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唐草銀河

夢のように、おりてくるもの
外伝・小咄


面食い 3


 今日のあなたはいつもに比べてずいぶんとおとなしい。おとなしい、というのも妙な謂いではあるが、あなたはときに変にむきになって暴れたりするのだ。いつもなら明るいところで見られるのが恥ずかしいからとべッドへ行きたがるのに、おれにされるがままになっている。もしや行為に気が乗らないのかと危ぶむと、大丈夫だとおれの目を見て口にした。
 あなたは、ときとして恐れ入るほどに鋭敏だ。
 それが生来のものか、それとも夢使いとしての修行の賜物なのか――ともかくあなたはそういうひとで、だからあなたに嘘をつくつもりは毛頭ない。とはいえおれは、あなたになにもかもはなす気もない。あなたの何もかもを知りたいと願うことはあるけれど、話してくれと希うことは戒めている。おれはひとの話しを聴く仕事をしていて、その「乞い」がひとに何をもたらすのか、この視界を変えていくのかを考えないではないからだ。
 いっぽうで、あなたに聴いてもらいたいことは山ほどある。このおれだけがあなたに伝えられると自惚れていることも。そのどれも、おれはきっとやり遂げられるとあなたにでなく、この視界にはもういないひとへと誓ってもいた。そのひとの存在があなたの憂いになっているのを知ってからは別にして。
 それはそうと、しばらく前に風呂場であなたを文字通りのぼせあがらせて以降、おれは夜、明るい場所であなたを愛撫していない。「見える」ほうが安心するとおれが言ったのをおぼえているせいなのか、今はとくだん恥ずかしがりもせず、といってすすんで身を寄せてくることもなく、ひとみを彷徨わせて声を噛み殺している。あなたのうちがわはおれの指を絡めとり甘く締めつけてくるのに。
 あなたが、そうやって捕えどころのない眼をして物思いするとき、ましておれの愛撫を受けながらそうであるとき、おれはずっと強い不安と苛立ちを抱えている。それをあなたに悟られないよう気をつかい、あなたはおれを拒絶していない事実をそれと確かめるようにあなたを抱きしめた。そうして、何かを堪えているように顰められたあなたの眉のあたりをそっとのぞきこみ、あなたがおれを抱き返す腕の力に安堵した。
 あなたは、おれの不安を感じとってくれてはいるのだろう。けれどそれをあらためて振り払うための言葉を用意はしない。いや、大丈夫だという。平気だから続けてくれとも。それはでも、おれの不安を増幅し、あなたに無理強いをするおれ自身への怒りを募らせる。あなたははじめおれの愛撫をごく礼儀正しい態度で受け容れなかった。おれの懇願に折れて身を任せるようになってからは何かを解決するためにどうしても必要だとでもいうように、おれから逃げるでもなくはっきりと拒絶もしないかわりに居所のなさを憂えるそぶりで内側へふかく、沈み込むように目をとじた。
 今も、あなたは瞳を伏せている。まるで視線が合うのを嫌うように。けれどその眦には涙がにじみ、頬は上気し耳まで赤い。指一本でもきついと眉根を寄せて身体を強張らせていたあなたがだ。おれはその狭まった息遣いに破裂しそうな己を抱え、あなたが目を閉じているのをいいことにあなたを貪るように見つめている。ある場所を撫でるとあなたは髪を振り乱しておれの腕に爪を立てた。そして、それは嫌だと口にする。やめてくれと懇願されて、おれはくぐらせていた指をそっと引き抜いた。その瞬間、あなたはそれとわかるほど背をそよがせた。それから大きく息をつき、頬にかかる髪を気だるげに指ではらって目をあけた。あなたはおれの頬に手をやって、しずかに顔をちかづける。やさしい、労りに満ちたくちづけが唇を覆う。
 おれの聞き分けのよさに満足したような慰撫を与えられ、自分が酷く苛立っていると気づく。性的な渇望が満たされないゆえの不満とあなたがおもっているのだとしたらそれは違う、そう言い訳したくなる己の浅ましさを呪いながら、あなたの唇を舌でわりひらく。あなたの手が、おれのものに伸びてくる。あなたもそうして欲しいのだとわかっていておれはあなたを両腕に抱きいれてくちづけを深くする。
 あなたの嫌がることはもうしない。おれはごく始めにそう約束をした。あなたは苦しくても痛くてもやめてくれとけっして言わないくせに、追いたてるとこうやって逃げる。しかもその臆病と狡猾を、無垢の名をした「怖い」という一語で言いのける。初めて聞いたとき、おれは危うく気が遠くなりかけた。そのいっぽう、つらいかどうか尋ねると素直にツライとこたえる。嘘はつかないあなたらしかった。
 おれはあなたが感じているものが何であるのか、それを名指してその肉体に刻みつけてしまいたくなる。でなければあなたをひらき、何もかもを暴き立て、嘘偽りないものとして認めさせたいと願うことがある――それを、あなたが望まないと誰よりも理解していて。
おれは、いったいあなたの何が欲しいのだろう。あなたがはじめ拒んだものを、そうと知ってまで得ようとするほどに。
 あなたは、おれが何をほんとうに欲しているか、わかっているのだろうか。
 あなたが熱いとつぶやいた。のぼせそうだと続けられて腕のなかのあなたを担ぎ上げた。



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