暴れてはなれようとしたこめかみに熱い声が響いた。
「アスラン?」
間近に迫ったアスランの秀麗な顔、その紫の双眸に見たこともないほどのひかりが宿っている。それを見て怯みながらも僕の唇はひらかれた。
「……許しなんて請わずに殺せばいいじゃないか。さっきの瞬間に手をださなければ僕はきっと死んでた。わざわざおまえが手を汚すこともなかった」
震え声で言い返す。
「嘘おっしゃい。あれで致命傷は負いませんでしたよ」
「もちろん、あいた左を抜くつもりでいたよ」
この男に背中をあずけて。
アスランがこちらの心中をよみとったのが見てとれた。そうして僕の腕をゆっくりとはなす。
「斬りつけられたら終わりだと教えませんでしたか。毒が塗られていないとは限りませんよ」
「もう足がもたなかったんだよ」
惨めな言い訳にアスランの唇に苦笑がうかんだ。
あの瞬間、僕は彼が来てくれることを疑わなかった。
そういうことだ。
アスランはそれからいつもの調子でいった。
「私は王位には興味はないと、いくら言っても理解してくれないんですよ」
「おまえ」
「嫌いなんです。世のため人のため、とか。私は王にはむきません」
「僕だってむいてないさ」
「カシャ様、あのですね」
彼はそこで言葉をとめてため息をついた。だって、でも、僕は王になんかならない。なりたくないんだ。
「陛下が亡くなられたら第一王子のあなたがこの闇王国の玉座につかなければならないのですよ」
「そうさせたくない人がいて、僕を殺そうと暗殺者を送りこんできてるんだろ」
見上げると、アスランが難しいことを抱えこみなにか言い出しかねるような顔をしていた。
頭の悪い僕だってわかる。死んだ者になっているはずの僕を彼がどうしたらいいのか考えあぐねいていることくらいは。
パライオロゴス家は僕を幽閉した。いつでも好きなときに殺せるように。そう、噂されていることくらいは知っている。
僕はそれに甘んじてきた。
逃亡するのは不可能だ。かといって自死できるほどの矜持もない。
「あなたには一国の王子たる気概もなにもないんですか? この世界でもっとも偉大な王家に生まれて、玉座につけばこの世の半分を支配できるというのに。まして生きようという意志もないんですか」
珍しく切迫した顔つきをしたアスランを見た。こういうことを正面きって尋ねられたのは初めてだな。それについてはお互いに避けてきた。
「気概はないよ。死にたくはないけど」
「カシャ様……?」
「だって、誰が王になったってなかなかうまく治まらない世の中で王様やるのも大変じゃないか。それに、邪魔者扱いされるような命なら、なくってもいいさ」
っで!
アスランに平手で頬をしたたかに叩かれた。
もう一発来る! と、立ち竦んでいると。
「なんで目をつむるんですか。十分によけられたでしょうに」
「殴りたそうな顔してたから」
目をあけて頬をおさえたまましぶしぶそうこたえると、アスランはアスランで難しい顔をした。それからゆるゆるとかぶりをふって、自分を納得させるようにうなずいた。
「ともかく、はなしは後です」
「アスラン?」
アスランの腕がひょいと僕を抱えあげた。暴れる間もなく馬の背に押し上げられる。すぐさま彼が馬に跨がって手綱を取った。走り出した馬の背で、僕はアスランに抗議した。
「女じゃないんだから自分で乗れるよ」
それにはアスランも負けずに言い返す。
「私だって、あなたが姫君ならこんな危ない橋はわたっていません」
「……僕は姫君じゃない」
「知ってます」
「ならいいけど」
「よくありませんよ」
「姫君ならよかったの?」
「わかりません。そんなこと」
「なんでだよ」
こたえはない。顔は見えないけれどものすごく不機嫌ならしいことはわかる。アスランはいつもたいてい機嫌が悪いけど、本当に叩かれたのははじめてだ。しようがなくて黙っていると、アスランが突然、呻くようにしてつぶやいた。
「私は前世でよほど酷い過ちを犯したのだとしか思えない」
「アスラン、アスランってば」
「静かにしててください」
「だって、追手きてるよ」
敵は十騎。こちらはまだ捕捉されてない。
「知っています。目くらまししてますが、川辺に出たら応戦します。相手も魔剣士です。容赦しなくていいですから」
了解。
僕は、僕の標のむすんである剣をしっかりと握りしめた。
《空の御座》――……闇の深奥をあずかる王座が空位であること、僕の標、剣やその他のものに刻まれた僕の印
それは僕が生まれたとき王国の授かった預言のひとつで、
それを言い訳に、
僕は幽閉された
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