父が壮絶な死を遂げたのは、私が六歳のときのことだった。
父は河船を襲う盗賊団を征伐にいき、針鼠のような姿になって館に戻ってきて五日後、さんざん苦しんだ末に身罷った。
生来頑健であった父は、並みの男なら半日もしないで事切れたであろう矢創や骨折の数々にもよく耐えた。 名門ヴジョー伯爵家の生まれらしく、弱音は一切はかずに逝った。
そんな父が最期に私に語り聞かせたことは、いかにして盗賊の首領を討ち取ったかであり、敵が天晴れな騎士でなく下賤の盗賊であったのが心残りではあるが、民人を守る務めを果たした自分の働きに満足しているという、騎士道物語さながらの話しであった。
父はそれからしばらく目を閉じて胸を上下させていたが、不遜ではあるがと断って、自身も《歓びの野》に散った先祖と同じ栄誉に浴し、死の女神の腕に抱き取られることを願っていると切れぎれの声で口にして、西の彼方へと顔を向けてから私を見て微笑んだ。
子供はあいにく私だけであったが、世継の長男をもうけていたので安泰だと思ったのであろう。語り終えた父は、己の血と汗と腐臭ただよう寝台で、ひどく穏やかな顔をして息をひきとった。
二十二歳の若さだった。
私はそのときにも、母の涙を見ていない。
母は、壊疽をおこした父の足を切断するときも眉ひとつ顰めず、すぐそばで燭台をかざして医師を手伝った。気丈な人だといえばそれまでだが、葬儀のさい棺を閉じる刹那、母が小さく洩らした吐息のほうが、つまりはこれでもう、この学のない粗野な夫の世話をしないですむという、安堵のため息こそが彼女の本心であったと思う。
私はそのころには、父の想い人がエリゼ公爵夫人、すなわちこの国の主の妻で《死の女神》の末裔であると、幼心にも気づいていた。
かつて、父は彼女の熱心な求婚者であったそうだ。
おかしなもので、そういう話は誰かが教えてくれなくとも自然に耳に入ってくるし、父の態度にもそれは隠しようもなくあらわれていた。本人は表立たぬよう気をつけていたのかもしれないが、父の青い瞳はいつも母をすりぬけて、手の届かない高貴な女性へとむかっていた。
母は帝都の貴族の家に生まれた。この国にあっては異国人で、何も知らずに嫁いできたのだろう。
しかしながら母はすぐにも事情をのみこんだものと思う。父が母と結婚したのは貴族としての務めのためでなくて、公爵夫人にこれ以上つきまとうわけにはいかないという覚悟の故か、はたまた思い詰めやすい性格のための自棄であったかもしれないということを。
父の棺には青い雛罌粟がおさめられた。
季節はちょうど花の盛りの五月のことで、遺骸を埋め尽くす花々は、死の女神に抱き取られたいと願った父の、その切なる想いを受け止めているかのように優しかった。
蒼ざめた頬をした父は、己がとこしえの眠りにつくことに満足そうに微笑んでいた。
私は、父が死の女神のいる《歓びの野》にいったものと信じている。
だが、私の死のときにも、あの麗しい女神がたおやかな白い腕をさしだしてくれるとは思っていない。
何故なら、私は死の女神の《真実の娘》たるエリス姫を裏切った。
女神と同じ、黒髪に黒い瞳をしたあのひとを、誰よりも深く傷つけたから……
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