■「『靖国』上映都内は全館中止(東京新聞)」の
コメント欄で、先日かいたことの関連記事。■『毎日新聞』の「社説ウオッチング」から。
社説ウオッチング:映画「靖国」上映中止
毎日など5紙、表現の自由に懸念
◇試写会要求の国会議員らを擁護--産経
映画は、監督をはじめ製作にかかわる人たちが映像を通じて自分たちのメッセージを発する表現手段である。しかし、その表現行為も、上映する映画館がなければ多くの人々に伝えるすべは閉ざされてしまう。
靖国神社を舞台にしたドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」の上映を中止する映画館が相次いだ問題は、メッセージの内容いかんによっては表現の場が失われたり、制約を受けたりすることもある現実を浮き彫りにした。それは民主主義社会にあって、極めて危機的な状況といえる。
今月の公開を予定していた東京、大阪の映画館5館がすべて上映を中止することが明らかになって以降、新聞各紙は一斉に、事態を憂慮する社説を掲載した。毎日、朝日、読売、日経、東京の5紙がそろって強調したのは、憲法で保障された言論・表現の自由が損なわれることへの懸念である。
◇萎縮の連鎖断て
「靖国」は、日本在住の中国人監督が終戦記念日の靖国神社で、軍服姿で参拝する団体やA級戦犯合祀(ごうし)に抗議する台湾人遺族らの姿などを取材し続けた記録。一部の週刊誌などが「反日的だ」と取り上げ、文化庁が所管する独立行政法人・日本芸術文化振興会が750万円の助成金を出していたことを問題にした。稲田朋美衆院議員ら自民党国会議員の一部からも疑問視する声が上がり、全国会議員を対象に試写会が開かれていた。
右翼団体などからの嫌がらせや妨害をおそれて5館が中止を決めたことに、毎日は「黙過できない。言論、表現の自由が揺らぐ」と表明し、「安全を名目にした『回避』は、わが意に沿わぬ言論や表現を封殺しようとしている勢力、団体をつけ上がらせるだけであり、各地にドミノ式に同じ事例が続発することになろう」と危惧(きぐ)した。「萎縮(いしゅく)の連鎖を断ち切るには、再度上映を決めるか、別会場ででも公開の場を確保する必要がある」と映画館側への奮起も促した。
さらに、警察当局にも「会場側が不安を抱く背景に、こうした問題で果たして警察が守りきってくれるのかという不信感があるのも事実だ。きちんとした取り締まりをしてきたか、疑念をぬぐうことも不可欠だ」と厳しく注文した。
3月末にも「上映中止は防がねば」との社説を載せた朝日は「言論や表現の自由は、民主主義社会を支える基盤である。しかし、いつの時代にも暴力で自由を侵そうとする勢力がいる。そんな圧迫は一つ一つはねのけていかなければならない」と訴えた。読売も「どのような政治的なメッセージが含まれているにせよ、左右を問わず最大限に尊重されなければならない」との見解を示した。
映画館側を特に批判したのが日経だ。「営利企業の映画館にしてみれば、トラブル含みの作品は避けて通りたいというのが本音ではあろう」と推測し、「芸術文化の担い手でもある劇場の事なかれ主義的な対応は極めて残念」と嘆いた。
では、産経はどうか。「映画を見て、評価する人もいれば、批判する人もいるだろう。上映中止により、その機会が失われたことになる」と指摘し、映画館側の対応は「あまりにも情けない」として、「残念だ」と言う点では他紙とそう変わらない。しかし、言論・表現の自由の危機をアピールする配給会社のコメントなどには「憲法の理念をあえて持ち出すほどの問題だろうか」と疑問を投げかけた。
◇背景に「無形の圧力」
産経と他紙との見解が決定的に異なるのは、稲田議員らによる試写会要求などの動きに対するとらえ方である。毎日は「それ自体が無形の圧力になることは容易に想像がつくはずだ」と国会議員の行動に慎重さを求め、「議員たちこそが信条や立場を超えて横やりを排撃し、むしろ上映促進を図って当然ではないか」と注文を付けた。朝日も上映中止の背景に稲田議員らの動きがあると断定し、上映を広く呼びかけるなど具体的な行動を起こすよう迫った。
一方、産経は試写会要求は「あくまで助成金の適否を検討するためで、税金の使い道を監視しなければならない国会議員として当然の行為である」と擁護の姿勢を鮮明にした。そのうえで、映画には「中国側が反日宣伝に使っている信憑(しんぴょう)性に乏しい写真などが使われ、政治的中立性が疑われるという」と述べ、そうした映画に「税金が使われているとすれば問題である。文化庁には、助成金支出の適否について再検証を求めたい」と締めくくった。
稲田議員らは首相の靖国参拝を支持する議員グループに属し、産経は以前からその活動を積極評価するとともに、靖国神社への首相参拝に反発する中国などを批判してきた。産経の社説が上映中止は問題視しながらも、映画そのものには疑問を呈しているのも、そうした持論と無縁ではないだろう。
◇将来に禍根残すな
2月には、日本教職員組合の教育研究全国集会の全体集会が、右翼団体の抗議行動をおそれたホテルの使用拒否で取りやめになった。「今後、日教組にとどまらず、集会や言論、表現の会場使用をめぐる問題に『前例』として重くのしかかるおそれ」(毎日・2月2日社説)が今回、現実になってしまった。
東京は「大事なことを無難で済ます、時代の空気を見過ごしては危うい」、毎日は「将来『あの時以来』と悔悟の言葉で想起される春になってはならない」と警鐘を鳴らす。その自覚を社会全体で共有したい。【論説委員・小泉敬太】
毎日新聞 2008年4月6日 東京朝刊--------------------------------------------------
■「
読売も「どのような政治的なメッセージが含まれているにせよ、左右を問わず最大限に尊重されなければならない」との見解を示した」ことが、ホントに一貫した方針なのか、微妙なのは、「
ホテル使用拒否 司法をないがしろにする行為だ(2月3日付・読売社説)」で分析したとおり。■読売は、「グランドプリンスホテル新高輪」の件同様、本気で思想信条の自由の保障をうけおう意思があるのか、はっきりさせる責務をおう。
■しかし、アリバイ的に映画館のよわごしに責任転嫁するだけで、その実、上映中止の圧力をくわえたタカ派議員を事実上擁護するなど、読売をはじめとした他紙とまったく姿勢がちがうことは、あきらかだ。■通常の論調との一貫性でいえば想定内だが、「表現の自由」「思想信条の自由」を尊重しているような姿勢を形式的にうたうだけで、きにいらない表現をつぶす策動を擁護するなど、あまりに、えげつない。■こういった報道姿勢をつづけるかぎりは、チベット暴動問題で中国政府を批判するのも、「敵の敵は味方」にすぎないと、いわれてもしかたがなさそうだ。民族自治、人権等を擁護しているようにみせるが、所詮は、ひごろからロコツに敵視してきた中国政府の失態をたたきたい。「敵失」があったので、「敵の敵」を戦略的に擁護するという、あからさまなキャンペーンの一貫ということだ。
■ある意味、ここまでは、ロコツにアリバイ的論調を展開できないところに、『読売』の中途半端な体質、よくいえば、バランス感覚/自浄作用をみることもできるだろう。■実際、関西・九州沖縄地域の社会面に良質な記事がたくさんみつかる『読売』と、そういったものが期待できない(まあ、組織のおおきさもちがうのだろうが)『産経』といった相違も、右派読者確保のための紙面づくりと、わりきっているかどうかの断絶だろう。■『産経』のばあいは、与党や大企業が窮地におちいるような社会面の記事をくむことにブレーキがかかってしまい、記者が良心的な取材をくりかえす意欲などうまれようがないのではないか?
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おなじく『毎日』から
http://mainichi.jp/enta/cinema/news/20080407ddm012040112000c.html
ドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」の上映を予定していた東京、大阪の5館(4社)が相次いで中止を決めた。映画館側は今月12日の封切りを控え、なぜ断念したのか。経緯を検証した。【臺宏士、本橋由紀、鈴木隆】
◆街宣、怖がるスタッフ
「現場は若い女性スタッフばかりだ。彼女たちは携帯電話の着信音にも右翼団体が来たのではないかとおびえる状況だった。しかし、会社としては上映を支える人的配置は困難だった」。「靖国」の上映中止を決めた「銀座シネパトス」。運営する「ヒューマックスシネマ」(東京都新宿区)の担当者は、苦渋の選択だったことを強調した。
同社によると、右翼団体が、映画館周辺で初めて街頭宣伝活動を行ったのは先月20日午後。3人が乗った1台の街宣車が映画の上映中止を訴えた。22日にも別の団体が来た。いずれも文書での申し入れはなかったが、98年公開の「南京1937」が街宣活動のため相次いで中止に追い込まれたケースを挙げ「同じようになる」と主張したという。脅迫めいた抗議電話もあった。同社は26日、配給協力・宣伝会社「アルゴ・ピクチャーズ」(港区)に上映中止を申し入れ、ポスターも取り外した。その日、別の団体が来たが、中止決定を告げると引き揚げた。
同社関係者は「過剰な自粛と言われるが、安心して上映できる環境を確保できなかったことに尽きる。昨年、試写を見たときは中止に追い込まれることは想像もしなかった。『反日』という言葉が独り歩きしている気がする」と明かす。
◆「近隣の施設に迷惑」
最も早く上映中止を決めたのは、東京・新宿の「バルト9」を運営する「ティ・ジョイ」(中央区)。同社は「番組編成上の総合的な判断」としているが、自民党の稲田朋美衆院議員らの意向を受ける形で、アルゴが先月12日に国会議員向け試写会を開いた直後だった。アルゴ側は「右翼団体の街宣車が来る恐れがある。映画館は、商業地の真ん中にあり、近隣施設に迷惑がかかる、という説明だった」と明かす。銀座シネパトスと異なり、右翼団体などからの具体的な抗議はないという。
「Q-AXシネマ」(渋谷区)も「直接的な抗議や特定の団体、個人などからの働き掛けはなかったが、商業施設として万一のことがあってはならない。上映中止は初めてだがやむを得ない」とコメントする。
「シネマート」を東京、大阪で運営する「エスピーオー」(港区)は今月1日、ホームページに経緯を説明する文書を掲載。国会議員による試写会後にアルゴ側に「安全な上映環境の整備」を申し入れたが「中止にすることで了承を願いたい」と申し出があったとしている。これに対し、アルゴは「エスピーオーは、左右両派を招いた試写会を開くことなど実現が難しい条件を提示した」と、ニュアンスが異なる説明をする。両社は公開に向けて話し合いを再開した。
◆「表現の自由の担い手」
上映を予定している新潟市の「市民映画館シネ・ウインド」は、「個人が会費を払って自由を維持している。23年間、公開を中止した映画はない。自粛ムードが全国に広がった昭和天皇の大喪の礼の時も営業した。大丈夫です」と言い切る。同館では、上官の戦争責任を追及する故・奥崎謙三氏を描いた「ゆきゆきて、神軍」(原一男監督、87年)を上映した時も問題なかったという。
アルゴの岡田裕社長は「映画は上映して初めて事業が成り立つ産業だ。映画館は重要な表現の自由の担い手だ。頑張れるところまで、頑張るべきではないか」と話す。
上映中止が広がるきっかけになった国会議員対象の試写会は、文化庁が製作者側に打診し、会場を手配するなど深く関与した。公開前の議員向け試写に対しては「事前検閲だ」と疑問の声もある。同庁は「稲田事務所から助成金についての問い合わせがあった際に視聴の要望を受けた行きがかり上だ」(芸術文化課)と説明。今回の対応が中止につながったことについては「心外だ」としている。
◇右傾化、戦前の歴史から学べ--ノンフィクション作家・保阪正康氏
最も懸念されるのは、面倒なことに巻き込まれたくないと言って靖国問題について議論することを敬遠する風潮が日本社会に広がることだろう。
言論の自由は、新聞記者や作家が書く自由のみでなく、新聞を運ぶ運転手さんや本を販売する書店員の方たちを含めて社会全体に自由が確立されていなければならない。映画館の従業員が圧力団体の脅しにおびえたり、近隣に迷惑をかける恐れがあるから中止するという理由のみを論じたら社会のあらゆる自由はその段階で最初に制約を受けてしまう。
文化庁は封切り前の映画を、問題視する一部の自民党議員の声に押される形で、事前検閲のような異例な試写会を事実上おぜん立てした。表現の自由の制約についてあまりに鈍感過ぎる。「公開されるので見てください」と断るべきではないか。
太平洋戦争に至った昭和10年代は、台頭する軍部におもねる言論が増幅していった歴史だ。そういう社会の中であたりまえのことがだんだん発言できなくなった。ときに一部雑誌などで右派の主張が大きく取り上げられる今日、近隣に迷惑がかかるという限定された状況でのみ上映中止問題をとらえると本質を見誤る。社会の右傾化という大状況をどう認識するかの能力が試されている。ただ、上映する映画館が出てきたことは、日本社会にはまだ復元力があるという健全性を示した。
<映画のあらすじ>
8月15日。靖国神社周辺は、戦没者を静かに弔うというよりも大勢の参拝者らで喧騒(けんそう)に包まれる。旧日本軍の軍服を着込み、境内で「天皇陛下万歳」と叫ぶ人たち。星条旗を掲げて「小泉純一郎首相を支持する」と靖国参拝に賛意を示した米国人男性は、警察の指導で神社の外に追いやられる。追悼集会に抗議した青年は、支持者に殴られて血まみれに。被害者にもかかわらず、警察官がパトカーに乗せて連れて行く。今回、助成金を問題視した稲田朋美氏が靖国神社参拝を呼びかけるシーンも登場する。
カメラは、日本在住19年に及ぶ李纓監督が10年にわたり見つめた神社境内の現実を映し出す。「イデオロギー的見方を打ち消すためにナレーションを一切排除」(李監督)する手法が全編を貫く。
日本刀は靖国神社の「御神体」で、戦前には、境内で「靖国刀」が製作された。作品には90歳の現役最後の刀匠、刈谷直治さんが登場し、李監督によるインタビューが随所に織り込まれる。小泉元首相の参拝を理解し、戦争を否定する刈谷さんの姿を通じ、靖国の魂と日本人の心情に迫ろうと試みる。
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■「靖国 YASUKUNI」をめぐる主な動き■
06年10月 文化庁所管の独立行政法人「日本芸術文化振興会」の審査委員会が「靖国 YASUKUNI」を製作した「龍影」(ドラゴンフィルムズ)に対して750万円の助成を決める。
07年12月 「週刊新潮」(12月20日号)が「反日映画靖国は『日本の助成金』750万円で作られた」と報道。
08年 2月上旬 東京4館、大阪1館での上映が確定。
12日 自民党の稲田朋美衆院議員の事務所が文化庁に対して週刊新潮の記事内容の確認と、映画の視聴を要望。これを受け同庁は議員側の意向を仲介する形で、製作した龍影側に上映会の開催を要望。
3月上旬 東京、大阪の封切りを除く北海道から沖縄までの地方14館での上映が内定。
12日 配給協力・宣伝会社の「アルゴ・ピクチャーズ」が全国会議員と秘書を対象に試写会を開催。自民、民主党などから議員ら約80人が出席した。
15日 「新宿バルト9」が中止をアルゴに通告。
20日 「銀座シネパトス」で、右翼団体が初めて街頭宣伝活動。その後、同22、26日にも別の団体が来る。
26日 銀座シネパトスが中止を決定。
27日 参院内閣委員会で、有村治子議員(自民)が助成金支出の妥当性について取り上げる。
31日 「渋谷Q-AXシネマ」「シネマート六本木」「シネマート心斎橋」が上映中止を決める▽アルゴが東京、大阪の計5館での今月12日の封切り上映の中止を発表▽稲田氏は「上映の是非を問題にしたことは一度もない」とのコメントを出す。
4月上旬 日本新聞協会、日本民間放送連盟、日本ペンクラブなどが上映中止について懸念を示す談話などを相次いで発表。
2日 福田康夫首相が「嫌がらせとかの理由で上映中止になるのは誠に遺憾だ」と表明。
4日 アルゴが5月から東京、大阪を含む17都道府県の計21館で順次、上映すると発表。
毎日新聞 2008年4月7日 東京朝刊
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