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1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 00:23:15.18:GEteFDrx0
その日、俺は妙な夢を見た。
歓声に包まれる満席のスタジアム、一面に広がる芝生、青を基調としたユニフォームに身を包んだサポーター。
もう幾度となく目にした光景だ。俺はこれから始まる試合への緊張感と高揚感で興奮する心を落ち着けるよう、左胸に手を添える。
大丈夫、コンディションは問題ない。心身ともに整っている。後は試合開始のホイッスルと同時に与えられた役割をただこなせばいい。
そう自分に言い聞かせると、緊張で強張りがちだった身体から余計な力が少し抜けたような気がした。
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韓国からポーランドに輸出されるはずだった戦車、軽戦闘機、自走砲などの「K防産」、すべて霧散して夢と終わる可能性も…
2:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 00:26:09.56:GEteFDrx0
~♪
お馴染みの入場行進曲が場内に響き渡る。エスコートキッズと手をつなぎ、審判の後に引き続く。
ピッチに足を踏み入れた瞬間、場内の観客が一層盛り上がりを見せる。
先頭のため他のチームメイトの様子はわからないが、待機している間の落ち着いた感じを見る限り恐らくコンディションはそう悪くはないのだろう。
(俺が一番緊張しているのかもしれないな)
いくら経験を積んでも、いくら心を整えていても、一歩勝負の世界に足を踏み入れれば途端に緊張が付き纏う。
その上、自分はキャプテンでもある。チームをまとめ上げる者としての責任感は時にひどく重圧となり、満足のいく結果を出せなかった日は自分の未熟さに落ち込んだりもした。
チーム内で最年長のヤットさんはそんな俺を気にかけて声をかけてくれたりしたが、キャプテンという立場上多少の意地もあり、結局相談はしなかった。
6:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 00:29:16.50:GEteFDrx0
ふと、彼ならもっと上手くやっていたのだろうかと考える。長谷部だったら任せられる、と言ってキャプテンの座を自分に託したボンバーヘッドの顔が脳裏に浮かぶ。
が、すぐにその考えは打ち消した。
(今はそんなことを考えてる時じゃない。自分のやるべきことに集中しないと)
今日の自分は何か変だ。もうすぐ試合があるというのに、何故今更こんな過去のことを思い出してしまったのだろうか。
8:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 00:32:23.70:GEteFDrx0
選手全員の入場が終わり、フィールド上に整列する。
国歌斉唱のため、俺はいつも通り肩を組もうと視線を隣にやったが…その時奇妙なことに気が付いた。
隣に並んだヤットさんのユニフォームがおかしい。
というか、ユニフォームですらない。
ヤットさんは上半身に紺色の半纏、下は膝ぐらいまでの白い股引、頭にはいつものヘアバンドではなくねじり鉢巻きを巻いていた。よく見ると他のチームメイトも同様の格好をしている。
なんだこれは。まるでお祭り、もっと言うと神輿の担ぎ手のような…しかし何でもない普通の顔をしているぞ。
突然の出来事に動転し固まっていると背後から、
「まこ様!なにボサッとしてんの。ほら乗って乗って!」
ちっさいオッサンに手を引かれた。よく見ると佑都だった。そして何故かこっちは半纏と褌姿だった。テレビで自慢するだけあって見事な臀筋で、妙にハマッてるのがすごい。
10:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 00:35:25.63:GEteFDrx0
そのまま大太鼓でも叩きそうな勢いの佑都に連れて行かれた先は、丁度フィールドの真ん中、センターマークの辺りだった。
そこはキックオフの場所で、本来ならばボールが置かれるはずだが今日は立派な神輿が設置されていた。
「これ…いったいなんなんだ」
次々と繰り広げられる超展開に情報の処理が追いつかずズキズキと頭痛を覚えながらも、やっとの思いで声を発する。
しかし佑都はニヤニヤと品のない笑みを浮かべるだけで俺の質問に答えない。そればかりか、屈強な体格のDFらを顎で使い俺は強引に神輿に乗せられた。
すかさず棒を担ぎ上げられ、バランスを崩しかけたが慌てて神輿に掴まることで落下は回避できた。
「おい!下ろせよ!」
「お前らぁ行くぞー!声出せー!」
「聞けって!」
『ウ゛ォー!』
佑都の暑苦しい大声にこれまた暑苦しい出で立ちのチームメイト一同が獣のような声を上げながら神輿の元に集まる。
いつの間にか相手チームや審判はフィールド上から姿を消し、代わりに天井から巨大なミラーボールがいくつも吊られていた。最早サッカーどころではない。
12:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 00:38:12.10:GEteFDrx0
視界が上下に激しく揺れる中、必死に神輿にしがみつきながら俺は頭を回転させ今の状況を考える。わけがわからない。なんだ、いったいなにが起こってるんだ。
ドン!ドドン!ドドドンドン!
ゴールエリア付近で永嗣が大太鼓を叩いてる。偶然目が合うと、今までにないくらいの見事などや顔をされた。しかもこっちも褌姿だった。
佑都が観客席に向かって何かを煽る真似をしている。するとサポーター達は口ぐちに何かを叫ぶが、大太鼓や神輿の下の奴らの喧騒でかき消され内容までは聞き取れなかった。
佑都はしばらく煽っていたが、やがてしびれを切らしたようにダッシュで飛び出し、永嗣の脇をすり抜けた。そして網をつたい、あっという間にゴールの真上に降り立つ。まるでゴリラのような身体能力だ。
佑都がもう一度声を張り上げる。サポーター達の声もそれに呼応するように大きくなる。今度は内容が聞き取れたが、
『誠、抱いて!誠、抱いて!』
耳を疑った。
13:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 00:41:07.51:GEteFDrx0
『誠、抱いて!誠、抱いて!』
「な、なん、な…!」
『誠、抱いて!誠、抱いて!」
なんとチームメイトも声を上げた。
「!?」
佑都が煽る。サポーターが盛り上がる。チームも盛り上がる。ミラーボールの光がチカチカと場内を照らす。眩しい。とてもじゃないが目を開けてられない。
薄目で辛うじて前を見るとメンバーは楽しそうに踊り狂っていた。
佑都も、永嗣も、ヤットさんも、真司も、清武も、うっちーも、チュンソンも、今ちゃんも、マヤも、岡崎も、阿部ちゃんも、駒ちゃんも、槇野も、森脇達も、そして何故か怪我でいないはずの圭祐も。
一体なにがどうなってるんだ……?!
俺はただ、その常軌を逸した光景を愕然として見つめていた。
15:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 00:44:04.04:GEteFDrx0
「……という夢を見たんだ。」
「ぶはっ!」
同じ席で朝食をとっていた麻也が豪快に吹き出す。真向いの席のためサッとトレイを避けるが、隣の清武は間に合わなかったらしい。箸を持ったままげんなりとしている。
「はは、はせさん、おうふ…っ…それ、ま、マジっすか?はひっ」
「マヤ、頼むから食い終わってからしゃべってくれ」
何がそんなにおかしいのか(実際おかしな夢なんだが)盛大に吹いた挙げ句、気管に入ったらしい。むせ込んで若干涙目になりながらも話し続けようとしていたため、
トレイは避けたまま真ん中にあるペーパーナプキンを顎で指す。素直に従い汚れた口を拭いた、と思ったらついでに鼻もかんだ。清武がまたげんなりとしていた。
麻也が落ち着くまで待っている間、俺は少々気になっていることを考えていた。
(誰が俺を介抱してくれたんだろうか)
16:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 00:47:04.96:GEteFDrx0
昨夜、代表復帰祝勝会と称して代表メンバー全員で佑都の部屋で酒を飲み交わした。
もともとそこまで酒に強い方ではないので、一杯を時間をかけて飲んでいたのだが…
「ヒック、いやあ長谷部さん、あんたはね、ほんとにすごいっすよ!ヒック」
「飲み過ぎだぞマヤ」
運の悪いことに俺は悪酔いしたマヤに絡まれていた。
19:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 00:50:12.10:GEteFDrx0
「いやでも最近のマコ様の活躍はマジすごいって。ブンデスでGKやったんだろ。すげーじゃん日本人史上初なんだって?」
「まさかマコに先を越されるとは思わなかったな」
「代わりがいなかったらやっただけだよ。それに負けたし、」
「またまたそんな謙遜しちゃってー!」
どことなく多弁でほろ酔い気味な佑都と赤ら顔で笑っている永嗣にそう言われ、苦笑しながらやんわりと否定するが、その間にマヤが割り込んできた。
「謙遜なんてしてない…っておい、背中にのしかかるな。重いだろ!」
「まあまあまあ」
「何がまあまあだ。はなれろって」
く、2m近くあるだけあって本当に重い…!じたばたと抵抗してみるものの一向に歯が立たない。試合でもこれぐらい守れよと言いたいが。
20:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 00:53:16.10:GEteFDrx0
「そおんな真面目な長谷部さんにい、マヤちゃんからプレゼントでーす」
気色の悪い猫撫で声と共に出されたのはボトルだった。いつのまにかルームサービスで仕入れたらしい。
明日はオフだが二日酔いで休日が潰れるのは御免だったので、そして何より酒はそんなに強くない方なのでもちろん断った。
「うっちー聞いてよ!長谷部さんが俺の酒なんて飲めないって言うんだ!ひどくね?」
22:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 00:56:19.83:GEteFDrx0
酒の力も多少は関係はしているのかもしれないが無礼講に拍車がかかっているらしい。断られるや否や手前で飲んでいたうっちーに泣きついた(ちなみにまだ退けてもらっていない)。
うっちーはと言うとこちらもすっかり酔いが回っているらしく、大人しく飲んでいた今ちゃんに闘莉王の物真似をせがんでいる。あっちも絡み酒体質らしい。
うっちーに構ってもらえなかったことが面白くなかったのか、マヤはブーブーと文句を垂れていた。が、すぐにまたボトルを勧めてきた。
……これはもう飲まないと解放されないっぽいな。
結局俺は根負けしてボトルに口をつけた。
そこで記憶は途切れている。
そして、例の夢を見た。
23:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 00:59:10.88:GEteFDrx0
気が付いたら俺は自分の部屋のベッドで寝ていた。
起きた瞬間頭痛が走り、二日酔いになったということを理解した。妙な夢を見たのもきっと酒のせいだろう。
あちゃー、と額に腕を置く。その時、額に何か貼られていることに気が付いた。
「いてて……ん?」
そういえばなんか冷たいものが…と思いぺりっとそれを剥がしてみると、それは冷えピタだった。
(そうか…誰かが介抱してくれたんだな)
酔い潰れ迷惑をかけたことへの申し訳なさと親切に感謝しながらふと疑問を抱く。
でも、一体誰が?
24:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 01:02:05.49:GEteFDrx0
「つまりそれは……って長谷部さん聞いてます?」
復活したらしいマヤに名前を呼ばれ、ハッと気が付く。どうやら考え込んでしまっていたらしい。
「悪いボーッとした。で、なんだって?」
不満そうなマヤに平謝りし、話を続けるよう促す。
「だからその長谷部さんが見た夢っていうのは、もしかして正夢になるんじゃないですかって」
「正夢?」
25:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 01:05:03.17:GEteFDrx0
何を突然に言い出すかと思えば。訝しげに見つめる俺を気にせず、マヤはフフンと鼻を鳴らし得意げに続ける。
「つまりアレです。ついにアレが到来するんですよ。モテモテになる時期、略して…」
「モテキ!」
ガシャン、とマヤの隣にトレイと一緒に勢いよく一人の男が腰掛ける。
「うっす!おはようございます。ご一緒してもおよろしいでしょうか、長谷部さん!」
人懐っこい満面の笑みを浮かべたその男は槇野だった。
「俺のセリフ取るなよ~」
台詞を取られて悔しがっているマヤを無視し、同席をOKした。
26:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 01:08:03.37:GEteFDrx0
「いやそれにしてもすごい夢っすね。神輿に褌かあ…うへあ」
「だろ?しかも長友さんと川島さんの褌ってのがなんか…リアルだよな」
「なんか…ね。……もしかして長谷部さん、そういう趣味あるんスか?」
「あるわけないだろ!夢に出てきたってだけでどうしてそうなるんだ」
「だってなんかリアルだもん!あの二人その手の人たちに人気ありそうだし…」
「マヤはさっき馬鹿ウケしてたじゃないか。お前がしつこく聞いてくるからしょうがなく話したんだぞ」
27:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 01:11:02.65:GEteFDrx0
「まー何度も話したくないのはわかりますわ。でも、案外マヤの言う通りかもしれませんよ。正夢、つーかモテキ?」
「モテるたって夢に出てきたのは全員男だぞ」
「しかも俺らも出演しちゃってるしね」
「いやいやいや!俺も出ちゃってるんでそういうのはちょっと。きっと女の子にですよ!」
「でも『抱いて』ってかあ…いいなあ一度は言われてみたいぜ。もちろん女の子に!」
「…お前なあ…」
28:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 01:14:11.84:GEteFDrx0
「昨日みたいに盛り上がったら酒の勢いで…って間違いもあったかもしれないですね。まあ全員見事に男なんでまずないけど」
「いやいや、長谷部さんの夢もあるしもしかもしかしたら…ってことも。ていうか既に起こってたりして!夜のハットトリック決めちゃったりな!ぶははっw」
「まーマヤの場合は男同士でも絶対間違いは起こらないと思うけどな」
「なんでだよ」
「お前顔デカイじゃろ」
「関係ねーだろ!」
「……ごちそうさま」
ダメだ、コイツらはいろんな意味でダメだ。二日酔いで調子もあまりよくないし、話がエスカレートする前に部屋に戻ろう。
モテキ云々の話まではまだ聞けたが、酒で間違いを起こすなんて絶対に有り得ない。だって男同士だぞ?
トレイを片付ける間、何気なくテーブルに視線を寄越すと今度は清武が二人に絡まれているのが見えた。ちょっと可哀想だった。
結局介抱の相手が誰だったのかは聞けずじまいだったが。まあ、いつかわかるだろ。
29:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 01:17:01.51:GEteFDrx0
部屋に戻る間、廊下でヤットさんと岡崎にバッタリ出くわした。
「おう、長谷部。朝食行ってきたんか?」
「ええまあ…岡崎気分悪そうですけど」
ヤットさんはいつも通りマイペースでとくに変わらないが、岡崎は様子がおかしい。胃の辺りを押さえていて、よく見ると顔色も悪いようだ。
「うう、気持ち悪い…」
「昨日あんな飲むからや」
「ヤットさんだって結構飲んでたじゃないっすか」
「酒は飲んでも飲まれるな言うやろ」
31:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 01:20:07.41:GEteFDrx0
どうやら岡崎も二日酔いらしい。いつもの明るさは鳴りを潜め、子犬のようにしょぼくれている。
ヤットさんは年長者らしく背中をさすってやりながら、
「長谷部は大丈夫なの?お前も飲んでたみたいやけど」
「飲まされたんですよ。ちょっと頭がズキズキするけどそこ(岡崎)までは」
「ふうん……あれ、もしかして」
「?」
「お前、昨日のこと覚えとらんの?」
32:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 01:23:31.73:GEteFDrx0
ヤットさんの言葉に目を丸くする。昨日?昨日ってあの夜のことだよな。
正直に何も覚えていないことを伝えると、ヤットさんは少し傷ついたような表情で(そう見えただけかもしれないが)俺を見た。
「なにそれ。人にあんなことしといて記憶にないて」
「え」
「俺あんなことされたの初めてだったのに」
「ちょヤットさんなに、え?」
「もうええわ。行こオカ」
そう言うとヤットさんは一方的に話を切り上げ岡崎を連れて行ってしまった。「あんなこと」ってなんのことだ?
34:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 01:26:08.71:GEteFDrx0
呼び止めることもできたがしなかった。あんな彼を見るのは初めてで圧倒されて。
「あっ、ちょオカこんなとこでアカンやろ。吐くならトイレにしとき」
「ウボァー」
「あーあ…」
すぐ後ろで岡崎のゲロった音が聞こえたが、それすらも気にならないほど俺は衝撃に打ちのめされていた。
35:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 01:29:09.53:GEteFDrx0
部屋に帰った後、ベッドに寝転んでヤットさんの発言を思い返すがやはり身に覚えがない。
というか、記憶がない。
あの温厚な人を怒らすぐらいだから相当なことを自分はしてしまったのだろうと思うが…
「あんなこと、ってなんだ?」
酒に酔って絡んだ?もしくは見境なく暴れた?それともそれ以上のことを…?
36:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 01:32:16.06:GEteFDrx0
『昨日みたいに盛り上がったら酒の勢いで…って間違いもあったかもしれないですね』
『ていうか既に起こってたりして!夜のハットトリック決めちゃったりな!』
さっきの槇野とマヤの言葉がふと思い浮かぶ。
「いやいやいや、ないないそれはない絶対ないありえない」
一人ノリツッコミを入れ即座に否定する。もう長いこと一緒にチームとしてやってきている仲間だ。特別な感情なんて抱いていないし、ましてや同性だ。
酔った勢いでってのもさすがに---
「ありえない…よな」
そこだけ自信がなかったのが悲しかった。
とにかく、身体の調子を整えたらヤットさんにもう一度聞いてみよう。あの夜なにがあったのか。
あ…ついでに心も整えておこう。
37:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 01:35:02.67:GEteFDrx0
翌日。
ピーーーーーーーーーーーッ!
練習終了のホイッスルが鳴り響く。結局昨日はタイミングが合わず、話を聞くことができなかった。
しかし意外なことに、ヤットさんは俺の予想に反して普通に接してくる。
あんなことを言われたから顔を合わせるのが気まずかったけど、少し拍子抜けしてしまった。昨日のはいったいなんだったんだろう。それとも俺の考え過ぎだったんだろうか。
(うん、きっとそうだ。マヤや槇野とあんな話をした後だから変に意識しちゃったけど、そんな取り返しのつかないような馬鹿な真似はしなかったんだ)
「あ、ヤットさん」
一人で勝手に自己完結していると、ちょうど練習を終え着替えに行こうとしているヤットさんを見つけたので呼び止めた。
38:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 01:38:08.06:GEteFDrx0
間違いが起きなかったにしろ、なにか迷惑をかけたことは事実だろうから謝らないとと考えてのことだ。
「おう、どしたん?」
首にタオルをかけたヤットさんが振り返る。やっぱり普通だ。いつもと変わらない。
「昨日のことなんですけど」
「あー……あれな」
39:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 01:40:58.38:GEteFDrx0
「酒で酔っててなんも覚えてないんですけど、俺なにかしたんですよね。そのことで謝りたくて」
「別に気にしてないよ」
「でも」
「長谷部は真面目だから、いろいろ溜まってたんやろ?」
「は?」
「考えてみたら最近ずっと忙しかったしなー、そういう時間もなかなかとれんよな」
「なに言って、」
「俺も最年長なのにちょっと気きかんかったな」
「あの、」
「これからは溜まってきたら爆発する前に言えや。いつでも相手したるから遠慮すんなよ」
「」
「じゃーな」
ヤットさんはそう言うと颯爽と帰っていった。
40:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 01:44:03.91:GEteFDrx0
なんということだ…まさかこんな……。
(チームメイトと一線を越えてしまうなんて!)
しかも相手は妻子持ちだ。ヤットさんの反応を見る限り怒ってはいなさそうだけど、けどこのままでいいわけがない。
俺はなんて最低なことを…これからどうすればいいんだ…。
頭を抱えて悩んでいると背後から誰かにポンと肩を叩かれた。
「何してんのマコ様」
「…佑都……」
怪訝そうな顔で見つめている佑都がいた。
42:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 01:47:05.72:GEteFDrx0
誰もいない練習場でベンチに二人で腰掛ける。
夕日がグラウンドを射していてなかなかいいムードだが、そんなことはどうだっていい。
佑都は様子のおかしい俺を見かけて心配してくれたらしい。なにかあったのかと聞かれるが、とてもじゃないが話す気になれなかった。
それでも何度も聞かれる内に、胸の内に隠しておくには重たすぎる悩みをコイツになら聞いてもらってもいいかなと思うようになってくる。
こういう時、佑都は人とのコミュニケーションをとるのがズバ抜けて上手いと感じる。
「…なんかヤットさんに迷惑かけたみたいで」
「ヤットさんに?」
「何をしたかは全く記憶にないんだ。酒入ってたし」
「…あー、この間の」
「佑都はなにか知ってるのか?」
「うん…まあ…」
「本当か!?教えてくれっ頼む!」
43:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 01:50:27.22:GEteFDrx0
「……俺だけじゃなかったんだ」
「え」
「マコ様のことに信じてたのに。ひでえよ!」
「ちょ、」
「この前俺にあんなにインテル注入しといて、次はヤットさんに乗り替えるなんて」
「なん…だと…?」
突然怒り出した佑都。頭が真っ白になった。
45:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 01:53:22.37:GEteFDrx0
「しらばっくれる気かよ!」
しらばっくれるもなにも覚えてないんだって。無意識に佑都から距離を少しとりながら、必死に首を横に振る。
「ゆ、佑都。落ち着けよ」
「これが落ち着いてられるか!う、ううっ…」
ついに泣き出してしまった。内股で、まるで女みたいだ。こんなキャラだったっけ?
47:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 01:56:09.32:GEteFDrx0
「悪かった、本当に記憶にないんだ」
「うっうっ」
「せ、責任はとるから」
「ホント?」
苦し紛れに言った言葉だったが佑都は途端に明るくなると俺の腕に抱きついてきた。
「おい!」
「あれ、責任とってくれるんじゃなかったの?」
「……」
何も言えなかった。固まっている俺を尻目に、佑都は一緒に夕食に行こうと言ってズルズルと俺を引っ張っていった。
49:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 01:59:08.41:GEteFDrx0
夕食に向かう間、佑都は一人でずっとしゃべりまくっていた。
昨日のマコ様はすごかっただとか、スカイアクティブより燃費がよかっただとか、お互いの両親にはいつ報告しようかとか…
夢の中でなぜか褌姿だったのはこの暗示だったのか?
盛り上がる佑都の隣で俺一人現実感を味わえないでいた。
51:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 02:03:13.89:GEteFDrx0
レストランに着くと、そこには既に何人かのチームメイトがちらほらいた。
当然だが異様な雰囲気の二人に視線が集中する。今この瞬間ほど消えたいと思ったことはなかった。
なんとか席に着くが、佑都はベッタリと俺にくっついたままだ。
さすがに神経がもたくなってきたので先に食事を取ってこいと伝えたが、なかなか離れようとしない。攻防の末、なんとか追い払うと安堵の溜め息を吐く。
52:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 02:06:16.83:GEteFDrx0
ヤットさんに引き続いて佑都まで、いっぺん二人…責任はとると言ったがどうしたらいいんだ。しかも一人は妻子持ちだし。
いや、ヤットさんはともかく佑都が望んでいることはもうわかってるんだ。
わかってるんだけど……
「はぁ…」
「溜め息なんかついてどうしたんだ」
阿部ちゃんが話しかけてきた。
53:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 02:09:36.05:GEteFDrx0
阿部ちゃんとは浦和レッズ時代からの付き合いだ。優しい性格で、誰にでも分け隔てなく接してくれる。
その性格故にプレーに支障が出ることもあるが、そういうところも含めて阿部ちゃんらしいとは思う。
穏やかで人畜無害そうなその顔を見ると不思議と動揺しきっていた心が少し整った気がした。
「なんでもないよ」
これは俺の問題であって、人に言ってもしょうがないと思った。阿部ちゃんもそれ以上は聞いてこなかった。
54:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 02:12:08.71:GEteFDrx0
「あのさ、俺は信じてるから。真面目なお前がいい加減な気持ちでそんなことするわけがないって」
「あ、阿部ちゃん…」
やばい今本気でうるっときた。いたんだ、俺にも味方が。
なんですでに事情を知っていたのかは謎だが、そんなことはどうでもよかった。
なんだか阿部ちゃんが和製ジョニー・デップに見えてきた。それぐらい光ってたように見えた。
55:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 02:15:04.39:GEteFDrx0
「そうだろ?」
「うん、ありがと阿部ちゃ
「そりゃ最初はびっくりしたけどさ、俺も家庭もってるし」
「……ん?」
「ただあんな勢いでこられたら断れないっつーか」
「なに
「いや別に気にしてるわけじゃないけどな。きっとお前のことだからやむおえない事情があったんだろ?」
「言って
「だからあの夜のことはお互い忘れよう。それが一番いいよ」
「」
「あと今ちゃんと駒ちゃんも忘れるって言ってたry
後の会話は覚えてない。
56:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 02:16:45.66:VN1v5DRu0
食事をとる気力もわかず、佑都が戻ってくる前にトイレに逃げるようにして駆け込んだ。
行く途中、清武に哀れむような目で見られたがダッシュで通り過ぎた。このままいくともしや清武も…という恐ろしい可能性が浮かんだからだ。
特別用を足すわけでもなく、鏡の前でぐったりと沈む。
「ウソだろおい…どうすんだよ…」
五人・・・!なんと一晩で五人っ・・・・・・!
もう収集がつかない。どんだけ酒癖悪いんだ俺。
59:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 02:25:06.00:GEteFDrx0
こんな自分はキャプテン失格だ。いやもう代表として戦う資格もない。
俺は決意した。
「…監督に言って辞めさせてもらおう」
「逃げるんですか。ハセさん」
「っ!真司」
60:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 02:28:52.36:GEteFDrx0
「…まさかお前も……?」
「さすがにそれはないけど、ハセさんになにがあったかは知ってます」
「……」
「辞めても責任をとったことにはならないですよ」
「お前には関係ないだろ。そこをどけよ」
「嫌です」
ドアの前に立ちふさがる真司。何度か出ようと試みるが真司の俊敏な動きによって全て阻止されてしまった。
ゴール前のボールの奪い合いのような攻防戦をしばらく繰り広げた後、不意をつかれて腕を掴まれる。
61:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 02:33:35.38:GEteFDrx0
「もう腹を括ったらどうです?どうすればいいかはわかってんでしょ」
「俺の知ってるハセさんは辞めて逃げるなんて卑怯な真似しないはずだよ」
「いつだって、どんな壁にも、どんな問題にも逃げずに真っ向からぶつかっていったじゃないっすか」
そのまま壁に押さえつけられ、真司の厳しい顔が近づく。
62:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 02:36:23.62:GEteFDrx0
いつもの真司とは明らかに違う気迫がある。本気で抵抗すれば振り払うこともできるのに、体格も俺の方が上なのに、その迫力に押されて力が出ない。
「…ぁ…」
「頼むから逃げないでくださいよ。俺、そんなハセさん見たないわ…!」
ドン、とちょうど顔の横で壁を殴る音が聞こえた。よく見ると真司は…泣いていた。
正確には涙目だが、試合以外でこんなに感情を表に出す真司は久々に見た。
64:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 02:39:51.95:GEteFDrx0
「真司」
「…なんすか」
「お前の言う通りだ。俺はもう少しで間違った道に進むところだった。ありがとう」
「!それじゃあハセさん」
「ああ、責任とって一生面倒見るよ」
「…!」
65:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 02:43:01.75:GEteFDrx0
真司は俺より年下だが誰に対しても物怖じしない、そんな強さを持っている。
正直生意気なところもあるが、本当は優しくて、仲間思いで---
「俺、頑張ります!毎日美味いうどんをハセさんに作ります!」
「ああ、ありが……ごめんなんて?」
「だからうどん作りますよて」
「なんで」
66:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 02:46:29.78:GEteFDrx0
「なに言ってんですかーもう。ハセさんこの前自分で言ってたじゃないですか」
嫌な予感がする。
真司ははにかみながら頬をかき、いかにも照れくさそうにこう言った。
「俺のために毎日うどんを作ってくれってry
「うわあああああああああっ!」
全部言い終わらないうちに渾身の力を込めて真司を突き飛ばし、人目もはばからず叫びながら逃走した。
67:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 02:48:32.53:DBNDngAi0
おかしい!ぜったいおかしい変だ!こんなの絶対おかしいよ!
そうだ、これは夢だ。あのおかしな夢からまだ覚めてないんだ!
夢なら覚めるまで待つまでだ。今日は誰にも会わない。ずっと部屋にとじこもっていよう。
エレベーターに乗り、目的の階に着く。角を走って曲がるとうっちーとバッタリ鉢合わせした。こんな時に…!
70:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 02:54:10.49:GEteFDrx0
「わ、悪いうっちー。俺急いでるから」
「長谷部さん」
「用があるならまた今度にしてくれ。それじゃ…」
そう言って横を擦り抜ける。意外なことに呼び止められたりはしなかった。
さすがにうっちーは関係ないか、と思いつつも何があるかはわからない。部屋の前に辿り着くと尻ポケットに手を突っ込みカードキーを探るが…
な、ない!どこにもない!まさか…どこかで落としたのか!?
71:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 03:03:34.74:GEteFDrx0
慌てて視線を低くし廊下のあちこちをくまなく探していると、目の前にうっちーの足があった。
顔を上げると、その手には一枚のカードが握られている。もしかして…
「探しものはこれですか?エレベーターの前に落ちてましたよ」
「あ、ああ。ありがとう」
サッ
受け取ろうと伸ばした指先にカードがかすむ。
うっちー、どうして…。困惑する俺を余所にうっちーはニコッと笑う。
「長谷部さんが見せてくれたら返します」
73:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 03:10:14.35:GEteFDrx0
「見せるってなにを…」
「この間長谷部さんが俺にしたことを、今日は長谷部さんが受けるんですよ」
壁際にじりじりと追い詰められる。うっちーの手が俺のシャツに伸ばされる。
ヤバイ、この目は本気だ。早く逃げなきゃ逃げなきゃ逃げ
「見せてくれ、長谷部」
「アッー!」
74:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 03:21:19.61:GEteFDrx0
「おい、もういい加減にしろ!」
ボタン一個外されかけたところで廊下中に響き渡るような怒声が奥から聞こえた。
間一髪助かった…。
視線を声の聞こえた方向へとやる。ゴールポストから仲間に指示を出しているような、仁王像のような顔をした永嗣がそこにいた。
「邪魔すんなよえいちゃん。面白いところだったのに」
思いがけない邪魔が入り心底面白くなさそうに唇を尖らせるうっちー。
そんなうっちーに永嗣はツカツカと大股で歩み寄るや否や、ポカッと頭を軽く叩いた。
「バカ。やりすぎだ」
「いてっ。だってマヤが」
やりすぎ?マヤ?いったいなにを言ってるんだ。
ひとつ確かなのは、この一連の妙な騒動にはどうやら裏があるらしい。
すぐにでも確かめたい。でも、なんだか、安心したら力が抜けて---
75:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 03:25:39.20:GEteFDrx0
「!?おいマコっ。しっかりしろ!」
永嗣のどや顔を見たのを最後に、俺は意識を失った。
78:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 03:32:07.37:GEteFDrx0
「…う…ん……」
「お、生き返った」
「…ヤットさん?なんで…あれ、ここは」
目が覚めると見慣れた天井と顔があった。ここは俺の部屋だ。記憶が確かなら自分は廊下にいたはずだったが…
「永嗣がここまで連れてきてくれたんだよ。お前が気絶したって聞いたからめっちゃ驚いたわ」
「そう、なのか」
ベッドからゆっくりと上半身を起こすと頭痛が走り思わず頭を押さえた。二日酔いは完全には治ってなかったか。無駄に動いたせいでズキズキする。
80:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 03:39:01.87:GEteFDrx0
「ほら水。あとこれ貼っとき」
「悪い…」
コップ一杯の水を渡される。それと…冷えピタ?
なんだっけ、そういえばこれ身に覚えがあるぞ。
ぐるぐると記憶を辿る俺を見ながらヤットさんは笑った。
「お前のことこうして看病すんの、これで二度目やな」
81:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 03:45:08.39:GEteFDrx0
「てことはあの夜のも…」
「うん、お前と同じ階だからついでに送った。ぐだぐだに酔っ払って頭痛いとか騒いでたから、結局看病までしたんだけども」
「…スイマセン」
「いやいや」
ということはやっぱりなにもなかったんだ。勝手に早とちりした自分が恥ずかしくて顔が熱くなる。
それもこれもマヤがあんなことを言うから変に意識して…
82:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 03:50:36.32:GEteFDrx0
「あれ、そういえば」
「ん?」
「他のやつらはどうしたんですか」
「ああ、今頃監督にこってり絞られてるんじゃない」
「えっ」
「お前妙な夢見たって話をマヤ達にしたんやろ。そしたらなんか知らんけど長谷部を試そうって話になって」
「……」
「お前が責任とるか、逃げるかで賭けしてたらしいわ」
(なんだそれ)
ガクッと肩を落とし脱力する。あんなに真剣に悩んだのに、結局あいつらに弄ばれてただけか!
83:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 03:55:39.70:GEteFDrx0
「じゃ、無事だったみたいだし俺行くわ」
「あの、ひとつ聞いていいですか」
椅子を引いて立ち上がり出ていこうとするヤットさんを慌てて呼び止める。
ん?とヤットさんは首を傾げる。
「あの夜、俺を看病してくれた時…ぶっちゃけ俺なにか変なことしたかなって」
「したよ」
「ええっ!?」
つらっと即答され驚いた声を上げる。まさかあの夢はやっぱり正夢…?
84:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 03:59:59.79:GEteFDrx0
しかしヤットさんの発言は意外なものだった。
「泣きつかれて、ゲロ吐かれて、めっちゃ怒鳴られた」
「へ…?」
「怒鳴られたって言っても主に愚痴みたいな内容だったけどな。あれはすごかったなー相当ストレス溜めてたんやろ」
「……もしかしてあの時いつでも相手してやるって言ったのは」
「愚痴聞く相手やろ。他になにがあるの」
85:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 04:03:24.57:GEteFDrx0
「……うわ、俺すっげえ勘違い…スミマセン。俺てっきり」
「てっきり?」
「いや…なんでもないです」
今度こそ顔から火が出るぐらい真っ赤になった。
不思議そうにこっちを見つめているヤットさんの視線が余計に気まずい。
86:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 04:07:11.82:GEteFDrx0
「まあ、長谷部は真面目だから溜めこみやすいんだとは思うけどな。愚痴なんて頼んでもきっとしゃべらんと思って、自分から言ってくるまで待ってたんだけど…」
「そんなにすごかったですか、俺」
「爆発してたわ」
「……ほんとスミマセン」
「うん」
そうだ。確かに最近の俺はいろいろと余裕がなかった。
ワールドカップ予選前に主戦力の佑都や圭祐が怪我で出れなくなって、焦って…キャプテンとしてなんとかチームを一つにまとめなきゃってプレッシャーもあって。
ベスト16に入って国民の期待は当然高まり、さらにその期待に応えなきゃって思いもあった。
ヤットさんはそんな俺をずっと気にかけてくれていたんだ。
87:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 04:10:17.24:GEteFDrx0
コップをきつく握りしめ、冷えピタに視線を落とす。
(なのに俺ときたら自分のことばかりで…)
ずっとそばで見てくれていた人がいたというのに。嬉しいやら悲しいやら悔しいやらいろんな感情がごっちゃになり、なんだか涙が出てきた。
ヤットさんはそれでもまたこうして来てくれた。嫌な顔ひとつせずにそばにいてくれた。
この機会を逃すと、自分の性格上また言えなくなるのかもしれない。
だったら話すべきなのは今だ。俺は意を決して口を開く。
90:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 04:14:56.91:GEteFDrx0
「ヤットさん、あの、もしよかったらでいいんだけど」
「なに」
「俺の愚痴、もう一度聞いてもらってもいいですか。前のは記憶が飛んじゃって何言ったか覚えてないので」
「…」
「無理ならいいんです。すみません迷惑かけて。本当にありが
「いいよ」
椅子に再び腰掛けたヤットさんはニヤリとほくそ笑む。
「ただし、今度は酒抜きで頼むわ」
「……ありがとうございます!」
-END-
93:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 04:17:59.19:GEteFDrx0
~♪
お馴染みの入場行進曲が場内に響き渡る。エスコートキッズと手をつなぎ、審判の後に引き続く。
ピッチに足を踏み入れた瞬間、場内の観客が一層盛り上がりを見せる。
先頭のため他のチームメイトの様子はわからないが、待機している間の落ち着いた感じを見る限り恐らくコンディションはそう悪くはないのだろう。
(俺が一番緊張しているのかもしれないな)
いくら経験を積んでも、いくら心を整えていても、一歩勝負の世界に足を踏み入れれば途端に緊張が付き纏う。
その上、自分はキャプテンでもある。チームをまとめ上げる者としての責任感は時にひどく重圧となり、満足のいく結果を出せなかった日は自分の未熟さに落ち込んだりもした。
チーム内で最年長のヤットさんはそんな俺を気にかけて声をかけてくれたりしたが、キャプテンという立場上多少の意地もあり、結局相談はしなかった。
ふと、彼ならもっと上手くやっていたのだろうかと考える。長谷部だったら任せられる、と言ってキャプテンの座を自分に託したボンバーヘッドの顔が脳裏に浮かぶ。
が、すぐにその考えは打ち消した。
(今はそんなことを考えてる時じゃない。自分のやるべきことに集中しないと)
今日の自分は何か変だ。もうすぐ試合があるというのに、何故今更こんな過去のことを思い出してしまったのだろうか。
選手全員の入場が終わり、フィールド上に整列する。
国歌斉唱のため、俺はいつも通り肩を組もうと視線を隣にやったが…その時奇妙なことに気が付いた。
隣に並んだヤットさんのユニフォームがおかしい。
というか、ユニフォームですらない。
ヤットさんは上半身に紺色の半纏、下は膝ぐらいまでの白い股引、頭にはいつものヘアバンドではなくねじり鉢巻きを巻いていた。よく見ると他のチームメイトも同様の格好をしている。
なんだこれは。まるでお祭り、もっと言うと神輿の担ぎ手のような…しかし何でもない普通の顔をしているぞ。
突然の出来事に動転し固まっていると背後から、
「まこ様!なにボサッとしてんの。ほら乗って乗って!」
ちっさいオッサンに手を引かれた。よく見ると佑都だった。そして何故かこっちは半纏と褌姿だった。テレビで自慢するだけあって見事な臀筋で、妙にハマッてるのがすごい。
そのまま大太鼓でも叩きそうな勢いの佑都に連れて行かれた先は、丁度フィールドの真ん中、センターマークの辺りだった。
そこはキックオフの場所で、本来ならばボールが置かれるはずだが今日は立派な神輿が設置されていた。
「これ…いったいなんなんだ」
次々と繰り広げられる超展開に情報の処理が追いつかずズキズキと頭痛を覚えながらも、やっとの思いで声を発する。
しかし佑都はニヤニヤと品のない笑みを浮かべるだけで俺の質問に答えない。そればかりか、屈強な体格のDFらを顎で使い俺は強引に神輿に乗せられた。
すかさず棒を担ぎ上げられ、バランスを崩しかけたが慌てて神輿に掴まることで落下は回避できた。
「おい!下ろせよ!」
「お前らぁ行くぞー!声出せー!」
「聞けって!」
『ウ゛ォー!』
佑都の暑苦しい大声にこれまた暑苦しい出で立ちのチームメイト一同が獣のような声を上げながら神輿の元に集まる。
いつの間にか相手チームや審判はフィールド上から姿を消し、代わりに天井から巨大なミラーボールがいくつも吊られていた。最早サッカーどころではない。
視界が上下に激しく揺れる中、必死に神輿にしがみつきながら俺は頭を回転させ今の状況を考える。わけがわからない。なんだ、いったいなにが起こってるんだ。
ドン!ドドン!ドドドンドン!
ゴールエリア付近で永嗣が大太鼓を叩いてる。偶然目が合うと、今までにないくらいの見事などや顔をされた。しかもこっちも褌姿だった。
佑都が観客席に向かって何かを煽る真似をしている。するとサポーター達は口ぐちに何かを叫ぶが、大太鼓や神輿の下の奴らの喧騒でかき消され内容までは聞き取れなかった。
佑都はしばらく煽っていたが、やがてしびれを切らしたようにダッシュで飛び出し、永嗣の脇をすり抜けた。そして網をつたい、あっという間にゴールの真上に降り立つ。まるでゴリラのような身体能力だ。
佑都がもう一度声を張り上げる。サポーター達の声もそれに呼応するように大きくなる。今度は内容が聞き取れたが、
『誠、抱いて!誠、抱いて!』
耳を疑った。
『誠、抱いて!誠、抱いて!』
「な、なん、な…!」
『誠、抱いて!誠、抱いて!」
なんとチームメイトも声を上げた。
「!?」
佑都が煽る。サポーターが盛り上がる。チームも盛り上がる。ミラーボールの光がチカチカと場内を照らす。眩しい。とてもじゃないが目を開けてられない。
薄目で辛うじて前を見るとメンバーは楽しそうに踊り狂っていた。
佑都も、永嗣も、ヤットさんも、真司も、清武も、うっちーも、チュンソンも、今ちゃんも、マヤも、岡崎も、阿部ちゃんも、駒ちゃんも、槇野も、森脇達も、そして何故か怪我でいないはずの圭祐も。
一体なにがどうなってるんだ……?!
俺はただ、その常軌を逸した光景を愕然として見つめていた。
「……という夢を見たんだ。」
「ぶはっ!」
同じ席で朝食をとっていた麻也が豪快に吹き出す。真向いの席のためサッとトレイを避けるが、隣の清武は間に合わなかったらしい。箸を持ったままげんなりとしている。
「はは、はせさん、おうふ…っ…それ、ま、マジっすか?はひっ」
「マヤ、頼むから食い終わってからしゃべってくれ」
何がそんなにおかしいのか(実際おかしな夢なんだが)盛大に吹いた挙げ句、気管に入ったらしい。むせ込んで若干涙目になりながらも話し続けようとしていたため、
トレイは避けたまま真ん中にあるペーパーナプキンを顎で指す。素直に従い汚れた口を拭いた、と思ったらついでに鼻もかんだ。清武がまたげんなりとしていた。
麻也が落ち着くまで待っている間、俺は少々気になっていることを考えていた。
(誰が俺を介抱してくれたんだろうか)
昨夜、代表復帰祝勝会と称して代表メンバー全員で佑都の部屋で酒を飲み交わした。
もともとそこまで酒に強い方ではないので、一杯を時間をかけて飲んでいたのだが…
「ヒック、いやあ長谷部さん、あんたはね、ほんとにすごいっすよ!ヒック」
「飲み過ぎだぞマヤ」
運の悪いことに俺は悪酔いしたマヤに絡まれていた。
「いやでも最近のマコ様の活躍はマジすごいって。ブンデスでGKやったんだろ。すげーじゃん日本人史上初なんだって?」
「まさかマコに先を越されるとは思わなかったな」
「代わりがいなかったらやっただけだよ。それに負けたし、」
「またまたそんな謙遜しちゃってー!」
どことなく多弁でほろ酔い気味な佑都と赤ら顔で笑っている永嗣にそう言われ、苦笑しながらやんわりと否定するが、その間にマヤが割り込んできた。
「謙遜なんてしてない…っておい、背中にのしかかるな。重いだろ!」
「まあまあまあ」
「何がまあまあだ。はなれろって」
く、2m近くあるだけあって本当に重い…!じたばたと抵抗してみるものの一向に歯が立たない。試合でもこれぐらい守れよと言いたいが。
「そおんな真面目な長谷部さんにい、マヤちゃんからプレゼントでーす」
気色の悪い猫撫で声と共に出されたのはボトルだった。いつのまにかルームサービスで仕入れたらしい。
明日はオフだが二日酔いで休日が潰れるのは御免だったので、そして何より酒はそんなに強くない方なのでもちろん断った。
「うっちー聞いてよ!長谷部さんが俺の酒なんて飲めないって言うんだ!ひどくね?」
酒の力も多少は関係はしているのかもしれないが無礼講に拍車がかかっているらしい。断られるや否や手前で飲んでいたうっちーに泣きついた(ちなみにまだ退けてもらっていない)。
うっちーはと言うとこちらもすっかり酔いが回っているらしく、大人しく飲んでいた今ちゃんに闘莉王の物真似をせがんでいる。あっちも絡み酒体質らしい。
うっちーに構ってもらえなかったことが面白くなかったのか、マヤはブーブーと文句を垂れていた。が、すぐにまたボトルを勧めてきた。
……これはもう飲まないと解放されないっぽいな。
結局俺は根負けしてボトルに口をつけた。
そこで記憶は途切れている。
そして、例の夢を見た。
気が付いたら俺は自分の部屋のベッドで寝ていた。
起きた瞬間頭痛が走り、二日酔いになったということを理解した。妙な夢を見たのもきっと酒のせいだろう。
あちゃー、と額に腕を置く。その時、額に何か貼られていることに気が付いた。
「いてて……ん?」
そういえばなんか冷たいものが…と思いぺりっとそれを剥がしてみると、それは冷えピタだった。
(そうか…誰かが介抱してくれたんだな)
酔い潰れ迷惑をかけたことへの申し訳なさと親切に感謝しながらふと疑問を抱く。
でも、一体誰が?
「つまりそれは……って長谷部さん聞いてます?」
復活したらしいマヤに名前を呼ばれ、ハッと気が付く。どうやら考え込んでしまっていたらしい。
「悪いボーッとした。で、なんだって?」
不満そうなマヤに平謝りし、話を続けるよう促す。
「だからその長谷部さんが見た夢っていうのは、もしかして正夢になるんじゃないですかって」
「正夢?」
何を突然に言い出すかと思えば。訝しげに見つめる俺を気にせず、マヤはフフンと鼻を鳴らし得意げに続ける。
「つまりアレです。ついにアレが到来するんですよ。モテモテになる時期、略して…」
「モテキ!」
ガシャン、とマヤの隣にトレイと一緒に勢いよく一人の男が腰掛ける。
「うっす!おはようございます。ご一緒してもおよろしいでしょうか、長谷部さん!」
人懐っこい満面の笑みを浮かべたその男は槇野だった。
「俺のセリフ取るなよ~」
台詞を取られて悔しがっているマヤを無視し、同席をOKした。
「いやそれにしてもすごい夢っすね。神輿に褌かあ…うへあ」
「だろ?しかも長友さんと川島さんの褌ってのがなんか…リアルだよな」
「なんか…ね。……もしかして長谷部さん、そういう趣味あるんスか?」
「あるわけないだろ!夢に出てきたってだけでどうしてそうなるんだ」
「だってなんかリアルだもん!あの二人その手の人たちに人気ありそうだし…」
「マヤはさっき馬鹿ウケしてたじゃないか。お前がしつこく聞いてくるからしょうがなく話したんだぞ」
「まー何度も話したくないのはわかりますわ。でも、案外マヤの言う通りかもしれませんよ。正夢、つーかモテキ?」
「モテるたって夢に出てきたのは全員男だぞ」
「しかも俺らも出演しちゃってるしね」
「いやいやいや!俺も出ちゃってるんでそういうのはちょっと。きっと女の子にですよ!」
「でも『抱いて』ってかあ…いいなあ一度は言われてみたいぜ。もちろん女の子に!」
「…お前なあ…」
「昨日みたいに盛り上がったら酒の勢いで…って間違いもあったかもしれないですね。まあ全員見事に男なんでまずないけど」
「いやいや、長谷部さんの夢もあるしもしかもしかしたら…ってことも。ていうか既に起こってたりして!夜のハットトリック決めちゃったりな!ぶははっw」
「まーマヤの場合は男同士でも絶対間違いは起こらないと思うけどな」
「なんでだよ」
「お前顔デカイじゃろ」
「関係ねーだろ!」
「……ごちそうさま」
ダメだ、コイツらはいろんな意味でダメだ。二日酔いで調子もあまりよくないし、話がエスカレートする前に部屋に戻ろう。
モテキ云々の話まではまだ聞けたが、酒で間違いを起こすなんて絶対に有り得ない。だって男同士だぞ?
トレイを片付ける間、何気なくテーブルに視線を寄越すと今度は清武が二人に絡まれているのが見えた。ちょっと可哀想だった。
結局介抱の相手が誰だったのかは聞けずじまいだったが。まあ、いつかわかるだろ。
部屋に戻る間、廊下でヤットさんと岡崎にバッタリ出くわした。
「おう、長谷部。朝食行ってきたんか?」
「ええまあ…岡崎気分悪そうですけど」
ヤットさんはいつも通りマイペースでとくに変わらないが、岡崎は様子がおかしい。胃の辺りを押さえていて、よく見ると顔色も悪いようだ。
「うう、気持ち悪い…」
「昨日あんな飲むからや」
「ヤットさんだって結構飲んでたじゃないっすか」
「酒は飲んでも飲まれるな言うやろ」
どうやら岡崎も二日酔いらしい。いつもの明るさは鳴りを潜め、子犬のようにしょぼくれている。
ヤットさんは年長者らしく背中をさすってやりながら、
「長谷部は大丈夫なの?お前も飲んでたみたいやけど」
「飲まされたんですよ。ちょっと頭がズキズキするけどそこ(岡崎)までは」
「ふうん……あれ、もしかして」
「?」
「お前、昨日のこと覚えとらんの?」
ヤットさんの言葉に目を丸くする。昨日?昨日ってあの夜のことだよな。
正直に何も覚えていないことを伝えると、ヤットさんは少し傷ついたような表情で(そう見えただけかもしれないが)俺を見た。
「なにそれ。人にあんなことしといて記憶にないて」
「え」
「俺あんなことされたの初めてだったのに」
「ちょヤットさんなに、え?」
「もうええわ。行こオカ」
そう言うとヤットさんは一方的に話を切り上げ岡崎を連れて行ってしまった。「あんなこと」ってなんのことだ?
呼び止めることもできたがしなかった。あんな彼を見るのは初めてで圧倒されて。
「あっ、ちょオカこんなとこでアカンやろ。吐くならトイレにしとき」
「ウボァー」
「あーあ…」
すぐ後ろで岡崎のゲロった音が聞こえたが、それすらも気にならないほど俺は衝撃に打ちのめされていた。
部屋に帰った後、ベッドに寝転んでヤットさんの発言を思い返すがやはり身に覚えがない。
というか、記憶がない。
あの温厚な人を怒らすぐらいだから相当なことを自分はしてしまったのだろうと思うが…
「あんなこと、ってなんだ?」
酒に酔って絡んだ?もしくは見境なく暴れた?それともそれ以上のことを…?
『昨日みたいに盛り上がったら酒の勢いで…って間違いもあったかもしれないですね』
『ていうか既に起こってたりして!夜のハットトリック決めちゃったりな!』
さっきの槇野とマヤの言葉がふと思い浮かぶ。
「いやいやいや、ないないそれはない絶対ないありえない」
一人ノリツッコミを入れ即座に否定する。もう長いこと一緒にチームとしてやってきている仲間だ。特別な感情なんて抱いていないし、ましてや同性だ。
酔った勢いでってのもさすがに---
「ありえない…よな」
そこだけ自信がなかったのが悲しかった。
とにかく、身体の調子を整えたらヤットさんにもう一度聞いてみよう。あの夜なにがあったのか。
あ…ついでに心も整えておこう。
翌日。
ピーーーーーーーーーーーッ!
練習終了のホイッスルが鳴り響く。結局昨日はタイミングが合わず、話を聞くことができなかった。
しかし意外なことに、ヤットさんは俺の予想に反して普通に接してくる。
あんなことを言われたから顔を合わせるのが気まずかったけど、少し拍子抜けしてしまった。昨日のはいったいなんだったんだろう。それとも俺の考え過ぎだったんだろうか。
(うん、きっとそうだ。マヤや槇野とあんな話をした後だから変に意識しちゃったけど、そんな取り返しのつかないような馬鹿な真似はしなかったんだ)
「あ、ヤットさん」
一人で勝手に自己完結していると、ちょうど練習を終え着替えに行こうとしているヤットさんを見つけたので呼び止めた。
間違いが起きなかったにしろ、なにか迷惑をかけたことは事実だろうから謝らないとと考えてのことだ。
「おう、どしたん?」
首にタオルをかけたヤットさんが振り返る。やっぱり普通だ。いつもと変わらない。
「昨日のことなんですけど」
「あー……あれな」
「酒で酔っててなんも覚えてないんですけど、俺なにかしたんですよね。そのことで謝りたくて」
「別に気にしてないよ」
「でも」
「長谷部は真面目だから、いろいろ溜まってたんやろ?」
「は?」
「考えてみたら最近ずっと忙しかったしなー、そういう時間もなかなかとれんよな」
「なに言って、」
「俺も最年長なのにちょっと気きかんかったな」
「あの、」
「これからは溜まってきたら爆発する前に言えや。いつでも相手したるから遠慮すんなよ」
「」
「じゃーな」
ヤットさんはそう言うと颯爽と帰っていった。
なんということだ…まさかこんな……。
(チームメイトと一線を越えてしまうなんて!)
しかも相手は妻子持ちだ。ヤットさんの反応を見る限り怒ってはいなさそうだけど、けどこのままでいいわけがない。
俺はなんて最低なことを…これからどうすればいいんだ…。
頭を抱えて悩んでいると背後から誰かにポンと肩を叩かれた。
「何してんのマコ様」
「…佑都……」
怪訝そうな顔で見つめている佑都がいた。
誰もいない練習場でベンチに二人で腰掛ける。
夕日がグラウンドを射していてなかなかいいムードだが、そんなことはどうだっていい。
佑都は様子のおかしい俺を見かけて心配してくれたらしい。なにかあったのかと聞かれるが、とてもじゃないが話す気になれなかった。
それでも何度も聞かれる内に、胸の内に隠しておくには重たすぎる悩みをコイツになら聞いてもらってもいいかなと思うようになってくる。
こういう時、佑都は人とのコミュニケーションをとるのがズバ抜けて上手いと感じる。
「…なんかヤットさんに迷惑かけたみたいで」
「ヤットさんに?」
「何をしたかは全く記憶にないんだ。酒入ってたし」
「…あー、この間の」
「佑都はなにか知ってるのか?」
「うん…まあ…」
「本当か!?教えてくれっ頼む!」
「……俺だけじゃなかったんだ」
「え」
「マコ様のことに信じてたのに。ひでえよ!」
「ちょ、」
「この前俺にあんなにインテル注入しといて、次はヤットさんに乗り替えるなんて」
「なん…だと…?」
突然怒り出した佑都。頭が真っ白になった。
「しらばっくれる気かよ!」
しらばっくれるもなにも覚えてないんだって。無意識に佑都から距離を少しとりながら、必死に首を横に振る。
「ゆ、佑都。落ち着けよ」
「これが落ち着いてられるか!う、ううっ…」
ついに泣き出してしまった。内股で、まるで女みたいだ。こんなキャラだったっけ?
「悪かった、本当に記憶にないんだ」
「うっうっ」
「せ、責任はとるから」
「ホント?」
苦し紛れに言った言葉だったが佑都は途端に明るくなると俺の腕に抱きついてきた。
「おい!」
「あれ、責任とってくれるんじゃなかったの?」
「……」
何も言えなかった。固まっている俺を尻目に、佑都は一緒に夕食に行こうと言ってズルズルと俺を引っ張っていった。
夕食に向かう間、佑都は一人でずっとしゃべりまくっていた。
昨日のマコ様はすごかっただとか、スカイアクティブより燃費がよかっただとか、お互いの両親にはいつ報告しようかとか…
夢の中でなぜか褌姿だったのはこの暗示だったのか?
盛り上がる佑都の隣で俺一人現実感を味わえないでいた。
レストランに着くと、そこには既に何人かのチームメイトがちらほらいた。
当然だが異様な雰囲気の二人に視線が集中する。今この瞬間ほど消えたいと思ったことはなかった。
なんとか席に着くが、佑都はベッタリと俺にくっついたままだ。
さすがに神経がもたくなってきたので先に食事を取ってこいと伝えたが、なかなか離れようとしない。攻防の末、なんとか追い払うと安堵の溜め息を吐く。
ヤットさんに引き続いて佑都まで、いっぺん二人…責任はとると言ったがどうしたらいいんだ。しかも一人は妻子持ちだし。
いや、ヤットさんはともかく佑都が望んでいることはもうわかってるんだ。
わかってるんだけど……
「はぁ…」
「溜め息なんかついてどうしたんだ」
阿部ちゃんが話しかけてきた。
阿部ちゃんとは浦和レッズ時代からの付き合いだ。優しい性格で、誰にでも分け隔てなく接してくれる。
その性格故にプレーに支障が出ることもあるが、そういうところも含めて阿部ちゃんらしいとは思う。
穏やかで人畜無害そうなその顔を見ると不思議と動揺しきっていた心が少し整った気がした。
「なんでもないよ」
これは俺の問題であって、人に言ってもしょうがないと思った。阿部ちゃんもそれ以上は聞いてこなかった。
「あのさ、俺は信じてるから。真面目なお前がいい加減な気持ちでそんなことするわけがないって」
「あ、阿部ちゃん…」
やばい今本気でうるっときた。いたんだ、俺にも味方が。
なんですでに事情を知っていたのかは謎だが、そんなことはどうでもよかった。
なんだか阿部ちゃんが和製ジョニー・デップに見えてきた。それぐらい光ってたように見えた。
「そうだろ?」
「うん、ありがと阿部ちゃ
「そりゃ最初はびっくりしたけどさ、俺も家庭もってるし」
「……ん?」
「ただあんな勢いでこられたら断れないっつーか」
「なに
「いや別に気にしてるわけじゃないけどな。きっとお前のことだからやむおえない事情があったんだろ?」
「言って
「だからあの夜のことはお互い忘れよう。それが一番いいよ」
「」
「あと今ちゃんと駒ちゃんも忘れるって言ってたry
後の会話は覚えてない。
なんてスレだ……
57:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 02:20:01.06:GEteFDrx0食事をとる気力もわかず、佑都が戻ってくる前にトイレに逃げるようにして駆け込んだ。
行く途中、清武に哀れむような目で見られたがダッシュで通り過ぎた。このままいくともしや清武も…という恐ろしい可能性が浮かんだからだ。
特別用を足すわけでもなく、鏡の前でぐったりと沈む。
「ウソだろおい…どうすんだよ…」
五人・・・!なんと一晩で五人っ・・・・・・!
もう収集がつかない。どんだけ酒癖悪いんだ俺。
こんな自分はキャプテン失格だ。いやもう代表として戦う資格もない。
俺は決意した。
「…監督に言って辞めさせてもらおう」
「逃げるんですか。ハセさん」
「っ!真司」
「…まさかお前も……?」
「さすがにそれはないけど、ハセさんになにがあったかは知ってます」
「……」
「辞めても責任をとったことにはならないですよ」
「お前には関係ないだろ。そこをどけよ」
「嫌です」
ドアの前に立ちふさがる真司。何度か出ようと試みるが真司の俊敏な動きによって全て阻止されてしまった。
ゴール前のボールの奪い合いのような攻防戦をしばらく繰り広げた後、不意をつかれて腕を掴まれる。
「もう腹を括ったらどうです?どうすればいいかはわかってんでしょ」
「俺の知ってるハセさんは辞めて逃げるなんて卑怯な真似しないはずだよ」
「いつだって、どんな壁にも、どんな問題にも逃げずに真っ向からぶつかっていったじゃないっすか」
そのまま壁に押さえつけられ、真司の厳しい顔が近づく。
いつもの真司とは明らかに違う気迫がある。本気で抵抗すれば振り払うこともできるのに、体格も俺の方が上なのに、その迫力に押されて力が出ない。
「…ぁ…」
「頼むから逃げないでくださいよ。俺、そんなハセさん見たないわ…!」
ドン、とちょうど顔の横で壁を殴る音が聞こえた。よく見ると真司は…泣いていた。
正確には涙目だが、試合以外でこんなに感情を表に出す真司は久々に見た。
「真司」
「…なんすか」
「お前の言う通りだ。俺はもう少しで間違った道に進むところだった。ありがとう」
「!それじゃあハセさん」
「ああ、責任とって一生面倒見るよ」
「…!」
真司は俺より年下だが誰に対しても物怖じしない、そんな強さを持っている。
正直生意気なところもあるが、本当は優しくて、仲間思いで---
「俺、頑張ります!毎日美味いうどんをハセさんに作ります!」
「ああ、ありが……ごめんなんて?」
「だからうどん作りますよて」
「なんで」
「なに言ってんですかーもう。ハセさんこの前自分で言ってたじゃないですか」
嫌な予感がする。
真司ははにかみながら頬をかき、いかにも照れくさそうにこう言った。
「俺のために毎日うどんを作ってくれってry
「うわあああああああああっ!」
全部言い終わらないうちに渾身の力を込めて真司を突き飛ばし、人目もはばからず叫びながら逃走した。
ホモスレかと思って開いたら案の定ホモスレだった
68:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 02:51:09.00:GEteFDrx0おかしい!ぜったいおかしい変だ!こんなの絶対おかしいよ!
そうだ、これは夢だ。あのおかしな夢からまだ覚めてないんだ!
夢なら覚めるまで待つまでだ。今日は誰にも会わない。ずっと部屋にとじこもっていよう。
エレベーターに乗り、目的の階に着く。角を走って曲がるとうっちーとバッタリ鉢合わせした。こんな時に…!
「わ、悪いうっちー。俺急いでるから」
「長谷部さん」
「用があるならまた今度にしてくれ。それじゃ…」
そう言って横を擦り抜ける。意外なことに呼び止められたりはしなかった。
さすがにうっちーは関係ないか、と思いつつも何があるかはわからない。部屋の前に辿り着くと尻ポケットに手を突っ込みカードキーを探るが…
な、ない!どこにもない!まさか…どこかで落としたのか!?
慌てて視線を低くし廊下のあちこちをくまなく探していると、目の前にうっちーの足があった。
顔を上げると、その手には一枚のカードが握られている。もしかして…
「探しものはこれですか?エレベーターの前に落ちてましたよ」
「あ、ああ。ありがとう」
サッ
受け取ろうと伸ばした指先にカードがかすむ。
うっちー、どうして…。困惑する俺を余所にうっちーはニコッと笑う。
「長谷部さんが見せてくれたら返します」
「見せるってなにを…」
「この間長谷部さんが俺にしたことを、今日は長谷部さんが受けるんですよ」
壁際にじりじりと追い詰められる。うっちーの手が俺のシャツに伸ばされる。
ヤバイ、この目は本気だ。早く逃げなきゃ逃げなきゃ逃げ
「見せてくれ、長谷部」
「アッー!」
「おい、もういい加減にしろ!」
ボタン一個外されかけたところで廊下中に響き渡るような怒声が奥から聞こえた。
間一髪助かった…。
視線を声の聞こえた方向へとやる。ゴールポストから仲間に指示を出しているような、仁王像のような顔をした永嗣がそこにいた。
「邪魔すんなよえいちゃん。面白いところだったのに」
思いがけない邪魔が入り心底面白くなさそうに唇を尖らせるうっちー。
そんなうっちーに永嗣はツカツカと大股で歩み寄るや否や、ポカッと頭を軽く叩いた。
「バカ。やりすぎだ」
「いてっ。だってマヤが」
やりすぎ?マヤ?いったいなにを言ってるんだ。
ひとつ確かなのは、この一連の妙な騒動にはどうやら裏があるらしい。
すぐにでも確かめたい。でも、なんだか、安心したら力が抜けて---
「!?おいマコっ。しっかりしろ!」
永嗣のどや顔を見たのを最後に、俺は意識を失った。
「…う…ん……」
「お、生き返った」
「…ヤットさん?なんで…あれ、ここは」
目が覚めると見慣れた天井と顔があった。ここは俺の部屋だ。記憶が確かなら自分は廊下にいたはずだったが…
「永嗣がここまで連れてきてくれたんだよ。お前が気絶したって聞いたからめっちゃ驚いたわ」
「そう、なのか」
ベッドからゆっくりと上半身を起こすと頭痛が走り思わず頭を押さえた。二日酔いは完全には治ってなかったか。無駄に動いたせいでズキズキする。
「ほら水。あとこれ貼っとき」
「悪い…」
コップ一杯の水を渡される。それと…冷えピタ?
なんだっけ、そういえばこれ身に覚えがあるぞ。
ぐるぐると記憶を辿る俺を見ながらヤットさんは笑った。
「お前のことこうして看病すんの、これで二度目やな」
「てことはあの夜のも…」
「うん、お前と同じ階だからついでに送った。ぐだぐだに酔っ払って頭痛いとか騒いでたから、結局看病までしたんだけども」
「…スイマセン」
「いやいや」
ということはやっぱりなにもなかったんだ。勝手に早とちりした自分が恥ずかしくて顔が熱くなる。
それもこれもマヤがあんなことを言うから変に意識して…
「あれ、そういえば」
「ん?」
「他のやつらはどうしたんですか」
「ああ、今頃監督にこってり絞られてるんじゃない」
「えっ」
「お前妙な夢見たって話をマヤ達にしたんやろ。そしたらなんか知らんけど長谷部を試そうって話になって」
「……」
「お前が責任とるか、逃げるかで賭けしてたらしいわ」
(なんだそれ)
ガクッと肩を落とし脱力する。あんなに真剣に悩んだのに、結局あいつらに弄ばれてただけか!
「じゃ、無事だったみたいだし俺行くわ」
「あの、ひとつ聞いていいですか」
椅子を引いて立ち上がり出ていこうとするヤットさんを慌てて呼び止める。
ん?とヤットさんは首を傾げる。
「あの夜、俺を看病してくれた時…ぶっちゃけ俺なにか変なことしたかなって」
「したよ」
「ええっ!?」
つらっと即答され驚いた声を上げる。まさかあの夢はやっぱり正夢…?
しかしヤットさんの発言は意外なものだった。
「泣きつかれて、ゲロ吐かれて、めっちゃ怒鳴られた」
「へ…?」
「怒鳴られたって言っても主に愚痴みたいな内容だったけどな。あれはすごかったなー相当ストレス溜めてたんやろ」
「……もしかしてあの時いつでも相手してやるって言ったのは」
「愚痴聞く相手やろ。他になにがあるの」
「……うわ、俺すっげえ勘違い…スミマセン。俺てっきり」
「てっきり?」
「いや…なんでもないです」
今度こそ顔から火が出るぐらい真っ赤になった。
不思議そうにこっちを見つめているヤットさんの視線が余計に気まずい。
「まあ、長谷部は真面目だから溜めこみやすいんだとは思うけどな。愚痴なんて頼んでもきっとしゃべらんと思って、自分から言ってくるまで待ってたんだけど…」
「そんなにすごかったですか、俺」
「爆発してたわ」
「……ほんとスミマセン」
「うん」
そうだ。確かに最近の俺はいろいろと余裕がなかった。
ワールドカップ予選前に主戦力の佑都や圭祐が怪我で出れなくなって、焦って…キャプテンとしてなんとかチームを一つにまとめなきゃってプレッシャーもあって。
ベスト16に入って国民の期待は当然高まり、さらにその期待に応えなきゃって思いもあった。
ヤットさんはそんな俺をずっと気にかけてくれていたんだ。
コップをきつく握りしめ、冷えピタに視線を落とす。
(なのに俺ときたら自分のことばかりで…)
ずっとそばで見てくれていた人がいたというのに。嬉しいやら悲しいやら悔しいやらいろんな感情がごっちゃになり、なんだか涙が出てきた。
ヤットさんはそれでもまたこうして来てくれた。嫌な顔ひとつせずにそばにいてくれた。
この機会を逃すと、自分の性格上また言えなくなるのかもしれない。
だったら話すべきなのは今だ。俺は意を決して口を開く。
「ヤットさん、あの、もしよかったらでいいんだけど」
「なに」
「俺の愚痴、もう一度聞いてもらってもいいですか。前のは記憶が飛んじゃって何言ったか覚えてないので」
「…」
「無理ならいいんです。すみません迷惑かけて。本当にありが
「いいよ」
椅子に再び腰掛けたヤットさんはニヤリとほくそ笑む。
「ただし、今度は酒抜きで頼むわ」
「……ありがとうございます!」
-END-
△出したかったけど無理でした
おやすみ
94:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 04:24:04.52:gzqCB7J20おやすみ
乙
長谷部好きだから楽しかったよ
95:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 04:29:41.73:pc4yfg390長谷部好きだから楽しかったよ
乙!
面白かったぜ
96:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/26(月) 04:30:35.87:89BfCSlx0面白かったぜ
乙!おもしろかった!
こんなの絶対おかしいよ!
こんなの絶対おかしいよ!
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