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『三月ひなのつき』 石井 桃子・作/朝倉 摂 ・絵

三月ひなのつき三月ひなのつき / 石井 桃子、朝倉 摂 他
 
幸せなことに私も我が娘も、初節句の時から雛人形を持っている。私の時は母方の祖母が、娘の時は私の両親が選んでくれた。どちらの時も、これと決めるまでに御人形屋さんの店内を何周もして、一番良い顔の人形を選んでくれたらしい。「自分の孫には納得のいく御人形を。」という気持ちが嬉しい。

自分の子や孫に雛人形を選ぶときは、誰しも同じような気持ちを抱くのだろう。
この『三月ひなのつき』のよし子は、十歳になるのにお雛様を持っていない。おかあさんの気に入ったお雛様が見つかるまで買ってくれないからだ。

おかあさんは、自分が子供だった頃に持っていたお雛様が忘れられない。おかあさんの祖母が、隣に住む人形づくりのおじいさんに頼んで作ってもらった特別のひと揃いは、女の子なら誰でも欲しくなるようなつくりになっている。

他にはない魅力のひとつは、木でできた箱の中に全部一式が入っていて、外箱と御人形が一つ一つ入っている内箱を組み合わせて、ひな壇を成すことだ。だから外箱の引き戸には美しい春の絵が描いてある。一つの箱に全てがきちんと収まっていて、こぢんまりとした檀飾りができるというのは、豪華な大きいものよりも愛着が沸いて好きだという女の子が多いのではないだろうか。

もう一つの魅力は「小道具一式」。私も自分の雛人形を出したときに、一番楽しみだったのは御人形よりもお道具だった。このおかあさんの小道具はとても凝っている。

 まず最初にさがすのは、内裏びなのそばにおくものです。女びなには、まるい平らな赤い箱にはいった鏡があり、男びなのためには、刀掛けがありました。それから、その外側に燭台が一つずつ。これも、かわらけに油をつぎ、灯心をいれてともす式の、古風なあかりでした。そして・・・

と小道具だけで四ページもの説明がある。
そんな素敵なお雛様だったが、一九四五年五月二十六日の空襲で焼けてしまって今はない。

 それいらい、よし子の家には、おひなさまはありません。あまり、まえのおひなさまが、おかあさんの心に美しくきざみこまれてしまったので、おかあさんは、ほかのものを、あのおひなさまのかわりにかざることができなくなってしまったのです。

そして、よし子が生まれ、毎年おかあさんの気に入るのが見つからないうちに、おとうさんがなくなり、お雛様がやってくる望みはもっと薄くなっていた。
よし子は、本当は自分のお雛様が欲しかったが、家のことを考え我慢してきた。ところが、とうとう我慢ができなくなり、おかあさんに、欲しい気持ちを言ってしまう。

おかあさんは意を決して二人でデパートに行くが、やはりなかなか気に入ったものが見つからない。休んでいる間に、おかあさんがよし子に話してくれた「あのおかあさんのおひなさまが、今のおかあさんを助けてくれている。」という話は感動的である。その話は、よし子を「もう少し待ってみよう。」という気にさせた。

そして今年もお雛様を買わないまま三月三日を迎えた。
その日よし子は、あの時買わずに待って良かったと思ったに違いない。おかあさんも、よし子にさみしい思いをさせずにすんで、ほっとしたに違いない。おかあさんからよし子へ宛てた手紙に、「三月三日 おとうさんの日に」とあるのが、じーんとくる。



16件のコメント

[C1969] いい内容

これ、milesta 様の記事を読んでいるだけで、熱くなりました。
親子双方の思い遣りが心を打つのでしょう。
日本の将来は、このような本の売れ行きと比例することでしょうね。

[C1970]

>おかあさんからよし子へ宛てた手紙に、「三月三日 おとうさんの日に」とあるのが、じーんとくる。

どんな内容だったのだろう。とても気になります。
本を読まなくても、紹介された文面だけで、お母さんの優しさが伝わります。
母もお雛様が欲しくて、よく両親にねだったと言う話を聞いたことがあります。
貧困の差が激しく、生活が出来ずに無理心中をした人が近所には何件かあり、祖母は、母に食べていけるだけありがたく思わなければいけないと言われた話を聞いたことがあります。

  • 2007-03-02
  • 投稿者 : akeyan
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[C1973] >小楠さん

とてもいい内容です。読んでいる間中、胸の奥がじんじんするような感じ。何とも説明できませんが・・・。
もしも私が小学校の先生だったら、三月に入ったらこの本を読み聞かせるか、読ませるでしょう。感想文なしで。理屈でなく、じっくり味わって欲しい名作だと思います。
昭和38年の作品で古いので、入手できなくなることを恐れています。

[C1974] >akeyanさん

ちょっと思わせぶりに書いてしまいました。(笑)
お父さんは主題とはほとんど関係がないのですが、お母さんもよし子もいつもお父さんのことを思っているのだなぁということがさりげなく感じられるような設定になっているのです。

>生活が出来ずに無理心中

お雛様どころではなかったのですね。それに比べれば、「桜餅が食べられない。」と嘆いている私たちは罰当たりです。(明日桜餅もどきを作る予定です。)

[C1975] TB有り難うございます。

素敵な絵本みたいですね、気になるなあ…。昭和38年の本というとなんとなく親しみが持てます…その年のひな祭りの頃は母のお腹にいたはず(笑)
  • 2007-03-03
  • 投稿者 : 練馬のんべ
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[C1976] >練馬のんべさん

>昭和38年の本というとなんとなく親しみが持てます

練馬のんべさんと同じ歳の本でしたか。
この本には、その頃の商店街やデパート(とその食堂)の様子などが出てきて、私たちの世代はそれも懐かしく感じると思います。
機会があったら是非ご覧になってください。いろいろな賞を取っているので、図書館などにあるかもしれません。

[C1977] こんにちは^^

お人形って、思い入れがあるものですね。お雛様なら、特に。
子ザルのお雛様は小さいですが、札幌の祖父の気持ちがこもっているせいか、
実家にある、うちの母のわがままで買った豪華な私の雛人形よりも、味わいがあります。
(ひな壇の箱の中に収納できるところも優れものです)
  • 2007-03-03
  • 投稿者 : さるすべり
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[C1978]

お内裏様とお雛様~

といった具合にお内裏様とお雛様と男女にわけて呼ぶ呼び方が一般化していますが、本来は間違いらしいですね。
上の分のように内裏の男びな、女びなというのが正しいようですね。
そういう間違って一般化しているという知識はあったのですけど
ちゃんと書いてあったのでびっくりしちゃいました。

[C1979] >さるすべりさん

さるすべりさんのところのお雛様、温かみがあって良いですね。お祖父様のお気持ちがそのまま表れているのでしょうか。

[C1980] >unamuさん

あの歌はどうしてお内裏様とお雛様なのでしょうね。しかも題名が『うれしいひなまつり』で歌詞は「たのしいひなまつり」・・・謎が多い歌です。

この本はそうした言葉遣いもきちんとしていて、お雛様の説明全14ページ(含挿絵)は圧巻です。

[C1988] いいですね~

私は祖父母にとって女の初孫だったので、生まれてすぐに浅草橋で雛人形探しをしてくれたそうです。
特別なものではなく、市販の小さな段飾りですが、とても可愛いお雛さまで気に入っています。
お道具がまた可愛いのですよね~。あれでおままごとしたくて、たまらなかったなぁ…。
今年は飾りませんでした。たまには出してあげなくては…。
  • 2007-03-05
  • 投稿者 : asayake
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[C1989] >asayakeさん

私の御人形も娘のも浅草橋出身です。
私も自分のは日本に置いてきてしまったので、飾っていません。この本を読んだら、どんなのだったか無性に見たくなりました。

[C3244] TBありがとうございました

こんにちは。
TBのお返し、ありがとうございます。
懐かしい本について、ほかにも書いている人がいるのを見つけてうれしくなりました。
これからもどうぞよろしく。
  • 2008-02-19
  • 投稿者 : 牛くんの母
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[C3245] >牛くんの母さん

こんにちは。こちらこそTBをありがとうございました。
じーんとくる良いお話ですよね。このおかあさんのお雛様、実物を見てみたくなります。
  • 2008-02-19
  • 投稿者 : milesta
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[C3246] すてきな本ですね

この表紙の女の子の絵 見たことがあると思います。でもそんなお話だったとは。
早速図書館に予約を入れました。
私もおひな様には特別な思い入れがあります。ぜひ子供達にも紹介したいなと思っています。去年の3月の記事だったのですね。タイムリーです。牛くんの母さんに感謝!それにしてもmilestaさんはどうやって次から次へとこの方のようなすてきなブログを見つけられるのでしょう?!
  • 2008-02-19
  • 投稿者 : さくらこ
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[C3249] >さくらこさん

絵本に近い薄さと題名に平仮名が多いことから、低学年向けのような印象ですが、内容は小さい子には難しいので、子供が良いタイミングで出会うのが難しい本かもしれません。もっと多くの子に読んで欲しい本です。だけど、モノが豊かな現代の子供たちにも、このおかあさんやよし子の気持ち、わかるのかな?という不安も・・・。もしも、よろしければお子さん達の反応など教えていただけると有り難いです。

牛くんの母さんの方が、この記事を見つけてくださったんですよ。子供向けの良書をたくさん紹介されていますよね。私も読んでいない本がいろいろと紹介されていて、これから時々拝見しようと思っています。
  • 2008-02-20
  • 投稿者 : milesta
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