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2010年2月11日 (木)

キリンとサントリーの統合交渉破談

キリンとサントリーは2月8日、経営統合の交渉を終了したと発表した。


経営統合の新聞報道は2009年7月になされたが、2009年初めに両社の社長が東京都内の料亭で昼食を共にし、「どちらからともなく」協力を持ち掛けたのがきっかけだったという。

キリンの中期経営計画(2009年10月26日発表)では、経営統合を進める背景として以下を挙げている。
  ・縮小する日本の酒類・飲料市場における事業基盤の更なる強化
  ・グローバルでの熾烈な競争への対応
  ・社会・環境・消費者等からの要請に応える企業体質の強化

統合により世界市場で欧米勢と互角に戦う力をつけるのが狙いであった。
統合会社は米飲料事業最大手のPepsicoや米総合食品大手のCraft Foodsと肩を並べる。

世界の主な食品メーカー 単位:億ドル
企業名 2008年
売上高
Nestle(スイス) 1,032
Unilever(英・蘭)   563
Pepsico(米)   432
Craft Foods(米)   422
キリン+サントリー   421
Coca Cola(米)   319
Tyson Foods(米)   268
キリン   254
Anheuser-Busch InBev (ベルギー)   211
Danone(仏)   199
サントリー   166
アサヒビール   161
Kellogg(米)   128
味の素   122
 毎日新聞(野村総研資料より) 
 なお、Craft Foods はクロレッツガムのCadbury(英)買収を決めた。

国内酒類・飲料でも圧倒的なシェアを握る。キリンとサントリーの国内ビール類飲料シェアは2位と3位。統合後はシェアで49.6%となり、37.8%で首位のアサヒビールを引き離す。
清涼飲料でもキリンは3位、サントリーが2位で合計31.4%と、20%台後半で首位の日本コカ・コーラグループを上回る。

ーーー

キリンは破談の原因を以下の通り説明している。

当社としては、統合新会社は、公開会社として経営していくことを前提に、経営の独立性・透明性が十分に担保されるべきと考えておりました。しかし、この点につきサントリー社との間で認識の相違があり、このまま統合交渉を継続しても、当社が目指す「グローバルリーディングカンパニー」として、国内外のお客様・従業員・株主をはじめとした全てのステークホルダーから理解・賛同を以って受け入れられる会社の姿を描くことが困難であると判断し、交渉を終了することを決定しました。

会見で社長は、「統合比率は最後の詰めの段階まで行っていない。それ以前に描いている会社の姿で合意できなかった」としている。

サントリーは以下の通り。

当社としては、統合新会社のあるべき姿を検討していくなかで、統合比率をはじめ、キリン社との間に認識の相違があり、今交渉において当社が追い求めている新会社の実現は難しいと判断し、交渉を終了することを決定しました。

社長は、「決裂理由は統合比率だ。最初からうちは50対50をベースにして統合しようということだった。問題はすべて統合比率に集約される」、「サントリーの経営は透明だ。何をもって透明性というのかは分からない。結局、(創業家が)サイレントマジョリティでいてほしいということと、いざとなればモノを言いますよというところの差ではないか」と述べた。

キリンは2月10日、加藤壹康社長が代表権のない会長に退き、三宅占二副社長が社長に昇格する人事を発表した。就任は3月26日の予定。サントリーとの統合交渉を断念したことを機に、人心の一新を図る。

2006年3月に就任した加藤社長は、協和発酵(現・協和発酵キリン)や豪州No.1の乳製品・果汁飲料会社National Foodsの買収(フィリピンのSan Miguelから)など国内外でM&Aを進めた。
2009年のビール類シェアで、9年ぶりに首位の座をアサヒビールから奪回した。

ーーー

問題はサントリーが非上場会社で、株式の89.33%を創業家の鳥井家と佐治家の資産管理会社「寿不動産」が保有することである。   

創業者の次男が佐治家を継いだが、実質的には鳥井一族である。(敬称略、☆は故人)   

寿不動産の株主はサントリー文化財団、サントリー音楽財団、サントリー生物有機科学研究所の3法人と一族19人。
純資産は279億5,400万円。

このため、統合比率がキリン1に対し、サントリーが0.6以上であれば、寿不動産が統合後の新会社で合併や定款変更など会社経営の重要案件について実質的な拒否権を持つ株式3分の1以上を保有することとなる。

昨年1月に大まかな統合条件を探った際の仮の算定比率はキリン1に対して0.78~0.88で、寿不動産が1/3以上を握ることで「約束」をとりつけていたといわれている。

そうであれば、破談の原因として、キリン側に戦術ミスと、根本的な認識誤りがあったと思われる。

戦術ミスというのは、昨年11月下旬にキリン1 対サントリー0.5程度を提示したことである。
これでは寿不動産の新会社の株式は1/3を下回る。サントリー側はキリンが当初の対等の約束を破り、1/3以上という条件で一族をまとめた佐治社長の顔に泥を塗ったと激怒したとされる。

キリンはサントリーの企業価値をもう少し高く見積もっており、寿不動産が1/3強の株主となることを社内で確認しており、交渉のテクニックとして0.5を出したとのことだが、余りにも低すぎ、信頼関係で行われる統合交渉ではまずかったと言わざるを得ない。

その後、キリンは1対0.75程度まで歩み寄ったが、サントリーは1対0.9に固執した。
キリンの姿勢に反発したものと思われる。

もっと大きな問題は寿不動産が1/3超の株主となることの認識である。

両社は初期交渉で「経営へ口出しはしない」との条件で合意していたとされる。しかし、経営の重要事項の拒否権を持つ大株主が完全なSilent Majority で満足する筈がない。

寿不動産に1/3超の出資を認めることは、極論すれば、新会社は寿不動産の子会社となることを意味する。
日常業務には口出ししないとしても、新会社の方向等については大株主として発言するのは当然である。

サントリーは非上場の理由として以下を挙げている。これは鳥井家(寿不動産)の理念に基づく。
酒の醸造には時間がかかり、短期的な利益を要求される株式公開に馴染まない
株主に商品の味を左右されたくない
事業収益を社会、顧客、従業員に還元するという「利益3分主義」を経営に生かし、直接的な利益に結びつかない文化事業、社会貢献事業に積極的に取り組む
(寿不動産株主の3法人:
サントリー文化財団サントリー音楽財団サントリー生物有機科学研究所はこの理念で設立され、配当収入が運営資金となる)

1963年に 業界最後発で参入したビール事業は、2007年まで40年以上も赤字が続いたが、事業を継続し、2008年に「プレミアム・モルツ」のヒットで一躍業界3位に浮上した。

同社は1990年に「青いバラ」の開発に着手、2004年に成功した。
2009年11月に「
SUNTORY blue rose APPLAUSE」を発売。

今回も鳥井家(寿不動産)の理念、考え方に基づく要請が行われた。

その一つが医薬事業の扱いである。

キリンは、2007年10月31日から協和発酵株式の公開買付けを行ない、協和がキリンファーマを完全子会社とした上で、2008年10月1日に協和発酵とキリンファーマは合併し、協和発酵キリンに改称した。

サントリーはキリンに対し、世界の医薬品大手に規模で劣る協和発酵キリンが競争に生き残るのは困難として、統合後数年以内の売却の確約を求めた。

サントリーも医薬部門を持っていたが、巨額の開発費がかかる医薬事業を止めることを決め、2003年1月にサントリー 34%/第一製薬 66% の第一サントリーファーマを設立してサントリーの医薬事業部門が従来行ってきた事業活動の全てを新会社に承継した。

2005年9月に第一製薬の100%子会社となり、第一アスビオファーマに改称した。
現在、第一三共の子会社として、アスビオファーマに改称している。

他方、キリンは医薬を酒類、飲料に続く収益源と位置づけており、意見の一致を見なかった。

サントリーの文化事業、社会貢献事業についても新会社では問題となろう。

これらを見ると、はっきりした理念を持ち、それを通すために非上場を続け、また、それでしっかりした実績を挙げてきたサントリーと、上場会社のキリンの「対等」の統合はそもそも無理筋であったといえる。

寿不動産に完全なSilent Majorityであることを期待したキリン側の認識の誤りである。
この合併が成功するためには、寿不動産の新会社での持株比率を1/3弱にすることをサントリーに呑ませるための案が必要であった。

ーーー

サントリーは2月9日、キリンホールディングスは2月10日に2009年12月期決算を発表した。

付記 参考としてアサヒビール(食品には薬品を含む)、サッポロの決算を追加

  サントリー   キリン   参考 アサヒビール   サッポロ
  百万円 前年比     百万円 前年比     百万円 前年比     百万円 前年比
売上高   1,550,719  102.5   2,278,473 98.9   1,472,468 100.7   387,534 93.5
 (うち酒類) (557,703)     (1,097,694)     (958,155)     (305,495)  
営業利益     83,544  102.8   128,435 88.0   82,777 87.6   12,895 87.8
経常利益     81,822  103.3   144,614 140.3   90,546 93.9   10,725 101.9
当期利益    32,666  101.9   49,172 61.3   47,644 105.8   4,535 59.4
                       
営業損益内訳                      
 飲料・食品    84,219 101.7   7,099 110.4   3,438 134.3   301 136.8
 酒類    20,073 126.6   102,800 93.5   78,879 86.9   8,176 95.0
 医薬品 ー      34,334 121.8   ー      ー   
 不動産事業 ー      ー      ー      7,524 98.8
 その他    4,270 85.3   3,854 21.1   889 88.4   -171 ー 
 全社   -25,018     -19,654     -430     -2,933  
 合計   83,544 102.8   128,435 88.0   82,777 87.6   12,895 87.8
                       
資本金   70,000     102,045     182,531     53,886  
純資産  455,638     1,198,869     577,702     118,590  

サントリーとキリン/アサヒで酒類の営業損益に大きな差があるのは、
原料費の比率が比較的低く、広告宣伝費など固定費の比率が高いため、売上高が大きいほど、営業損益が大きいと思われる。

なお、サントリーは2009年11月に仏飲料メーカー大手 Orangina SchweppesBlackstone GroupLion Capital から3000億円超で買収した。
Orangina Schweppesは、2001年にCadbury Schweppes Oranginaを買収して統合したもので、2006年にBlackstone GroupLion Capitalがそれぞれ50%を買収した。(2008年に現在の社名に変更)

フルーツ炭酸飲料 Oranginaをはじめ、トニックウォーター Schweppesや、果汁飲料OasisTrina等を展開しており、サントリーは、買収により欧州に基盤を築き、欧州事業を一気に拡大する。


目次、項目別目次
    
http://kaznak.web.infoseek.co.jp/blog/zenpan-1.htmにあります。

  各記事の「その後」については、上記目次から入るバックナンバーに付記します。


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