golden-luckyの日記

ツイッターより長くなるやつ

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マッハ新書、β版で電子版を先行発売して紙を売り出すという、ここ10年来の英語圏における一部技術書の動向が、日本語圏では技術書界に先立って新書という形で、トップダウンかつボトムアップに再発明されたものという感じがする(ポジティブな感想です)。

ここで、トップダウン的というのは、著者からという意味。ボトムアップ的というのは、読者からという意味。

日本の出版をめぐる業界構造は、著者と読者が不在で、両者の間を出版社、取次、書店からなる三角形が取り結んでいる。 読者が支払った書籍の対価は、その三角形の中でぐるっと回遊し、その一部が著者に還元される。 もちろん、形式的なお金の流れは読者→書店→取次→出版社→著者なんだけど、この三角形の中でお金を回遊させることで、「コンテンツという水物をパッケージングして全国に配信する」という難事業に伴ういろんなリスクを回避してきたわけだ。

マッハ新書では、この三角形をBoothが担っている。 しかも、どうやらBoothはボランティアでやっているらしい。 クレジット会社の手数料以外はすべて著者にわたしている。 電子版配信のための環境をすでに持っているのと、もともとコンテンツの販売は当事者間の直接契約という規定があって商品に対する責任が限定的ということもあり、実際にコストはほとんどかかっていないのだろう。

ちゃんとした人がちゃんとした人たちを相手に、書籍のようなコンテンツを直接販売するという環境は、Kindle Direct Publishingをはじめとするさまざまなプラットフォームですでに実現していた。 しかし、Boothという無料のプラットフォームでそれが実現したというのは大きい。 0になるのは、単に少なくなるより、インパクトがでかいのだ。 これから個人間決済がもっと簡単になっていけば、Boothでなくてもいいじゃんってなっていくのだろう。 とはいえ、Boothが「マッハ新書」という名前を与え名前を全面に出して特集を組み、このムーブメントの立役者になっていることを考えると、やはりプラットフォームがあって、そこがうまく振る舞ってくれるといういうのは、コンテンツ商売にとって侮れない要因なのだろうなと思う。 それが出版社の仕事だったはずですね。はい。

(名前が決まった経緯を勘違いしていたので訂正。参考 https://twitter.com/goroman/status/991534291845763074?s=21)

レビューを取り込んで更新されていくのが新しいという声も目にするけど、冒頭で触れたように、β版を電子で先行発売というのはかなり前からある。 日本語圏のメジャーな商業出版で実施できている例はないように思うので、新しいという感想が出るのは理解できる。 商業出版で実施できてなかった理由にはいろいろあるけど、個人的に大きいなと思ってるのは、不特定多数からレビューを取り込む仕組みをサポートするのは、ちゃんとやろうとするとかなり難しいという点。 そもそも不完全な書籍をレビューするという行為そのものが、相当難しいのです。

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誤字脱字の指摘を受けて修正していけるというのは、少なくとも商業出版では、レビューの目的としてあまりメリットがない。 レビューでコメントが欲しいのは、むしろ内容に関する疑問符だったりする。 極端な話、「この内容で本として出版する意味はあるの?」みたいなレビューを先行発売版の購入者からもらえるなら、つらいけれどうれしい。

というわけで、マッハ新書には、Boothの手数料がゼロという点以外に、出版関係者としてそれほど画期的な印象はないな、というのが率直な感想です。 むしろ、その登場の経緯が「出版関係者の多くがやるべきことをやれてないから」っぽいという点について反省し、将来への礎としていきたい。

とはいえ、執筆開始から公開まで12時間という時間制限には意味があるかもしれないな、とは思う。 というのは、このマッハ新書のムーブメントをさらに先鋭化した「箇条書きの状態で売ってしまってもいいのでは」という発想にかなりびっくりしたからだ(ポジティブな感想です)。 文章の推敲はせずに売ってしまうというのがマッハ新書の特徴だとしたら、箇条書き新書は、推敲どころか文章をゼロにしてしまうという発想だ。 アイデアの売り方を「従来の本っぽい形態」に縛る必要はない。従来の本っぽい形態が売り物となる条件ではないはずで、それなら、ここまでそぎ落としてもよいと思う。 0になるのは、単に少なくなるより、インパクトがでかいのだ。

箇条書きにはさまざまな可能性が開かれているという点もある。そこから行間を埋めていくようなレビューのほうが、誤字脱字の指摘というレビューよりも、面白いところに到達しそう。

ただ、箇条書きを「読む」訓練、あまり誰もうけてないのだよな。受け手の意識が上がっていかないと、情報商材の一種になる未来が待っていそう。

そういえば、時間制限に関しても、Novel Jamみたいな取り組みがすでにあったな。こちらは著者一人の作業の制限時間ではなく、編集とデザイナーが協力して完成までもっていくので、2泊3日と少し長いけど。

www.noveljam.org