傷付いた子 虐待の連鎖
傷付いた子 虐待の連鎖
朝日新聞 2010 9 28
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児童養護施設・・・被害・成長し加害者に
家庭で虐待を受け、児童養護施設に受け入れられた子どもたちの間で、弱い子がいじめられる「虐待の連鎖」が起きているという。戦災孤児の受け皿として始まった日本の施設は大規模なものが多く、大勢の子を限られた職員がみつため目が届かない実態がある。
「施設大国」の児童福祉のあり方が問われている」
(田中京子)
大人数 届かぬ職員の目
両親に遺棄され、児童養護施設で育てられた男児がいる。施設内で年長の子から性的虐待を受け、うつ病に。高校生となり、今度は自ら他の児童に性的虐待をして退所させられた。
あいち小児保健センターの心療内科部長、杉山登志郎さん(59)のもとには、こんな子どもが次々と連れられて来る。
不眠、無気力、対人関係の困難、言葉や学習の遅れ。家庭や施設で虐待を受け様々な問題を抱えた子どもたちだ。
ある児童養護施設で虐待が明らかになり、杉山さんが園長と聞き取り調査をしたことがある。35人の子どものうち、性的な被害も加害も無縁だった子はわずか2人。別の調査では、性的虐待を受けた子のうち男子は7割、女子は2割が加害者になっていたという結果もある。
自分より弱い子に性的虐待をし、暴力で相手を屈服させる。被害を受けた児童が長じると加害に回る。親の虐待から逃れ、傷付いた心を抱えて施設に来た子どもたちの間に「虐待の連鎖」があると知って、杉山さんは衝撃を受けた。
施設内でのいじめも深刻な問題とされる。虐待が子どもの脳の発達に悪影響を与えることも、研究者らの調査でわかってきた。乳児のころから大人を信じる体験を積み重ねていない子どもは「愛着形成」が不十分で、発達障害に似た症状を引き起こし、人間関係を築くのが困難になりたちだ。
こうした問題の背景にあるのが、児童養護施設の主流は大人数の子が同居する大型だという現実だ。施設は子どもの数によって大舎制、中舎制、小舎制に分かれているが、20人以上の子を集めた大舎制が全体の6割を占める。
国の最低基準では、職員の配置は小学生以上の6人に1人。現実には1人が十数人の子をみている施設が多い。しかも、夜間の当直態勢は手薄になりがちだ。「少ない職員が大変な仕事をこなしているのは確かだが、現状のままでは限界がある」と杉山さん。
社会的養護が必要な子は全国的に約4万1千人。この10年で約5千人増えた。うち約3万1千人が児童養護施設、約3千人が乳児院で暮らしている。かつては家庭の貧困や親の病気で施設にやって来る子どもが多かったが、最近は家庭で虐待を受けた子の受け皿にもなっている。
家族的な雰囲気 心開く
子どもの集団を小さくすると、いじめや性的虐待などの「弱肉強食」は起きにくくなる。午後6時、食事に7人分の夕食が並べられた。ご飯にチンジャオロース、ジャガイモの白煮、味噌汁だ。
「いただきます」
「ジャガイモ残すなよ」
どの家庭でも見られるだんらんの光景。だが、向い合っているのは児童養護施設の職員と、虐待を受け、連れてこられた子どもたちだ。
横浜市泉区の児童養護施設「杜の郷」。敷地に5棟「家」があり、それぞれに3人の職員が住みこんで、6人の子と寝起きを共にしている。擬似家族のような形だ。ここで計29人の幼児と小学生が暮らす。
師(もろ)康晴さん(68が)昨年6月に解説、一時保護所から子どもを受け入れ始めた。多くの子が1年近く、養護施設に「空き」が出るのを一時保護所で待っていた。その間、学校に行くことは出来ず、学習や言葉の遅れが目立った。
親に食事を与えられず、コンビニのおにぎりを万引きして命をつないできた子。ゴミ屋敷のような家で暮らし、両親が行方不明になった子。子どもたちの目はどこかうつろで、心の傷の深さをうかがわせる。その多くが最初は緊張し、泣き叫んだ。
1ヶ月が過ぎ、だんだん「自分の家」であることを理解すると、少しずつ職員に心を開いた。
地域の人たちとの関係も深まってきた。地元の連合町内会長は毎朝、登校する子どもたちに声をかけてくれる。師さんは「家庭的な雰囲気の中で誰かに甘えたり、話したり、一緒に遊んだりしたという体験が子どもを成長させる。心の傷は簡単には癒えないが、そんな体験を1つずつ積み重ねて大人になってほしい」と願う。
しかし、職員を手厚く配置するには予算が必要だ。師さんは市に小舎加算の要望書を提出。こども1人につき月額約6千円が認められ、子どもの数の半数の職員を配置することが可能になった。
こうした小舎制は05年度の83ヶ所から、4年間で112ヶ所に増えた。施設の小規模化は少しずつ進んでいるようだ。
英・韓は里親委託中心へ
社会的養護が必要な子の9割が施設に行く日本の児童福祉は、国際的な流れから大きくはずれている。
京都府立大の津崎哲郎教授によると、英国では1960年代末に日本のような施設養護はほぼ廃止され、今ではほとんどを里親に委託。年長児の治療施設が残っている程度だ。
施設養護が主流だった韓国も2000年代前半に里親中心に改めた。
日本でも目が届きにくい大舎制の問題が明らかになり、小舎制が少しずつ増えてはいるが、まだ少数派。
「施設大国」の現実に変わりはない。津崎教授は「日本の施設に今でも大舎制が多いのは、施設経営のコストや職員の労務管理を優先した結果だ。子どもたちが求めているのは家庭のぬくもり。施設養護は減らし、もっと里親を増やすべきだ」と指摘している。