その日は冷たい雨が降り、上野駅公園口を出てすぐの西洋美術館に行くあいだにも陽子の手指はかじかんでいた。絵画教室の場所は千代田線の千駄木駅からのほうが近かったのかもしれないが、陽子はつい通勤していたころの癖でJR常磐線を使ってしまう。利用する駅から二駅目の、両親の住む我孫子駅でいったん降りたせいもある。父はこの雨のなか犬の散歩にいったとかで不在だったが、母は手ぐすね引いて待っていた。
これ好きだったわよね、と陽子の好きな銘柄の紅茶を淹れてしばらく、耳が遠くなり物忘れの酷くなった父親の愚痴をとりとめもなく喋りつくし、三杯目を注ぐころには陽子の夫の不満がこぼれでた。
誠さんは滅多に見つからない好い旦那さんだと思ってたのに、という遠回しの非難より、孫が見たいと面と向かって言われたほうがはるかにずっとましだった。無神経なことをいう母が嫌いだった。けれどさいきん、陽子は母のいうことに従っていればまた違う人生があったかもしれないと考えるようになった。
十一年前、子どもができないのは陽子ではなく、夫の誠のほうに問題があると知ったとき、母親は家に帰って来なさいと口にした。あのときはなんて酷いことをいう親だろうと憎んだはずが、三十九歳になってみて、それもひとつの生き方としてあったのだろうと悔やむような気持ちになった。ことに、義姉の美穂が四人目はきっと男の子だと自慢するのを耳にすると、胃の底でなにか得体のしれないものがのたうつのを感じた。
つまるところ母の言うことははしたないほどに身勝手で、それでいて陽子の口に出すことのできない本音をついていた。じっさい聞いていられなくて母の言葉を遮って帰ったことも数度ある。
それでも母の呼び出しに応じるのは、今となっては他に気兼ねなくものを言ってくれる相手がいないからだ。友人たちはみな結婚し、子どもがいる。または結婚せず、男性並みに働いている。べつに彼女たちと絶縁しているわけではない。いっしょにランチをすることもあれば、飲みにいくこともある。けれど、どちらにも陽子は恵まれていて羨ましいと口にされ、そう言われてしまうとじぶんの境遇を嘆くわけにもいかなかった。といってあっけらかんと自慢をすることもできず、義姉とのぎこちない関係を愚痴として漏らしておしまいになった。時にはそれすらもその程度のことでと鼻で笑われることもあって、陽子はそれ以来ずっと聞き役に徹している。彼女たちはそれにたいてい気づかない。そのくらい気持ちが離れてしまったと嘆けばいいのか、みな大変なのだと思えばいいのか陽子はわからなかった。
今日も母に、あのとき戻ってきてくれたらよかったのにとくりかえされた。過去のことをそうやって蒸し返されて、未練がましく言われても変えようがない。その変えようがないことをくりかえし聞かされる苦痛を、母は理解しない。いや、不満というのはそもそもそういうものかもしれない。陽子はそう思う。
ため息すら出ずに、乾いた笑みが唇をおおう。それをどう思ったのか、母は好いご縁のおはなしもあったのにと呟いた。陽子は聞かなかったふりで、手土産の最中の箱をあけた。母は機嫌よく平らげて話しはそこでおしまいになった。
上野へ出るというと父親が一駅先の柏駅まで車で送ってくれた。家族三人でデパートのレストラン街で遅めのランチをとった。だから今、とくにおなかは空いていない。教室の開始時間は一八時だとかで、陽子は閑潰しに混んでいる西洋美術館の特別展をさけて常設展を見てまわった。陽子はモネのコレクションを見るのをいつも楽しみにしていた。モネのような眼をもっていたら、この世がどんなふうに見えるだろうと想像し、睡蓮の絵の前でほんとうに何時間でも立っていられた。
勤めていたころは金曜の夜といえば美術館に行っていた。まだ共に都内に通勤していた夫ともよく待ち合わせをして食事した。ところが田舎に引っこんでしまってからは、夫は地元の付き合いには出かけるけれど、陽子の相手をしてくれなくなった。自営業なのだからそれも当然ではあるけれど、好きでもないゴルフのために早朝でかける夫を見送り、休日ひとりで過ごすのはつまらなかった。といって、ひとりの外出も気が進まなかった。食事の用意をしておいても、陽子がいないと夫は実家にいってしまう。それであとで小言を口にされるわけではないが、なんとなしに気まずいのだ。夫にそれを言ったところで、べつにおふくろは陽子を悪く言ったりしないさと笑うだけだ。たまに帰って親孝行してるようなものだとまで言い張るので、陽子はそれを信じたふりをした。だから今回の絵画教室の件は、夫の罪滅ぼしであるのだろうと受けとめていた。
美術館を出て銀杏並木を横切って上野動物園の脇にある東照宮へと足を向けた。境内の横を通りぬけ、坂をくだり、こども動物園の脇をひとりで歩いた。早く着きすぎても前の教室のひとに迷惑だと考えた。といって、初日そうそうギリギリというのも恰好がつかない。
携帯電話の画面から顔をあげたとき、濡れたアスファルトのにおいより強く、獣の糞のそれを感じた。柵の向こうに馬がいる。雨のなか、一頭だけ立ち竦んでいる。体高が低く、ふてぶてしさを思わせる顔つきで、泥に濡れていた。日本の在来種だろうと見当をつけ、足をとめてしばらく眺めていると目が合った。
雨そのものを湛えたような、黒々と大きな眼がひたと陽子を見つめた。馬の眼の大きさとそれが長細い頭に据えられた位置に、今さらのようにおどろいた。あの両眼はその肢体の背後まで見渡せるのだ。柵のなかに閉じこめられている馬のもつ視野の広さが意識され、自身はほぼ正面しか見ることのできないことを忘れたように、陽子は馬を見つめつづけた。
ややあって車が一台、陽子の脇を通り過ぎた。雨靴に水たまりが撥ねて、陽子はようやく歩きはじめた。
時間はもう、気にならなかった。
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