依頼人は、たらふく食べる夢が見たいとおっしゃった。自分だけでなく、彼の一族郎党に大昔の貴族のように豪勢な食事を振る舞いたいと口にして、小さな杯を干した。さびしくておられるような気がして、すすめられるままに饗(きょう)された皿を綺麗に平らげた。
昼前に、お礼の電話をいただいた。こちらに来るときには早めに連絡するので空けておくよう頼まれた。いい夢だったと吐息まじりに告げられた声に、昨夜から続く胃の痛みと腸の不調は払拭されたようだ。
それから少しして、委員長が来た。サンドイッチと例のチョコレートクッキー、紅茶のペットボトルを木綿の手提げ袋に入れながら、また来るねと微笑んだ。コピー機の不調と格闘していた店長は腰をあげ、出て行った彼女の行方を目で追ったあと、代われ、と顎(あご)をしゃくって付け加えた。直したら、特別に十五分休憩やるから。
「いいんですか?」
「俺がいいっつってんだろ。昼には学生たちが来てここでコピーすんだから早くしろ」
わたしに否やはない。
木陰のベンチに座った彼女は、なんとなく声をかけづらいように感じた。なだらかな細い肩、うつむいた背が薄く、まっすぐな黒髪の隙間に見えた首筋が白い。ひとの印象というのは概して正面からのそれと後ろでは違う。横顔をプロフィルとするのはうまくしたものだと思う。
背中から声をかけて驚かせるのは本意ではなかったので横から回ろうとして、道の向こうに彼の姿を見かけた。
ランチに出かけるのだろう。自転車を押し、男女混じった華やかな友人たちに囲まれて。
この距離だ。談笑は聞こえない。けれど、明るく屈託のない笑い声が響くようだ。日差しを浴びる健やかに伸びた手足、流行の服にサングラス。通り過ぎる女性が振り返ったのさえ、彼は気づかない。
「あたし、忘れ物か何かしたかな」
横から声が届いて背を震わした。首をかしげた委員長だった。こちらの見ていたものに気づき、
「同じコンビニのひと? 彼、かっこいいよね」
僕はそのとき頷かなかった。かわりに名刺をもらったのに連絡しなかったことを謝った。
「バイトあがって夕方からずっと仕事で」
「ああ、うん。そうかなって思ってた」
夢使い稼業の名刺を渡すと、彼女はきゅうに真顔になってしげしげとそれを眺め、いくども表裏かえした。
「これ、誰が作ったの。シンプルなのにちゃんと雰囲気あって素敵ね」
何故か、店長とその知り合い、とは言いづらかった。けれど隠すいわれもないので答えると、へえ、いいなあ、凄く恵まれてるねえ、と心底羨ましそうに吐息をついた。それから頬にかかる髪の毛をかきやり、
「あたしなんて、制服組やめて総合職になったら浮いちゃって。ずっと一人ランチ。仕事捗るから構わないけど、時々へこむ」
僕はきっと、自身の困惑に表情を硬くしてしまったのだろう。彼女はあわてたように首をふって、
「浮いてるだけ。べつに酷い意地悪されてるわけじゃないから。それに、けっこう独りは好きだからいいの」
「酷くないレベルの意地悪はあるってこと?」
ほとんど反射的に返した言葉に、彼女は穏やかに微笑んだ。
「どこにでも、あるでしょ。そのくらいは」
返答に窮したのはこちらだった。
またね、と笑顔をみせてから彼女は背を向けた。僕はその背を見ることができなかった。
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