灼熱の小早川さん / 田中ロミオ

灼熱の小早川さん (ガガガ文庫)

灼熱の小早川さん (ガガガ文庫)

高校のクラスという小さな社会で繰り広げられた、「空気」に闘いを挑んだ少女の物語。
一人ひとりは良いやつでも集団になると手に負えないだとか、同調圧力だとか衆愚的な行動だとか、空気読めとか仲間はずれとか、わかりすぎるほどわかるからもうやめてくださいという要素満載でお届けする田中ロミオの学園もの。明確な悪はいないけど学級崩壊一歩手前のクラスに、極端までの規律を炎の剣と共に振りかざして、たった一人で闘いを挑んだ小早川千尋。空気が読めないわけではない、そんなに強いわけでもない、それでも教室を廃墟にしたくないと立ち向かう彼女の姿は、どこか悲壮ですらあって。
クラス代表となった彼女の独裁を防ぐために、クラス服代表を押し付けられた主人公の飯島直幸。小早川さんのブログを見つけて、それを読んだ上で対峙する彼女との関係。空気が読めて、バランス感覚があって、口がうまくて、そして相手を一方的に知って対峙することで絶対に自分は安全圏に置く小癪さがあって。そんな彼が、他のクラスと自分のクラスの落差を知って、歳相応の素顔を知るたびに小早川さんに惹かれて行いって。
決められないクラス委員も、代表の仕事も、文化祭の準備も立った二人でこなして。築いたはずの信頼、縮まっていたはずの距離、どこか幸せな時間。けれど一歩踏み出した勇気は、何もかもを壊す蛮勇でしかなくて、計算とズルさで彼女の心を踏みにじって、関係は壊れ、それでも止まれなくて、二人しかいなくて、生徒会長選挙に踏み出して、そして。
同調圧力、場の空気、先のことを考えもせずに甘い言葉に釣られる大衆。正しいことを正しくやれば、もっと良くなるはずのクラスなのにそれが難しい。小さな社会で描かれることは、おおきな社会にも通じる何かで、それを怨嗟よりも諦めに近い色で塗りつぶすように描いていく怖さ。空気読みのはずだった直幸がぎりぎりのラインを踏み越えるようなやり方で行動する怖さ。そして何より、そこにある空気は記憶の奥底から何かを呼び覚ますほどにリアルさがあって。その上でのディスコミュニケーション。そして壊れていくすべて。
今っぽさを感じさせる空気の中で、こうするしかなかったのに、どうしようもなく壊れて行ってしまう何かを描いたこれは、シンプルな描写の向こう側にとんでもなく恐ろしい物を感じさせるような精神的ホラーだと思いました。特別に惨たらしいことがあった訳ではないのに、こうなっていくというのが何よりも。
ラスト、バレンタインデーからの10ページちょっと。急展開を見せる物語は、けれどここだけがあまりにも非現実的過ぎて、これは直幸の都合の良い妄想なのじゃないかと、その前のセリフでもう全ては終わってしまっていたんじゃないかと感じます。だとすれば、これはやはりどこまでもホラーだと思うのです。