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一日不作、一日不食

ブログのタイトルは禅語から。「一日作さざれば、一日食らわず」(Wikipedia)。

百丈による教え。「一日作さざれば一日食らわず」、出家者にとって労働は一番重要な修業とし、労働しないなら食べることは出来ない、同時に労働することを通して豊かな人間性も育まれていく、という自らを律した自発的な言葉。
「一日不作」の「作」は、作務すなわち労働のこと。百丈が高齢の時も、毎日の食物は自ら生産し、日々の耕作労働を率先していた。弟子たちが、見かね て農具を隠して休息を願いた。百丈は農具を探したが見つからず、その日の食事をとらなかった。弟子たちは師匠に、「なぜ食事を召し上がっていただけないの ですか?」と尋ねた。百丈が「一日作さざれば一日食らわず」と答えた。以後、弟子たちは師匠の労働を止めることがなかったという。



働きたくないでござる!と労働から逃げるためにアーリーリタイアをしたい人が選ぶ言葉じゃないないですよね(笑)。

恥ずかしながら、この言葉を知ったのは森博嗣のミステリィ「笑わない数学者」でした。読んだのは働き出してからだったように覚えています。

「一番下品な格言って知ってる?」
「働かざるもの食うべからず、ですね?」
「そうだ。いやらしい、卑屈な言葉だよね・・・・・。
僕の一番嫌いな言葉だ。もともとは、もっと高尚な意味だったんだよ」
「え?どんな?」
「一日作さざれば、一日食らわず」
「それ、同じじゃありませんか?」
「違うね。これも集合論だ。ド・モルガンの法則かな」



この解説は、このYahoo知恵袋が参考になります。「押し付けられた義務」と「獲得する自由」の差です。
働かざるもの食うべからずではない。ちょっと(というかだいぶ)拡大解釈ですが、働かないということを自分で選択するので、その分節制する、と受け取っています。アーリーリタイアしたら、普段は節制をし、旅行や趣味など贅沢をしたい分だけ働こうと思っています。正確にはセミリタイアを目指すということになりますね。少欲知足と合わせて、余計な金と時間を持ってもある程度生活を律していくための指針としたいと思い、ブログを名づけました。際限なく堕ちていきそうな気もしないこともないので。

この小説を読んだ当時はたぶん何も思っていなかったかちょっと気が効いてるなというくらいの印象しかなかったと思うのですが、アーリーリタイアを意識し始めたときにふと思い出したのがこのくだりでした。強制されるものではなく自分で選び取る自由が眩しく感じられます。といっても、そのうちにもっとフィットする名前が思いついたらブログ名を変えると思いますが、今のところは気に入っています。

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ブログ開設から1週間毎日更新して来ましたが、ある程度書きためていたものを放出しましたので、今後は更新スピードが遅くなると思います。
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コメント

Re: タイトルなし

>mushoku2006さん

業務+私生活上の作業ですかね。生活を律することだと思います。mushoku2006さんは作業以前にたいへん節制されているので問題ないかと。単なる私の拡大解釈ですが。

>>いつもブログ読ませていただいてます。

そうだったんですか!
ありがとうございます。
m ( _ _ ) m

>>自分以外のために何か作用があるものなら良いと都合よく拡大解釈すれば

なるほど、日々の生活に関わることすべて、
例えて言えば、
業務上過失傷害の「業務」みたいなものですね。
( ̄∇ ̄;) ハッハッハッ

Re: タイトルなし

おお、mushoku2006さん降臨!。・゚・(ノ∀`)・゚・。
いつもブログ読ませていただいてます。

「作」は作務なので、掃除やら炊事も入ります。自分以外のために何か作用があるものなら良いと都合よく拡大解釈すれば株の売買はOKでは?

ブログ村から来ました。
どもどもです。

「一日作さざれば、一日食らわず」
この言葉、初めて聞いた気がします。
勉強になりました。
m ( _ _ ) m

しかし、この「作」というのは、
どこまでの範囲が含まれているのだろう?
ブログの記事書きとか、
株の売買なんかも含めちゃって良いのでしょうかね?
( ̄∇ ̄*)ゞ エヘヘ

Re: いい言葉ですね

>ぽんぽこさん

誰にも認められないということをどこまで許容出来るのか、というのはなかなか想像しづらいですね。生まれてこの方誰にも認められないという状況になったことがないので。よく専業主婦の方が「誰にも認められない」とストレスを持つようなので、そこら辺は知り合いにも聞いてみたいですね。

いい言葉ですね

>「押し付けられた義務」と「獲得する自由」

フルリタイアしてしまうと、「宿題のない永遠の夏休み」が始まります。

莫大な自由を得られますが、生きる目的・意義を喪失し、誰の役にも立っていない、誰からも頼りにされていないという空虚感にさいなまれる可能性が高いです。

老いてしまえば達観できますが、若くしてリタイアしてしまうと、社会からはみ出てしまった疎外感も大きいです。

あれほど悩み嫌っていた(仕事上の)人間関係すら懐かしく思えてきます。

リタイア後はリアルな人間関係がなくなるので、気は楽ですが淋しくもなるのです。

労働、人間関係、ストレス・・・
全てをなくしてしまうとそれはそれで不幸なものです。

人生は複雑です。

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