あれはまだ付き合い始めのころのことか。
あなたの叔父が、おれとあなたを行きつけの寿司屋に招いた。あなたはたいそう喜んで舌鼓をうっていたが、おれは正直面白くなかった。奢られることも、あのひとの世話好きな善人ぶった態度も、あなたの無防備さも何もかも。だからその傍らで水のように酒を煽った。酔いもしなかった。
あのひとは当然のこと、あなたももちろんおれの虫の居所の悪さには勘づいた。そしてふたりだけになってすぐ、自分よりずっと親しいのにと首を傾げた。おれは説明しなかった。じっさい言葉にもならなかった。家について、あなたの瞳にうつるのが自分だけになるまではずっと不機嫌だった。
あなたがあのとき自身の叔母について尋ねたかったらしい様子には気がついていた。あなたは不器用で、それともあなたらしい礼儀正しさのためなのか、容易にそれを口にのぼらせたりはしなかった。あのひとのほうも、あなたにそれを尋ねる口実を設けようともしなかった。おれはおれであなたの手助けをする余裕などあるはずもなく、結局その日おれたちはただ美味い酒と極上の寿司を御馳走になっただけだった。
私用のためか、タイを結ばないあのひとは普段よりずっとくだけた様子で、いつもどおり意地悪で、それでいてあなたにとても親身だった。その切れ長の瞳に浮かぶ微笑みは身近なひとの「やさしさ」をあらわす以外の何ものでもなかったと今のおれは思えるのに、当時はそうと感じられなかった。たぶんあなたが、その遠慮深さと頑なさゆえに、それをそうと受け止めかねていたのと同じように。
だからあなたがその件をいつ、あのひとから知らされたのかわからない。話しというほどのこともなかったのかもしれない。あなたはあなたで弟子とその母親である従姉からそれを聞いたのかもしれず、または夢使い同士の噂話で耳にした可能性もないわけではない。
あなたの叔母が、おそらくは「自死」したのであろうことを。
正直で隠し事の苦手なあなただからこそ、おれはあなたの何もかもを知っているような気持ちになることもあるのに、その不遜は肝心のときに打ち砕かれる。おれはそれを悔やんでいるわけではない。ましてあなたを恨んでいるはずもない。ただ、じぶんの愚かさをわらうだけだ。悲しくて、わらうことしかできないだけだ。
ひとに知られないことはこの視界にたくさんある。
夢がそれを暴く現実を、あなたはたまに酷く美しいことのように口にする。おれはそれを痛ましい想いで聞く。あなたの伎がその閾にある、それこそが残酷であるとあなた自身が知らないかのような気がして――むろん、そんなことはないのだけれど。
そんなことは、あるはずもないのだけれど。
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