「他のじゃだめなの? それを、返してよ」
「モーリス?」
「もともとおじいさんの船だったんだから」
「でも、仲良くなったひとに絵をかいてもらったのに? それに、わたしにくれたんでしょ?」
モーリスはそっと唇をかんでいます。彼の言いたいことはわかっています。モーリスは、この箱を教会におさめるか、海に流すつもりでいたのです。でも、わたしが彼のためにいろいろと気遣いをしたので、旅の思い出を感謝の気持ちとして贈ってくれたのでした。
「……わかったわ」
ぐずぐずしてもしかたないのでうなずきました。モーリスはいつだってなんでもわたしに譲ってくれるのです。ほしかったオモチャもベッドの位置も、お菓子だってなんだって、マルゴが先に選んでいいよ、と言います。自分で選ぶのがめんどうなのではないかと疑ったこともありますが、今は、そうではないとわかります。それに後々、お父さんとお母さんからあまりうれしくない話しを聞かされる時だって、きっと、役目をかわってくれるにちがいありません。だとしたら。
「わたしに猫をちょうだい」
「え」
「この箱をかわりにあげるから」
「でも」
モーリスはまだ、ことのしだいがのみこめていないようでした。わたしは気にせず、自分のカバンのなかから絵葉書の束をとりだしました。よくもまあ、こんなに渡り歩いたものです。ヴェズレー、オータン、ル・ピュイ、コンク、アルル、サン・ジル、トゥールーズ、モワサック、ブルゴス、レオンなどなど、みんな美しい写真ばかり。はしが曲がらないように、封筒に入れてまとめておきました。
「ほんとうはこれ、返そうと思ってたけど……」
「マルゴ?」
「どれも綺麗な絵葉書だから、大事にとっておいたのよ」
「それは、マルゴにあげたものだよ」
ようやくにして、モーリスもわかったようです。いつもの、凪いだ海のような声でいいました。
「じゃあ、猫を返すね」
わたしは腕のなかの猫をしたにおろしました。猫は馴れ親しんだひとの足もとに転がりました。
「それじゃ、僕は」
「待って」
わたしは声をあげました。
「その箱は今、ふたりのもの」 モーリスが瞬きをしてわたしを見つめています。
わたしはうなずいて、金色の貝をにぎって言葉を捧げました。
「そして、楽園からきたりしもの
表と裏の分かち目のないところ、昼と夜のあわい、高いものと低いものの出逢う場所
あわさった手がほどけないよう願いしものの、想いを見とどけるかた
授かりものの恩寵をお返しします
どうぞ、お帰りください」 いい終わると同時に、金色の光がモーリスの手のなかに生まれました。
「これ、どうなるの?」
「しっ」
いつもよりだいぶ、ゆっくりのようすです。モーリスは手のうえに乗る黄金のかたまりに目を焼かれるのがこわいのか、ぎゅうっと瞼を閉じていますが、わたしは目を凝らして集中します。漣を投げかけながら、57秒数えたところで、黄金の光はようやく箱一つを身のうちにおさめました。
ふう。
どうやら、受け取っていただけたようです。
モーリスが目をあけたときにはもう、あの箱はかげも形も見えなくなっていました。
「マルゴ、毎回思うんだけど、これって、いったいぜんたい、どうなってるの?」
「さあ」
わたしは首をかしげました。
「さあって、さあ……」
モーリスは唇をとがらしていますが、わたしは無視すると決めこんでいました。わたし自身、とくに今回にかぎっては、自信もなにもあったものではなかったのですから。
それに、ほんとうに大事なものは、いつだって「秘密」と決まっているものです。
語られなければ、それは「秘密」。
隠しておきたい胸のうちも、どうしても口に出せなかった言葉も、妖精たちの行方も古の呪法もなにもかも、おじいさんはそう、教えてくれました。
語り部はわたし。貝のように口をつぐみ、真珠のようにしまいこみ、あるとき突然、語るべきお話をあちらにおくりとどけるというわけです。
だんまりを続けるわたしを横に、
「ま、いっか」
モーリスはそうひとりごち、くしゃくしゃの巻き毛をかきあげて、もうずいぶん狭くなってしまったベッドにすとんと腰をおろしました。それから手をのばしてジャックを抱えあげ、そのピンク色の鼻にキスして笑いました。ジャックは、風に吹かれた星のような瞬きをしました。
「それよりさ、おじいちゃんとおばあちゃんって、ものすごい大恋愛をくりひろげたってホント?」
あら。
思ったよりずっと早く、わたしの腕のみせどころがやってきたようです。
さて、そんなわけで、わたしは今回この箱に、ちょっとした仕掛けをしておきました。
そうです
あなた
あなたのことです
もしも、
わたしの声が聞こえるようでしたら、
あなたのいる場所が《楽園》かどうか、教えてください
この箱がただしくあちらに召されたのかどうか……
こちらの連絡先は、箱の中にしまってあります
もちろん、ご面倒でしたらよいのですが……
モーリスとふたりでお祈りしています。
そこが、しあわせな場所でありますように!
……M&Mより 了(2006年『猫と一緒に海へ行こう!』として発表。2010年改題し加筆訂正)
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アンデルセンとか…
流れるような文章がさあっと風のように目の前を駆け抜けていったというのか。
とにかく、その文章力の素晴らしさに驚かされました!
素敵な物語をありがとうございました(^^)
お邪魔いたしました!