珍しくふたりしてオフの日、あなたはおれの部屋にある誰もが知っている美男俳優主演の映画タイトルを読みあげて、これが見たいとのたまった。おれはあなたといっしょなら何でもいいのだ。本当にきちんと観るつもりならひとりで映画館に足を運ぶ。
観終わったあなたは大きなため息をつき、いやー無茶苦茶かっこよかったなーと心の底から感心したようにうっとりと目を細めて口にした。なにしろ世紀の美男俳優だ。おれとてべつにそれに異を唱えるつもりは毛頭ない。
付き合いはじめて三か月、おれがレポートを書くときにあなたはたまにこの家にきてお客様然としたようすで落ち着かなさげにしていたが、ちかごろようやく映画を見ればいいのだと思いついたらしい。おれはあなたが気に入りそうなものをあらかじめあなたの目につくところに用意しておく。あなたは映画をあまり見ないというわりにあなたらしい一貫した好みとでもいうものがある。だからおれはそれを外さなければいいだけで、とくにむずかしい仕事ではない。あなたはおれに全幅の信頼をおいてくれていて、おれはそれをこころひそかに誇りにしていた。
よって、今日のような突発的な自己主張は珍しい。おれは、あなたが自分から何かをしたいと積極的に言い出すのを心待ちにしていたはずで、本来これはよろこばしい出来事だったはずだ。それなのにおれは今、不機嫌な顔をしているらしい。
その証拠に、どうした、とあなたが首をかしげている。
おれはなんでもないと口にする。内心いくらか腹を立てていることを自覚しながら。
付き合いはじめて気がついた。あなたは格好のいい男が大好きだ。師匠の気障ったらしい風体にも憧れているらしい。長髪に着流し、帽子をあみだにかぶる装いはたしかに様になっている。おれもそれを否定はしない。だが、その師匠に会うのに何を着ていったらいいかそわそわしておれに尋ねるあなたはまったくもっていただけない。
昨夕のあなたのそんな振る舞いと今日のこれでおれは少しばかり虫の居所が悪いのだ。あなたはおれの態度がいつもとちがうことにはすぐさま気づくのに、その原因に思い至らない。むろんおれはたしかに一言も、あなたの師匠に焼きもちをやいているとわかる言葉は発していない。だからただでさえ鈍いあなたがわからなくても当然だ。
おれは師匠に呼びだされた場所を聞き――これがまた若い「娘」を誑かすためにあるような小洒落た店だった――その場に相応しいよういつものあなたよりほんの少し遊び心をプラスした組み合わせをすすめた。本当はおれも誘われたのだがレポートがあって断った。いや、なくても断ったことだろう。好きこのんで邪魔ものになりたくはない。
あなたはお土産まで持たされていつもよりだいぶ酔っ払い、それでも十二時前に戻ってきた。おれはその高価なボトルをありがたく頂戴しながらも、この気のまわしかたが油断ならないと考えたが、それもまたあちらに知られているにちがいないと苦笑した。
あなたが昨夜シャワーだけ浴びてすぐに眠ってしまったのでおれはおあずけを喰らった気持ちでいて、朝はまだぼんやりしているあなたを押し伏せて好き放題しようと企んでいたのに「レポートは終わったのか」のひとことで中断させられた。あなたからしたら、じぶんの師匠の誘いを断ってまで書き上げないとならないものが終わらずに乳繰り合うなど言語同断の振る舞いであるらしいのだが、おれはおれでだからこそと抗弁し、あなたに口でしてもらい、さっさと書けとベッドから追い払われた。
色気がない。ほんとうに色気がない。
そういうときのあなたにはまったくもって情緒というものがなくておれはガックリくるのだが、こうして思い返してみると、そこがあなたらしくもあり、じつに悩ましいところだ。
そんなわけで、おれはレポートを書きあげて途中からいっしょに映画をみはじめた。そうしてあなたの肩に手をまわし、ときどきその耳に唇を寄せたり髪を撫でたりするのだが、あなたは映画に夢中でこちらを顧みることはない。いや、おれもあなたが楽しんでいるのを邪魔してまで何かしたいとは思わない。ゆえに我慢した。
あなたが映画を観終わってからも名残惜しそうにカバー写真にうつる俳優に見惚れているので、おれは台所へ立ちお茶のおかわりを用意した。ありがとうと茶碗を受けとったあなたは再び写真へと顔をふせた。
あとで見てろ、と思ったのは秘密だ。
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