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2012.07.06

あるスタートアップの資金調達失敗談

 某法人向けウェブサービス&コンテンツ制作事業を企画していて、外部からの資金調達に事実上失敗をしまして(笑)、結局私を含め関係者の手金で事業をスタートするという形になった案件が一昨年から去年にかけてございました。まあ結局はどうにかなっちゃっているので問題にはならないんですけれども…。調達に失敗したのは事実なのと、今年に入って大口が幾つか決まって、調達の失敗も笑い話で済むようになったので、関係者の同意を得まして、自分なりの反省をここに書いてしまうものであります。どの案件か知っている人は静粛に。

1. 調達交渉途上での事業計画の変更、シュリンク

 私が交渉の窓口をやっていたわけではないので、すべてをつぶさに知っているわけではありませんが、調達担当をしていたCFO就任予定者と、事業のコアとなる技術を持っていたCTO、会社の顔となる若いCEO候補の間で、事業の将来像や、どのくらいのペースで資金を使っていくかという根本的な握りが浅かったというのがありまして。

 私も悪かったのですが、最初はとても野心的な計画を持っており、確かに魅力のある技術でしたので日本のこれ系のスタートアップとしてはそこそこ大口の「30億円規模の時価総額で、15%程度の株式をリリースするため5億円弱の資金を集めたい」という話に。

 ところが、オーバーヘッドがそれほどなくても営業は開始できることが判明。また、類似技術を持つ某中東の会社が日本を含むアジア市場にも進出してくるんじゃないかという話が出ましたので、早く営業を開始したいCFO、CEO候補と、技術のコアを持っているCTOが意見を対立させてしまいました。私の見るところ、頑張ってすり合わせしていたように見えたんですが、途中で二度、計画内容を変更させるという事態となったこともあり、熱心だった某投資家が出資を見合わせ。

 結局、最終的には役員も含めて20人強の陣容を初年度で目指すところが、10人の計画となり、バーンレートから考えて8ヶ月ぐらいの猶予資金があればよいということで当初想定していた調達金額の6分の1に引き下げる計画で、見込みのある投資家に出し直すということになりました。

 ただまあ、そのぐらいの資金なら私や他のメンバーでも問題なく出せちゃうわけでねえ。それなら黒字転換するぐらいのタイミングで市場の伸びしろを見てどーんと集めればいいんじゃないの、と方針がどんどんフラフラしてくるわけですよ。

2. 情熱的で野心的過ぎるCEO候補

 カネ使いというのはぶっちゃけセンスだと思います。失敗して磨かれる側面もあるかもしれないんですけど、アクセルを踏みたがるCEOというのは長打力がある反面、空振りしそうになると引き返しがつかなくなるように思います。

 うっかりベンチャー経営本とか読んで「諦めるな。成功した奴はみな諦めなかった人間だ」みたいなことを思い込んでいるわけでねえ。計画は適宜修正せざるを得ないところで変えてこそ意味があるものなんだけれども。

 あるとき、ベンチャー向けのレンタルオフィスを借りるというので「まあいいんじゃないの」と言ったわけなんですが、蓋を開けてみたら結構豪勢なところを借りていたので驚きまして… いや、そこはその運営者である不動産屋さんに株を握らせないと短期間で追い出されたりするんだよ。

 私は非常にお金を使うのに慎重なほうで、まあ昔は切込隊長とか名乗っておきながら安全運転するような男であることは毎度ギャップを感じさせるわけでありますが、不要不急のお金を使い、見栄を張って売上やお客様の便益に繋がらないことにお金や体力を使うことには極めて後ろ向きな人間です。ノリが悪いのかもしれませんが、ノリが良くて儲からないKNN神田さんのような状態になることはKNN神田さんでない限り強く戒めるべきだろうと思います。

 最終的に、大口の資金調達は必要ないとなった段階で、私もこの会社の顧問はこの若いCEO候補がいるなら降りるし個人的な出資も見合わせるということを申し入れて、まあいろいろあり、技術を持っているCTOの人がCEOを兼ねてしっかりとした営業を開始できる体制を作るので、若いCEO候補は取締役として営業担当とするということで決着をしました。本人も先走ったことは反省しているようですが、金遣いの荒さは厳に戒めるべきだと私は思います。

3. グダグダなりに、しっかり議論を尽くせ

 サービスアイデアや技術以前に、一緒に仕事をやるメンバーが同じ方向を向いてしっかりと働き事業を軌道に乗せていくには、かなりな一枚岩を構築できないとアカンわけです。とはいえ、いろんなバックグラウンドの人が何ヶ月か話し合っていく中で、やっぱり方向性のすり合わせがしきれない、ということはあり得るんですよね。

 今回、幸いだったのは技術がしっかりしていて、もうそこそこ大口の売上が見える見込み客とも成約しそうだ、という条件があっての話だったので、グダグダでもまあとりあえず営業開始してこの大口契約をこなしつつスケーラブルに売上が取れる体制を作ろう、という実務面での落とし込みが楽だったというのはあるわけですけど。

 夢を見る人、足元を見る人いろいろいます。ちゃんと話せばいいんですが、ただやっぱり相性というのはあって、途中でまあまあみんな同じ船に乗るんだからいいじゃないですかと仲裁してしまう人が出る。ここまでやってきたのだから、もう少し我慢しよう辛抱しようと言う。でもねえ、事業の方向性や、自身の役割に関わる部分は、喧嘩してでも話し合ったほうがいいと思うんです。将来、同じ悩みを抱えてどんどん大きくなって、引き返しがつかなくなったところで炸裂されるよりは、最初の段階でできるできない話し合って、納得して身を投じないといけません。何のためにこの事業に彼や彼女が参画しているのかはっきりしないのに、ただベンチャーだから、夢があるからといって、俺について来いという話ではその場は良くとも二年後、三年後にこんなはずではなかったと後悔することだってあるのですよ。というか、そういうのをたくさん見てきたんですよ。

 政治をやるんじゃなくて、事業をやるわけなので、事業のコアは何であり、どういう収益を上げられるものなのか、そこにどういう機能、役割の人がどれだけ必要で、それを動かすためにはどれだけの資金が最初必要になり、将来的にどういう品質向上のためのR&Dが要り、人員の増強はどうかといったところまで、最低限のロジックは立てておかないといけないんですよ。その事業計画に対して、お前はきちんとコミットできるのか? という話をするべきなのであって、というかしないと後悔するのであって、だからそれは長いメールでもskypeでも構わないからがっつり詰めたほうがいいよ、と。

4. プレッシャーに負ける

 会社勤めで評価されて能力があると思ってベンチャーの世界へ身を投じる人が多いんですけれども。
 仕事は本来自分で完結させるものなんすよ。予実管理や自分やチームの予定の確認も含めて、得意なことだけやってればいいって話じゃありません。技術職で頑張ってきたので請求書の出し方が分かりませんとか、駄目です。誰かがやってくれるというのは、誰かがやってくれる組織を作らなければ、誰もやってくれないのです。誰かがいなければ、自分で社会保険事務所にいかなければならないし、銀行の窓口に並んで税務署に支払わないと駄目です。

 そんなことをやりたくて独立したんじゃないと言うのは分かるんだけど、みんなそう思って仕事をしています。仕事は全体の一割もない、残りの九割は雑用だと。とりわけ、ベンチャーってそういうもんです。

 だから、投資家に向かって「私はどこそこに居て、こういう評価をされてきた」というのは「お前なあ」と思うわけです。で、何でそんなことを話したの、と訊くと、「事業に携わるということがここまでの精神的なプレッシャーであるとは思わなかった」とかそういう話になるわけですねえ。

 でもねえ、出資交渉なんて全然いいほうで、事業をやっていれば山があって谷があって、谷のところでは金が減っていきこの会社の数ヶ月先の資金繰りが持たないぞという危機感があったり、もう少しすると大口から切られそうだとか冷たい汗をかく日々があって、多くの経営陣の共通点としてこれらのストレスを受けながら、経営を行ってきているのですよ。大手企業は明日も知れぬリストラが、とかいろいろ言ってるけど、ベンチャー企業なんて一発で行き詰ることもある。そんなんでプレッシャーとか言ってたらだーめー。

5. 総括

 まあ、たいていのベンチャービジネスってそれほど立ち上げにお金は要りません。
 変なところから出資を仰いで、あとから経営に介入されるぐらいならば、自力でやるってのも選択肢だと思いますよ。少なくとも、当人が経営に向いているか、派手なところはないか、といったところは半年も経営してみれば自分も周辺も分かります。

 それってフリーランスやノマドとどう違うの? という話なるかも知れないけど、決定的に違うのは「目的を達成するために、人を雇うということ」だと思ってくだされ。部下や社員の生活を預かるようになって初めて見えるものはあると思います。


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    やまもといちろう

    ブロガー・投資家・イレギュラーズアンドパートナーズ代表取締役。
    著書に「ネットビジネスの終わり (Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など多数。

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