なぜ山中さんはノーベル賞をこんなに早く取れたのか?
2012年 10月 13日
母校も巻き込まれているようなので、きちんとウォッチしていくつもりですが、研究者の意のままにメディアの方がそのまま掲載してしまう、という構図の問題点も浮き彫りになりつつありますね。
検証能力のある方が科学部にいないといけないのでしょう。
さて、自分のよく存じ上げる方がノーベル賞を受賞されるのは、一生にあと何回あるかわからないので(笑)、この1週間、私も今回のガードン&山中受賞の話題を自分なりに楽しみましたが、その最後のエントリーとして、「なぜ山中さんはノーベル賞をこんなに早く取れたのか?」について考えてみたいと思います。
受賞対象論文が2006年のCell誌のもので、2012年にノーベル生理学医学賞というのは、ワトソン&クリックの1953年のNature誌論文掲載から1962年の受賞までよりはるかに早いスピードです。
反対の言い方をすれば「なぜこれまでの日本人生命科学研究者は(日本での仕事で)ノーベル賞を取れなかったのか?」という問いでもあります。
例えば、分子生物学のどの教科書にも載っている「岡崎フラグメント」という、DNA複製機構の一端を明らかにした岡崎玲二博士の研究成果は、文句なくノーベル生理学医学賞ものだったのですが、不幸にして岡崎先生は夭逝されました。
広島で被曝されたことが原因となった白血病だったといいます。
ノーベルの遺言により、無くなった方にはノーベル賞は与えられません。
2001年に「細胞周期における主要な制御因子の発見」という成果によるノーベル賞は、リーランド・ハートウェル、ティム・ハント、およびポール・ナースの3氏に授与されましたが、これらの研究者の発見元になったのは、トロント大学名誉教授の増井禎夫博士によるMPFというタンパク複合体の発見(1971年)でした。
増井博士は1998年にラスカー賞を受賞されていますが、日本をベースに活躍されておらず、ノーベル賞の際には、複合体を構成する「個々の制御因子」を受賞対象として、上記の3名が選ばれました。
今年の受賞者である山中さんの母校である神戸大学医学部では、西塚泰美先生という大センセイが、「プロテインキナーゼC」という、細胞内の生命現象の種々の局面で重要な因子を発見されており、何度もノーベル賞受賞者候補に選ばれていらっしゃいしたが、2004年にお亡くなりになりました。
もちろん、この他にも多数の日本人の方々が「ノーベル賞候補者」としてお名前が挙がっているのですが、現役・ご存命の方々についてのコメントは差し控えておきましょう。
さて、では、なぜ、今年、山中さんはノーベル賞を受賞できたのか?
もちろん、大人の身体の細胞を「初期化」して、胎児のような「多能性」を持った幹細胞化することに成功したのは、大きな業績であることは疑いもありません。
プラスアルファの要因としていったい何があったのか?
私は、「ガードン卿とセット」という点が重要であったと思っています。
ガードン卿の研究成果については、すでにエントリーしましたが、本当の意味で、彼の研究の真髄は「初期化」そのものではありません。
「核移植」によって、細胞の「核」を「卵」に入れると、その移植された「核」の遺伝情報が発現するというのがオリジナルな発見であり、それは「クローン技術」というスピンアウトをもたらしました。
そちらの方向で言えば、クローン羊のドリーの生みの親であるイアン・ウィルムート博士とガードン卿とのセットというオプションもありえたはずですが、クローン技術そのものは生命倫理的な観点から、下記に述べるように種々の問題があります。
(2010年の体外受精のノーベル賞は、バチカンが反対していたので、オリジナルの研究者が受賞できないくらい遅くなりました)
生命倫理的な問題というのは、人間への応用を考えた場合に、こういうことです。
クローン羊と同様にヒトのクローンを作ることは我が国の法律では禁止されています(そうではない国もあります)。
ここではそうではなく、なんらかの移植医療を必要とする患者さんに必要な、ただし免疫的拒絶を受けない細胞を作ることを想定しています。
(臓器移植の場合のドナーは圧倒的に不足しているのが現状です)
この場合、「クローン技術」と「ES細胞作製技術」を組み合わせれば、その患者さんにとって必要な細胞を作ることが可能となります。
図に示した左上の部分がこれにあたります。
ですが、この部分には倫理的問題が多々あるのです。
例えば、患者さんの「核」は「誰の卵子」に移植するのでしょうか?
誰かの女性に「過排卵」を誘発して得なければなりませんね。
核移植された卵は、もし誰かの子宮に着床させれば、一人のヒトとなっていたかもしれませんが、それを発生させて「胚盤胞」という段階まで培養した後に、ES細胞作製を行うことになります。
これが「生命の萌芽の滅失」という問題です。
「核移植」にはこのような生命倫理的な問題があるため、ガードン博士にノーベル賞を取らせたい方々としては、他の作戦を考える必要がありました。
その白羽の矢が立ったのが山中さん、という訳です。
(今年、というのはガードン卿のご年齢というファクターもあるでしょう)
そうして、iPS細胞とセットにするなら、それは「核移植」ではなく「初期化」がキーワードになります。
ガードン卿の研究成果は、「大人の細胞の核」を「未熟な卵」に入れることによって、「大人の細胞の遺伝情報」をリセットして「再発生プログラムを発動」させた、と読みなおすことが可能だったのです。
私自身は山中さんの「iPS細胞作製」は、「初期化(リプログラミング)」という基礎研究としても面白いし、再生医療への応用という意味でも極めて重要であるので、単独受賞も、あるいは他のiPS細胞研究者との共同受賞もありえると考えていました。
ただし、そのためには、「なぜ4因子で初期化にとって必要十分だったのか? 初期化とはどういうメカニズムなのか?」という点が深まる必要があるとともに、「再生医療への安全な応用」という到達点が見えることが必要だと思われます。
例えば、オリジナルのiPS細胞作製では遺伝子導入にウイルスを用いていましたし、導入した遺伝子の1つは癌化のリスクが高いものです。
また、iPS細胞化の効率性についても実用化レベルのためには、いくつかのハードルがあります。
山中4因子によるiPS細胞作製は2006年のことですから、まだまだ時間がかかって当然で、山中ファンとしては「とにかく身体に気をつけて頑張って下さいね」と思っていました。
山中さんが世界の大舞台でにわかに脚光を浴びた背景として、周囲の方々の貢献を忘れてはならないと思います。
米国留学から戻って大変な時期に、CRESTという大型予算を付けた当時の研究統括の岸本忠三先生や、その後のファンディングに関わった方々ももちろんですが、周囲のサポート無しには、このように早くノーベル賞に到達することはなかったでしょう。
例えば、iPS細胞は目下「幹細胞業界」の寵児なのですが、この業界におけるこれまでの日本人研究者の貢献があったからこそ、日本初のiPS細胞があっという間に世界に広がったのだと思います。
具体的なお名前を挙げるときりがありませんが、例えば、西川伸一先生(理化学研究所・発生再生研究センター副センター長)は国際的な幹細胞のコンソーシアムをリードするのに貢献されました。
また、応用面では、岡野栄之先生(慶應大学医学部)と高橋政代先生(理化学研究所・発生再生研究センター)の研究が世界をリードしていると思います。
このような方々が「アンチ山中」ではなく、山中さんを立てつつ互いに切磋琢磨するという環境ができたことが大きいのではないでしょうか?
(研究者といえども人間なので、競争相手のことを悪く言う方が多いものです……苦笑)
iPS細胞研究に関して、患者さん自身の細胞から多能性幹細胞が作れるようになったからといって、生命倫理の問題がまったく無くなった訳ではありません。すでにiPS細胞から卵子と精子を作って、マウス個体を作ることに成功していますが、これは人間に応用されるべきことではないことは自明です。
また、実際の応用を考えた場合には、各個人からiPS細胞を作製して移植用にするには、時間的な問題とコストの問題が多々あります。
このようなことを社会全体で議論しつつ進めることが重要と思われます。
ともあれ、震災後の2012年という年に山中さんがノーベル賞を受賞されたことは、日本にとって明るい話題です。
山中さん、本当におめでとうございました。
そして、ますますのご活躍を!
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【仙台通信の山中さん関係過去エントリー】
CREST12シンポジウム〜徳島へ(2008年5月27日)
山中さんに紫綬褒章(2008年11月2日)
山中さんのハーベイ・レクチャー(2009年3月20日)
山中さんラスカー賞!!!(2009年9月15日)(このとき!が3つだったので、今回は5つにしてみましたww)
第26回京都賞授賞式など【画像追加】【北澤先生のツイートまとめ追加】(2010年11月10日)
ISSCR2012に出席して(その1):幹細胞研究の意義(2012年6月17日付けエントリーですが、リプログラミングについて少し詳しく書いています)