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本当に「書けないことが書いてある」『週刊金曜日』

 「書けないことが書いてある」――これは『週刊金曜日』のキャッチコピーの一つだが、『金曜日』には本当に「書けないことが書いてある」(こともある)。その好例が、2月5日号の伊藤千尋(『朝日新聞』記者)の連載記事(「伊藤千尋の国際時転」)だろう。タイトルは「ハイチ 小さな島なのに地震による死者は約20万人も 大犠牲の遠因はフランス植民地時代の愚民政策」。

 それにしても、タイトルからインパクト抜群である。地震の被害が拡大した「遠因」を、フランスの過去の植民地支配による、現在のハイチ人の「愚民」ぶりに求めるという、いきなりの大技が披露されている。しかし、本文はもっとインパクトがあるのであった。以下に引用してみよう(強調は引用者による。以下同様)。


 私がこの国を最初に取材したのは一九八六年だった。市民が蜂起し、独裁者デュバリエを追放したときである。最後は二〇〇四年だ。クーデターで民主政権が瓦解した。この間に現地を見た体験から明確に言えることがある。それは今回の犠牲の大きさの遠因が、フランス植民地主義の愚民政策にあるということだ。

 この国は中南米の低開発国というよりアフリカの未開発地である。上空から見る山は木が一本もなく、赤土が露出する。不法伐採や燃料の薪にするため見境なく木を伐ったのだ。首都の目抜き通りにさえ道ばたに汚水が渦巻く。汚水で洗濯をする女たち。若い娘がスカートをたくし上げて太ももを洗う。公衆の面前で。

 タクシーにメーターがない。事前に交渉し金額を合意したが、運転手は五分後に約束をホゴにした。彼は腕に残るナイフの傷跡を見せながら言った。「嫌いなヤツを呪って病気にさせたときの痕だ」。悪霊のゾンビで名高い呪術的な宗教ブードゥー教がはびこり、自分の身体に傷をつけて相手を呪い殺そうとする風習が二一世紀の今も残っているのだ。


 伊藤によれば、ハイチ人が「愚民」であり、ハイチが「中南米の低開発国というよりアフリカの未開発地」(伊藤がアフリカのどの地域を具体的に想定しているのかは不明)であることは、伊藤が「現地を見た体験から明確」なのだそうである。そして、その「体験」として、ハイチにおける森林の過剰伐採や、上下水道処理システムの機能不全、若い女性やタクシー運転手の振る舞いなどが、文字通り、超「上空から」目線で語られているわけだ。順番に粉砕していこう。

 まず、森林の過剰伐採については、次の説明を読むだけで十分だろう。

 「日本は、国土の約3分の2が森林であるにもかかわらず、世界有数の木材輸入国です。国産材は、運送費などの経費が高くつくなどを理由に、輸入材のほうが大量に安く仕入れられている現状です。実際に、国内の木材消費の約8割が輸入材で賄れています。

 木材を原料とする製品を扱った多くの国内の企業は、他国で違法や破壊的に伐採されたものを含んだ木材を購入しているのです。」

 グリーンピース:「日本 ~世界有数の木材輸入大国~国内山林・森林訪問報告」
 http://www.greenpeace.or.jp/campaign/forests/japan/

 要するに、日本は経済力に物を言わせて、世界中の森林を過剰伐採しているのである。日本が、自国内で過剰伐採せざるをえないハイチよりも、はるかに悪質であることは「明確」だと思うのだが。ついでに言えば、2006年4月以降、政府調達に関しては「合法性」「持続可能性」が証明される木材の購入が義務づけられているが、民間企業はその限りではない。もっとも、日本が「見境なく木を伐」らせている、オーストラリアなどの国々を、伊藤が「アフリカの未開発地」(そもそもどこだよ?)呼ばわりすることは、おそらくないだろう。

 「日本は、紙生産の原料である木材チップやパルプを大量輸入する世界有数の国なのです。輸入される大部分は、原生林から産出されてきています。

 特に、オーストラリアのタスマニア州では、毎年サッカー場9,500個分の面積の原生林を含む森林が破壊的に伐採され、そのうちの90%近くがチップとなって、日本に輸出されてきています。日本で紙や紙製品となり消費されるために、タスマニアの森林生態系が破壊されているのです。」

 「タスマニアでの森林伐採のほとんどは、タスマニアの伐採企業ガンズ(Gunns)社によって行われています。木材チップを産出するために、これまで伐採されずにきた樹齢数百年の樹木を次々と伐採し、山の斜面の広大な面積を丸裸にして、もとの生態系が回復不可能な状態にまで破壊しているのです。」

 グリーンピース:「タスマニア ~紙に変わる原生林~」
 http://www.greenpeace.or.jp/campaign/forests/tasmania/

 次に、上下水道処理システムの機能不全について。ラテンアメリカが「途上国」で最初に水道民営化の実験が行われた地域であることは、伊藤自身が講演でよく取り上げている話題でもある。ハイチの場合も、アリスティド大統領が追放させられた理由の一つに、IMFが強制する公共サービスの民営化に抵抗したことが、真っ先に挙げられるだろう。

 北沢洋子:「ハイチの政権転覆クーデタと IMF」
 http://www.jca.apc.org/wsf_support/messages/1237.html

 伊藤は「ラテンアメリカ通」の護憲派として左派メディアで自らを売り込んでおり(イメージ例)、本人もその気になっているように思うが、ハイチ(人)に対しては、こうした文脈をすべて吹き飛ばして、「首都の目抜き通りにさえ道ばたに汚水が渦巻く。汚水で洗濯をする女たち」などと、露骨な軽蔑の眼差しを向けているのである。おまけに、「若い娘がスカートをたくし上げて太ももを洗う。公衆の面前で」も、ないだろう。人身売買大国の国民(男性)が他国の女性に日本的な慎ましさ(意味不明)を要求できるご身分なのかよ?

 最後に、タクシー運転手とのエピソードについて。90%以上がキリスト教徒と言われるハイチで、キリスト教とブードゥー教の関係がどのようになっているか、私にはよくわからない。ただ、独立後も諸外国の執拗な介入を受け続けてきたハイチの歴史を見る限り、ハイチ人は、外国人がハイチ(人)に対して抱く侮蔑や偏見を知り尽くしているように、私には思われる。特にタクシー運転手のように、職業柄外国人と接する機会が多ければ、なおさらそうではないだろうか。一方、伊藤がそうした外国人の一人であることも、これまでの引用からすでに明らかだろう。

 運転手が「五分後に約束をホゴにした」のは、伊藤が結論づけているように運転手に「理性がない」からではなく、運転手が「五分」の間に伊藤のレイシズムに感応した結果であると私は思う。伊藤は、ブードゥー教に対する信仰を外国人に対して語ってみせるハイチ人は、外国人がそれをどう感じるかについて忖度できないほどバカだ、と考えているようだが、自らが溢れ出させているレイシズムに他者がどのように反応するかについては、まったく想像できないようである。このエピソードから「明確に言えること」は、とりあえず伊藤がバカでレイシストだということじゃないのか。

 ところで、日本では占い産業が1兆円市場であるとか言われているが、これは伊藤的には無問題なのだろうか?「自宅で呪術が行える、呪いの藁人形を販売」している(「呪い代行」までしている)通販サイトは「二一世紀」もOKなのか?天皇制に到っては最悪のカルトじゃないのか?というように、疑問は尽きないが、まあ先へ進めよう。


 この国を支配したフランスは、アフリカから連行した黒人奴隷に綿花を栽培させた。黒人は反乱を起こし、ナポレオンが派遣した二万の軍隊を破って独立を達成した。ハイチは世界で初めての黒人の独立国であり、中南米で初の独立国である。かつては栄光に輝いていたのだ。

 だが、破壊はできても創造はできなかった。その理由はフランス王政時代の愚民政策にある。ルイ一四世は「人間は賢くなれば反乱を起こす」と学校をつくらなかった。その結果が今も尾を引く。人々に理性がない。話し合う習慣がない。組織的な動きができない。不満が暴力に爆発するが、秩序ある革命にはならない。


 ・・・・・・ついにハイチ人は「理性がない」ことにされてしまったのであった。右派メディアでも、ここまでひどいハイチ「報道」は見たことがない(ただし、ネットの掲示板では散見される)が、さすがは『週刊金曜日』である。本当に(ネットの掲示板でもなければ)「書けないことが書いてある」。

 反論するのもバカバカしいが、ハイチ人と日本人のどちらがより主体的に民主主義を希求してきた(いる)かは、歴史を見れば自明であると思う。それは「理性」の現れの一つではないのか。また、フランスによるハイチ植民地支配の問題を、「学校をつくらなかった」ことに焦点化しているのもおかしい。当たり前のことだが、植民地支配下の民族に対して宗主国が民族自決を尊重する教育システムを作った例など、歴史上一つもないわけで、フランスがハイチに学校を作っていればよかったという話にはならないだろう。そんなことは日本の朝鮮植民地支配を見れば明らかではないか。伊藤は、朝鮮人が「愚民」でないのは、日本の朝鮮植民地支配がフランスのハイチ植民地支配よりもマシだったからだと考えているのかもしれないが、こうした見解を普通はレイシズムと呼ぶのである。


 独立後、大農園は国民に分配されたが、一人当たりの農地はあまりに狭く、食えるだけの量は収穫できなかった。国民の三分の二が、今でも狭い畑に頼って暮らす。二〇〇年前から暮らしはほとんど変わらない。

 フランスのあと来たのが米国だ。一九一五年に米海兵隊が侵略し一九年にわたって軍事支配した。今回もいち早く多数の米海兵隊を派遣した。南米ベネズエラのチャベス大統領は「援助名目で占領しようとしている」と米国を非難した

 日本は出遅れ、しかも自衛隊を派遣した。それはハイチへの貢献というより対米貢献だ。キューバは医師四〇〇人を派遣した。どちらがハイチ国民に喜ばれるだろうか?


 一見すると、米国によるハイチ侵略と自衛隊派兵を批判しているようでもあるが、そもそも記事の要旨が「ハイチ停滞論」なので、あまり説得力もない。「どちらがハイチ国民に喜ばれるだろうか」という結びも、伊藤はハイチ人には「理性がない」と考えているのだから、本気でそう問いかけているわけではなく、単なる字数合わせだろう。つくづくひどい記事である。『金曜日』も経営が相当苦しいようだから、これを期にネットの掲示板にでも移行したらよいんじゃないか。それとも、『金曜日』はすでに陰謀論的レイシスト的ジャーナリズムと化しているから、ネットの掲示板とリアルに読者の取り合いをしているのか。

Comments:4

jimpower URL 2010-02-15 (月) 02:17

どうもこんにちは。

> 悪霊のゾンビで名高い呪術的な宗教ブードゥー教がはびこり
重箱の隅ですが、ブードゥーに対するこの見方もちょっと迂闊ですよね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%BC%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%BC%E6%95%99

「ラテンアメリカ通」がそれで良いのだろうか……(笑)。

m_debugger Re: タイトルなし URL 2010-02-15 (月) 14:18

>jimpowerさん

>重箱の隅ですが、ブードゥーに対するこの見方もちょっと迂闊ですよね。

いえ、重箱の隅どころか、大変重要なご指摘でしょう。
アメリカ大陸の先住民や黒人を貶めるためにハリウッドが撒き散らした偏見の一つが、「悪霊のゾンビで名高い呪術的な宗教ブードゥー教」という形で、伊藤にも受け継がれているわけですね。私もブードゥー教といえばデュバリエのイメージが強かったのですが、デュバリエも米国の支援を受けていましたしね。勉強になりました。

風鈴草 ちょっと残念ですが… URL 2010-02-16 (火) 17:18

伊藤千尋さんと言えば『反米大陸』を人に勧めたこともあって、ちょっと買っていたのですが、「週金」でそんなことを書いていましたか。

「そうなった原因は同情すべきものであるにせよ、ハイチ人が愚民で理性が無いのが今の惨状の原因だ」というのなら、彼等に「旧宗主国の教育による理性」があったらこんな状態にはけしてならかったということなのか?たしかに言っていることがよくわかりませんね。

「愚民」と言えば、この日本こそが、“最強の愚民政策”の“珠玉の傑作”ではないかと思えてならない今日この頃です。少なくともハイチの大衆は自分たちの敵が誰なのかをわかっているでしょう。でも、私たちの多くはそうではないのですから。

m_debugger Re: ちょっと残念ですが… URL 2010-02-17 (水) 12:10

>風鈴草さん

コメントありがとうございます。
私も、この記事を読むまでは、伊藤千尋がこれほど差別的な発言をする人物だということは知りませんでした。もっとも、一般にレイシストだという評価がなされていないからこそ、『週刊金曜日』と伊藤の間には、相互に利用価値が維持されているのだと思います。

>少なくともハイチの大衆は自分たちの敵が誰なのかをわかっているでしょう。でも、私たちの多くはそうではないのですから。

そうですね。伊藤も昔はもう少しまともなことを言っていたと思いますし、今でも部分的にはまともなことを言っていると思いますが、全体としては「愚民政策」を身を持って推進している感じですね・・・。

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