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唐草銀河

美神
睡蓮の午後~われ黄金に耳ふたがれし美神~


睡蓮の午後~われ黄金に耳ふたがれし美神~



 私の専門は印象派の画家、『睡蓮』で有名なクロード・モネ。幼い頃からの願いは、パリのオランジュリー美術館の至宝「睡蓮の間」をこの現代に「顕現」させることでした。
 彼が国家に遺贈したこの壁画は一九二七年当時、天井から陽光をとりいれる形で展示されていました。その後、屋内に飾られたものの、二〇〇六年に再び光を取り戻しました。私が「顕現」させたいと願うのは、やはりモネが望んでいた自然の光溢れるそれです。
 ところが、私は「美神」になることができませんでした。「美神」とは、特別な「翼」を用い、失われた地球の美術品を捜し求め、それを再び元のような形に再現する能力を持った者。いわば遺伝子操作された魔術師です。
 その最大の特徴である光輪は、「美神」候補者が耳裏に植えつけられる、天使の輪に似た独特の形状をした冠状寄生生物です。それは脳と身体に根を生やし、時空を超える美的感受性体である「美神」の基礎を作りあげます。
 私は、自分の頭上にあった金色の冠がしぼみ、耳を覆ってしまったときに泣きました。今でこそ、この不適合が女性のホルモンバランスによるものだと知られていますが、かつては女性が芸術を理解しないせいだなどと言われていたのです。こんなにもあの絵を愛しているのに、自分にはその「美」に触れる権利がないと断じられたように思いました。
「また見てるのかい?」
 横から声をかけられて、頁をめくる手をとめました。手許にあるのはモネの画集です。神々が地球を食べたあとの残滓や排泄物のなかで、人間と同じく、こうしたものは消化されずそのままに残っているのでした。
 夫は私が暇さえあれば絵を見ていると笑います。なにしろこの人は、私の『睡蓮』を、こともあろうに「カーテンの模様みたいだ」と言ったことがあるのです! 私は怒り狂い、ついには感極まって泣いてしまったのでした。恥ずかしいのですが、実を言うと、それが私たちの馴れ初めなのです。彼は「光輪」の研究者で、私は被験者でした。
 顔をあげた私に、彼が穏やかに言いました。
「再来年には、男女IS関係なく、誰もが身体状況によって不適合を起こしにくい『光輪』が出来そうだよ」
昨日、教室で居眠りしていた「美神」候補の女生徒のことをふいに思い出しました。彼女の双眸は猫の目のように変化して、その豊かな感受性をあらわにしていたのです。
「君にとっては、遅すぎたよね」
 夫は肩を落としてつぶやきました。私は頭をふって立ち上がりその首に抱きつきました。
 失われた「美」を求める冒険を夢に見ないとは言いません。でも、日々の地道な研究こそがそれを見つけ出す真実の冒険であると、今の私は知っています。私は「翼」を得ることができませんでしたが、「美」を伝えるものです。夫は今では睡蓮を庭の池に植えるほど、モネを愛しているのですから。





むかし文学フリマというイベントであった、テレビか何かの企画に提出した掌編三部作です。
お題が「猫、カーテン、教室」を入れる、だったかな?
続きもどうぞお楽しみいただければ幸いです☆

※唐草銀河は2013年11月から月一更新になりました。
 まる三年週一更新の応援いただいたみなさまどうもありがとうございます。
 今後ともお付き合いのほどよろしくお願いいたします!



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