「待ってください。わたしは依頼人の家に必ず泊まるわけではありませんし、それより何よりご承知でしょうけれど、わたしは女性ではありませんよ?」
いまの言葉から察するに、彼はきっと、わたしが依頼を受けるたびに依頼人と一晩過ごすのだと思っていたのだろう。それは完璧な誤解だし、とりようによっては古からつづく典型的な「夢使い」への偏見と侮辱にも成り得る。
それについてどう話したらいいか考えようとして、彼の眉が真ん中に寄せられていることに気がついた。それは、不快なものを見せられた表明だと思っていたが、先ほどの彼の言葉から類推すれば、それは純粋に苦痛と悲哀の表現だった。
彼が、こちらの視線をよけるように項垂れたのを目にして、愕然とした。わたしもまた、男性が好きになるのは女性だという、偏見をもっていたということに。
夢使いでないひとが香音を聞き分けることができないように、わたしが知らなかっただけで、見えていなかっただけで、それは今、ここにある。
彼が下を向いていたのは、ほんの十数秒のことだったのかもしれない。けれどわたしは立ち尽くし、ただじっと、息を詰めて彼を見守っているだけだった。
「すみません……今の、聞かなかったことにしてください。いちおう秘密っていうか、あなたが興味本位で誰かに話すとかは思ってないですけど……その、帰りがけに変なことで呼び止めてすみませんでした。ほんとはここまで話すつもりじゃなくて、さっき嫌な思いしたんだろうなって、とにかくそれを言いたかっただけで、すみませんでした」
わたしにも、彼がただこちらの気持ちを思いやって、わざわざロッカールームまで出向いてきたのだと理解できた。それに、なんどもスミマセンとくりかえす彼の心中を思うと、いてもたってもいられなくなった。
「あのっ」
すらりとした背中に、わたしは精一杯の声をあげた。彼はゆっくりと振り返り、緊張した頬のままわたしを見た。
「こんど、よろしければ、あなたの知っている『夢使い』の話を聞かせてください」
「え?」
「たぶん、あなたはわたしの仕事をよくわかっていないように思います。それはわたしがお話しなかったせいでもありますし、夢使い全体やこの視界すべての問題でもあるかもしれません。それからもう一点、わたしは修行で手一杯で、恋愛というエネルギーを使いそうなことをしたことがありません。だからあなたの話しに吃驚してしまって……」
わたしは嘘をついた。恋愛をしたことがないのは本当だが、驚いた理由はそうではない。しかし、それを口に出すことはできなかった。正直に打ち明けて謝罪する方法を選ぶには、わたしはすでに許しを乞うことも許されぬほど彼を傷つけてしまったと感じていた。それとも、こうした考えも驕り昂ぶりであろうか。とはいえ、このまま黙っていては彼も困るだろう。なにか言わなければと考えを巡らしていると、彼がおもむろに吹き出した。
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