「影なきものに魔王が降りたつって、あれ、噂じゃなかったのかよ」
ラウールが誰にともなく言って、口をへの字にまげた。ブリッジに集っていた士官は遮那の退場とともにいったん、解散した。残っているのは勤務表通りにウィン、デニス、ラウール、ロードだけだ。
ラウールがコーヒーを飲んで顔をしかめたのは、すっかり冷めきっていたせいだ。士官学校から後輩のロードがコーヒーをつぎたしながら、口にした。
「それ、エスタリオン星で七色の翼の堕天使が歌ったっていう話でしょ?」
「バーカ。エスタリオン星の奇襲はトップシークレットなんだぞ。誰も記録映像は見てないんだ。参謀本部くらいじゃないのか、知ってるの」
長身のデニスが、ブリッジの司令塔横で腕をくむ。
「ウエブリーダーなら、見たでしょう」
「デニスさん、当時、その概念はありませんよ。ただの霊能力者です。彼らは圧倒的に妖魔の精神攻撃波に弱かった。救援船に乗った能力者は全員死亡してますよ」
ラウールが口を尖らせた。デニスが腕をほどいて笑う。
「そうだね。私もまだ生まれていないから当時の状況は推測でしかないが、三十年たった今も、その手の噂話にことかかないということは、誰かは見たんだろうと考えてもおかしくはない」
「影がないひとは、一年以内に死亡するって言いますよね」
ロードがきくと、ウィンがこたえた。
彼は副司令官の定位置、操縦席と司令塔の間の動力部をもった浮遊席に腰をおろしていた。今は、司令塔脇に落ちついていて、コンソールをのぞきこんでいた。
「それは、流言蜚語ですね。主にフェズ惑星群人に見られる心身喪失症の一種です。神の供物にされる神子の家系に顕著な、一種のパニック症候群みたいなものですよ」
「でも、影が」
「ありますよ」
ウィンはコンソールから顔をあげずに言った。
「あるんです。見えないだけで。機械や動植物には影が見えているはずですよ」
「よく……わからないんですが」
不安に眉をよせたロードの横で、ラウールが言った。
「感化者、か」
「ええ」
ウィンがようやく顔をあげた。
「感化者の異能の一端ですね。見えるものまで見えなくさせる。フェズでは、同星族内、つまり星族カスタム内では影が見えないと検証されています。しかし彼女の場合、星族の区別なく、我々ウエブリーダーでさえ感化者の影響力から免れ得ない。あの力があれば世界を支配することなど簡単だと思わせますね」
「そうは簡単じゃないでしょう」
二十九歳と年長のデニスが苦笑する。ウィンは、さすがにひっかからないな、と心中でほくそえむ。
「参謀長」
ウィンにむかって、デニスが問う。
「何を企んでいるのかな」
「まだ、言えません」
ウィンはすなおにこたえた。
「まだってことは、話す準備はあるんだな?」
操縦席から立ちあがったラウールがきいた。ブリッジの中央下にあるコンソールに腰をかけ、飾りのようにある操舵に腕をのせる。
「話すも何も、遮那少尉自身が語ってくれるでしょう。僕は、知りません」
「ありゃあ、口はカタイぞ」
ラウールが頤に手をおいた。
「話すことが一番のリハビリだということくらい知っているでしょう」
「リハビリ? なにか、あのお姫様にあったんですか」
ロードが問うと、ラウールが笑う。
「おまえの目は節穴か。ごまかされるな。ただ能力者だからって一年半で軍人になれるかよ。腰に日本刀だぞ。誰でも撃てるブラスターじゃなく、真剣だ」
「そのようだね」
デニスまでがうなずいた。彼はそのまま、天上をあおぐ。円を描くドーム型のメインブリッジの上方には緑の蔓性植物が円を一周し、透明フィルターにおさめられていた。
戦闘時には、三次元とシミュレーション時間軸を計算に入れた四次元宙図が展開される場所だ。
「艦内シミュレーションもみっちり受けてきたようすですしね。このまま、この船に乗り込むつもり満々でしたねえ」
デニスの正面で、あの少女はブリッジを見渡したりはしなかった。全方位対応戦闘態勢にのぞめる稼動形の装置や、誰もが目を向けるはずの樹木でできた司令塔でさえ、瞳のはしにとらえただけだ。
特殊な艦内環境を周知のうえで、やってきている。つまり、予言書探索のオブザーバーだという意識は彼女にも、当然、《エムート》にもないはずだ。
「なのに、予言書探しで軍人じゃありませんなんて言うのは、一体どういうわけなんでしょうねえ」
デニスが顔をむけると、ウィンはすました表情のままだ。知っていてこたえないのか、本当に知らないのか判じかねる。
「でも、お姫様ですよ。いくら強くたって、そう長く戦場にいていいはずはありませんよ」
「そういうタマじゃないだろ」
ラウールが、アッシャーに凄まれて一歩もひかなかった少女の顔を思い出す。そして。
「百歩ゆずって、星帝制ってのは戦時特別法なんだよ。永代続くもんじゃない。ロードの言うとおり、偉かろうが金持ちだろうがウエブリーダーであれば徴兵は免れないんだ。身分も階級も、フェミニズムもなんもない」
コーヒーをがぶ飲みして、ラウールが言った。今夜は当直だ。眠れなくてちょうどいい。純潔地球人のラウールは他の星人よりも楽なシフトを組まれているが、夜勤はある。兵士はつねに不足していた。
「おい、ウィン」
ラウールが見あげた。
「あと三日で、その予言書とやらが見つかるわけないじゃないか。噂じゃあ、『大口』内部ってのは、この銀河系より大きいんじゃなかったのか」
ラウールの問いに、ウィンは微笑むだけだ。
「だんまり、かよ」
「知っていれば教えますよ」
さらりとかわすと、ラウールが舌打ちした。間をとりもつように、デニスが問う。
「《エムート》に予言書の記録があるのかな」
「閲覧許可は出ませんよ」
デニスが長い腕をくんで、ウィンをみおろした。
「ということは、予言書が真実を告げていたわけだ」
「ええ。さきほどの彼女の様子を鑑みても、それが狂信的なものとは思えません。地球人の歴史には予言書の類が多くあるそうですが、ジョウ・ムラカミ自身が我々の銀河系を形づくった予言者のようなものですからね」
そうだな、とラウールがうけた。
「なにしろ、連邦軍をつくっちまった」
「ええ。侵略戦争を勝ち抜くために連邦軍を立ち上げ、暦も言語も何もかもを地球風に変えてしまった。古代種族の遺産のP波をつかまえて超光速船を建造したし……ある意味では『神』のような存在です」
「銀河大学のアレクトラ学派あたりでは、超自然神とか呼ぶそうだよ」
そう言ってデニスが笑った。この船に乗る前に、一度退役し大学に籍をおいたのだ。
「どっちにしても、ふつうの方じゃないですよね」
ロードの言うのは、ジョウ・ムラカミではなく、遮那のほうだろう。ラウールが金髪をかきむしる。
「どっちにしろ、メンドウだぜ。レイの奴、半年前に第十艦隊からまわされたな。女性は少ないから、これを見越してフォルタレザ星人のお守りをつけたのか」
「まあ、そうなりますね」
(本当は、志願ですが)
と、ウィンは内心でつけたした。見越したことには違いないので嘘ではない。レイにはレイの理由があるはずだが、それは言う必要はない。
(いずれにせよ、最初の関門は突破してくれてよかった。船に乗せてしまえばもう、治外法権だからね)
ウィンは、両手をくんで尖った頤をのせた。
今頃、レイが艦を案内しながら話しをしているはずだった。
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