火星の重力マップ公開、驚きの新事実が明るみに

探査衛星3機16年分のデータを解析、NASAが作成

2016.03.29
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新たに作成されたカラフルな火星地図は、場所による重力のばらつきを示している。白く見えるのはタルシス三山などの重力が大きい領域で、青く見えるのは峡谷などの重力が小さい領域だ。(MIT/UMBC-CRESST/GSFC)
新たに作成されたカラフルな火星地図は、場所による重力のばらつきを示している。白く見えるのはタルシス三山などの重力が大きい領域で、青く見えるのは峡谷などの重力が小さい領域だ。(MIT/UMBC-CRESST/GSFC)
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 このほど米NASAが火星の重力データを使って地図を作成し、公開した。美しいだけでなく、火星内部の核から周囲の大気まで、目で見ただけではわからない地質学的な詳しい特徴が新たに示されている。

 米マサチューセッツ工科大学のアントニオ・ジェノバ氏らは、火星探査衛星3機16年分の軌道データを分析し、軌道と速度のふらつきから、位置による重力のばらつきを明らかにした。3月5日に科学誌「Icarus」に発表された火星の地図は、太陽系で最も高い山であるオリンポス火山の頂上からマリネリス峡谷の底まで、この重力のごくわずかな違いを画像として示したものだ。(参考記事:「オリンポス山、“太陽系最大”を返上?」

 米NASAジェット推進研究所のリチャード・ズレック氏は、「火星を周回する探査機が火星から受ける重力のばらつきを分析すると、火星表面の凹凸に関するデータが得られます。高度300kmを周回する探査衛星が、大気を隔てた重力のわずかな違いをここまで追跡できるのは驚異的です」と言う。なお、ズレック氏は今回の地図作成には関与していない。(参考記事:「最新の重力地図で描いたでこぼこの地球」「月の重力場地図、グレイルで作成」

「実にすばらしい研究です」と氏は言い、謎の多い火星の地質史をめぐる論争の行方に大きな影響を与えるだろうと考えている。以下では、新しい重力マップの研究で明らかになった3つの事実と、重力マップが解決のヒントになると思われる謎について説明しよう。

二酸化炭素の大循環

 この研究における最大の発見は、火星の気候を知る上で重力が非常に役に立つということだ。

 ジェノバ氏らは、南北極冠での重力の変動から、北半球が冬になる時期には、大気中の4兆トンの二酸化炭素が氷になって北極に堆積することを確認した。南半球が冬になる時期にも、同じことが南極で起こる。季節移動するこの二酸化炭素の量は、火星大気の6分の1にもおよぶ。

 研究チームはさらに、重力を利用して火星の16年間の二酸化炭素サイクルを分析した。これにより、11年周期で強くなったり弱くなったりする太陽の活動が、二酸化炭素の移動に及ぼす影響も明らかになった。彼らの計算結果は、マーズローバー(火星探査車)が火星表面で実際に測定した値とおおむね一致していた。(参考記事:「探査車が見た火星」

「つまり、火星のまわりを周回する探査衛星により、極冠の質量の変化を測定できるようになりました。この手法は、数10億年かけて火星の気候がどのように変わってきたかを理解するうえで、基本的なアプローチになる可能性があります」とジェノバ氏。

素晴らしき火星探査フォトギャラリー
フォトギャラリーはこちら (PHOTOGRAPH BY NASA/JPL-CALTECH )

火星を様変わりさせた数億年間の巨大噴火

 新たな地図は、火星の北部の低地にある「重力の谷」の説明にも役立った。これは南北に細長く伸びる重力が異常に低い領域で、テンペ大陸と呼ばれる高地と、SF小説『火星の人』(映画『オデッセイ』の原作)の舞台になったアキダリア平原の間にある。(参考記事:「推進剤は火星で製造、最新版「火星の帰り方」」

 これまでの研究では、重力の谷は、かつて水と土砂が流れていた巨大な水路が、タルシス三山と呼ばれる3つの火山の数10億年前に起きた噴火によって埋もれたものだと考えられていた。けれども新たな分析の結果、この領域が、北半球と南半球で大きく性質が異なる火星の地質の境界にしたがっていることが示された。つまり、この領域は埋もれた水路ではなく、タルシス三山が大量の溶岩を吐き出したためにできた地殻の「しわ」だったのだ。

 タルシス三山の噴火がこれほど大きな出来事だったことを示す研究は他にもある。最近、科学誌「ネイチャー」に発表された別の研究では、数億年におよんだ三山の噴火で増加した地表の質量があまりに大きかったせいで、全体のバランスが悪くなり、地表が元の位置から自転軸に対して20度近くずれてしまったとさえ示されている。

火星が伸び縮みする理由

 重力マップにより新たな事実が明らかになったのは火星の表面だけではない。研究チームは同じデータを用いて、太陽と火星の衛星フォボスの重力が火星をどれだけ変形させているかを調べた。その結果、観測された火星の伸縮性は、内部に直径3400~3600kmの液体の「外核」があると考えると最もうまく説明できることが明らかになった。これは、2003年の画期的な研究を裏付ける結果である。

 地球の場合は、内部にある液体の外核がダイナモ作用によって磁場を作り出し、この地磁気がシールドとなって高エネルギー粒子から地球を保護している。ジェノバ氏の分析結果は、火星の磁場の悲劇的な歴史の解明に役立つかもしれない。火星は当初、地球のように強い磁場に守られていたが、やがて南半球にわずかな磁場が残存するだけになってしまった。そのため、太陽から飛んでくる高エネルギー粒子が火星を直撃するようになり、大気の大半を剥ぎ取り、原初の海を干上がらせ、おそらく誕生したばかりの火星の生命も殺してしまったと考えられている。(参考記事:「太陽嵐でパソコンのデータが消失する?」

 3機の人工衛星のわずかなふらつきから、これだけの発見がもたらされるのは大変興味深い。

文=Michael Greshko/訳=三枝小夜子

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