (PHPビジネス新書 66) (PHPビジネス新書 66) 斎藤 広達
・ソフトウェア開発者採用ガイドJoel Spolsky 青木 靖
・図解 実戦マーケティング戦略 佐藤 義典
・ソフトウェアプロダクトライン―ユビキタスネットワーク時代のソフトウェアビジネス戦略と実践 前田 卓雄
コメント