その後、三十分くらいしてミズキさんから電話があった。
いつもの調子で、姫香ちゃん、自分でばらしちゃったんだって、ときた。腹が立ったがその通りだ。口惜しいことこの上ない。
「だって」
色々と言いたいことがあるものの、私がムカムカしながら口にしたのはずいぶんと甘ったれた単語だった。ミズキさんは電話のむこうで明らかに笑ったようだ。声が、やわらかくなった。
「ごめんね。きゅうに頼まれちゃって。あれだけ電話するって言ってしないのも悪いから、浅倉に僕のケータイからかけてもらったんだよね」
説明はもういいよ。
むっとしているのが伝わっているのだろう。くぐもった忍び笑いが聞こえてきた。
「怒ってる?」
「ミズキさん、あのね」
「まあ、いいんじゃないの? 僕だけ君がフリーだって知ってるのはフェアじゃないでしょ?」
「フェアって、だって、私、自分から言うって言ったじゃない」
「そうだね。君が勝手に僕を余計なお節介を焼くような人間だと勘違いしただけのことだよね?」
うわ、実際その通りだけど。いやな言い方するなあ。そうやって批判されるとこっちも同じように返すよ?
「そうね。それは私が悪かったと思う。ごめんなさい。でも、親切のようなふりで、ひっかきまわす意図がなかったとは言わせないよ」
「僕がそんな親切心を出すわけないじゃない? それとも、君の手間を省いてあげたんだって開き直ったほうがいい?」
「ちょっと待って。はじめから仕組んだとか言わないよね?」
「そこまで考えてはいなかったよ」
苦笑とともに聞こえたことばに安堵しようとしたとたん、
「まあ、ちょっとは期待したけど」
したのかい!
声を張りあげて罵ろうかと思ったけれど、それは相手の思うツボであろう。私にも、冷静さはちゃんとある。
それに、ミズキさんにそうやって遊ばれるのは嫌いじゃない。でも、今回はちょっとオイタが過ぎる。笑えないレベルになってるよ。
「ミズキさん、ひとをそんなふうに騙まし討ちしてるといつか痛い目にあうよ?」
「君にされるなら喜んで」
「なにそれ」
「姫香ちゃんにいじめられるのは楽しそうだと思うだけ。あ、ごめんね。呼ばれたみたい。また明日電話する」
「もうかけてこなくていいよ」
「つれないなあ」
苦笑のあとで、いつもより低い囁き声がつづいた。
「ごめんね。でも、これで対等な立場になって、僕は安心した」
「ミズキさん?」
私の問いかけは無視され、彼がまたかけるから、と電話をきった。彼からこんなふうに疑問を宙ぶらりのまま置き去りにされたことがなくて、指先の冷たさを今さらに感じ、薄暗がりに目を凝らし、ベッドで寝ている自分がかわいそうに思えてきた。
誰と、誰が対等だというのだ。
情報を共有しないことがそんなに不満なの? 私が隠しておきたかったことを、こんなふうに明るみにして、よかったの? そう、尋ねたい。
それはむろん私の不手際だけど、でも、ミズキさんがこんなやり方をするなんて思わなかった。
ただ。
私は、浅倉くんに「婚約破棄された」と言えただろうか? 自然に口をついて出るとは思えない。どう考えてもそれは、自意識過剰な自分にとって、けっこうな負担を強いられる作業だ。浅倉くんとの間になんにもなければ自虐ネタとして話せるけど、今回の場合はそうじゃない。
「手間を省いてあげた」というミズキさんの言い分はきっと、正しい。でも、彼の意図がわからない。
ううん。わからないというより、彼にとって、それが得にはならないということが不安なのだ。損得勘定だけで動くひとだと思っているわけじゃない。それだけで動くと結局はうまく回らないってことを知っているひとだ。でも……彼は、自分が不利になるようなことは決してしない。それは、間違いない。
まあ、ひとつわかったことは、ふられた己の将来を憂えるよりも、他人のことを考えているほうが気楽だというありふれた事実だ。えらそうに、他者の行動分析なんてしてれば我が身の不幸を忘れられる。それこそ、ミズキさんの本意ではないだろうけどね。
翌日、浅倉くんから連絡があった。私の面接がおわったあと会いませんかと。
さすがにそこまで調べられていては断りづらかった。というか、このあたりできっとハッキリさせねばならないのだと覚悟をきめた。つもり、だった。
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