もうひとつのグローバル化、アルテルモンディアリズムという思潮
9.11がもたらした反グローバリゼーション運動への逆風
もともと、こうした社会的な異議申し立て活動は「反グローバリゼーション」運動と呼ばれていて、1999年にシアトルで開催されたWTOにデモ隊を送り込み、世界的にその存在をアッピールした。しかし、2001年のアルカイダによる9.11テロの勃発は、反グローバリゼーション運動に対して大きな逆風となる。米国ブッシュ大統領が掲げた「テロとの戦い」というスローガンの下で合衆国全体に巻き起こされた愛国主義を前にしては、いかなる「アメリカ批判」も許されないという雰囲気が生まれた。また、イスラム原理主義者たちが「グローバル化=米国の属国化」であるという認識から、「反グローバリズム」を唱えたことから、こうした勢力と同一視されるという問題も生じた。
そもそも、グローバル化そのものは、ひとつのプロセス、現象に過ぎず、それ自体が悪とはいえない。問題は、グローバル化のありかただというアルテルモンディアリスト(altermondialiste/もうひとつの世界を望む人々)の思潮が生まれてきたのには、こうした背景がある。
イニヤシオ・ラモネ氏の講演でも、グローバル化の問題を、特定の国家や勢力を悪玉に仕立て上げるのではなく、システムの問題としてとらえる視点が強調されていた。したがって、彼の標的は経済自体よりも金融システムであり、特定の国や資本家というよりも「IMF,世界銀行、OECD,WTO」といった世界の経済・貿易システムを司るグローバル団体・機構に向けられる。ラモネ氏は、これらを「悪のポーカー」と呼び、あらゆる国がこの4つの国際機構にポーカーゲームをするように弄ばれていると揶揄するのだが、別の言い方をすれば、それだけ敵は抽象的となり、見えにくくなっているともいえる。講演会の質疑応答で、聴衆から「グローバル経済を牛耳っているロスチャイルド家のような人脈」についてどのように考えるかという質問が投げかけられた際にも、ロスチャイルド家やユダヤ人のような特定の利益集団を取り上げて標的にするよりも、抽象度を上げて世界の問題をシステムとして考えることが必要であり、異議申し立ての手法、運動形態についても新しい状況に応じたものであるべきと語っていたのが印象的だった。
もうひとつのグローバル化を進める行動目標
もうひとつのグローバル化を進めるために、何をすべきなのか?ラモネ氏は具体的な行動目標として、以下の5点を上げていた。
① 途上国の対外債務帳消し
② タックス・ヘイブン(租税回避地)の撤廃
③安全な飲料水の確保 ④世界的付加価値税、トービン税の導入
⑤ 輸出農産物に対する補助金廃止
それぞれが、重要な問題提起となっているが、中でも「トービン税の導入」は、ラモネ氏が1997年12月にル・モンド・ディプロマティークの紙上で書いた「金融市場を非武装化せよ」という文章がきっかけとなって、実際にATTACというNGOが世界各地で組織されるなど、彼の主張の真骨頂を示すものといっていい。
トービン税とは、ノーベル経済学賞をとったアメリカの経済学者ジェームズ・トービン博士が提唱したもので、為替取引に対して0.1%程度の取引課税をするというもの。これによって行き過ぎた投機的な為替取引に歯止めがかけられるのと、徴収された税を世界の貧困問題の解決に当てるというものだ。0.1%のトービン税を導入した場合、年間1660億ドルの税収が得られ、これは世界の極貧問題を解消するために毎年必要とされる金額の2倍にのぼるという。
トービン博士が、これを提唱したのは1997年のことだが、世界の金融取引の大半を抑えているアメリカ、英国、日本からは冷笑、あるいは無視された。しかし、現在、世界が抱えているテロ問題や紛争の多くは、宗教問題や民族問題として表れているが、その根底に貧困問題が存在していることを考えれば、トービン税の導入によって極貧問題に解決の糸口を与えることは世界的な課題といえるだろう。金融取引よりも「ものづくり」によって立国している日本にとっては、為替の安定は、最優先されるべき政策課題であり、本来、この問題に率先して取り組むべき立場にある。
国際連帯税がフランスなどでスタート
しかし、徐々にではあるが、トービン税に賛同する動きも出てきているようだ。2004年には、ベルギー議会が、トービン税型の為替取引税の導入法案を可決した。EUも独自財源の「欧州税」の導入にあたってその財源の一つとして通貨取引税を検討しているという。
また、為替取引に対する課税ではないが、フランスのシラク大統領が2005年に開催されたパリ国際会議において、航空券に課税し、徴収された税をエイズ対策に使うという「国際連帯税」を提唱。フランスでは今年の7月から実際に施行されている。
巨大化したグローバルマネーは、今や実体経済の100倍を超える規模となり、新たな投資先を貪欲に求めている。ラモネ氏も指摘していたが、ヘッジファンドが投資家に対して約束している利回りが、平均で15%を超えており、こうした利回りは実体経済に投資していたのでは、とても実現できるものではない。結果、マネーがマネーを呼ぶ構造が温存され、その構造の中に世界は閉じ込められ、そこから一歩も外に出ることができない。モンスターと化したグローバルマネーに誰が首輪をかけられるのか?そうしたことを考えさせられた講演会であった。
(カトラー)
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
トービン税は全く賛成で将来的に不可避だと思うけど、「誰が集めて誰がどう使うか決めるのか?」つまり国連改革?が先でしょうね。
何かアイデアがあっても、それを具体化する前提条件でいつも躓くような。
これが人類の宿命なのだろうか(苦笑)
投稿: トリル | 2006.10.08 01:34
大変興味深く読ませていただきました。特に反グローバリゼーション」運動については非常に勉強になりました。ありがとうございます。
投稿: jack | 2007.03.10 16:04