2014年 02月 26日
浅田真央の戦略の失敗 |
今日の横浜北部は朝からよく晴れております。朝方は気温も低かったのですが、昼前にはすっかり春の予感に。
さて、スポーツに関するネタとして、日本人にはない視点で書かれたものを発見しましたので、参考までにその記事の要約を。
著者は、以前からキム・ヨナ選手を絶賛しているバイアスのかかったスポーツジャーナリストみたいで、この記事では浅田選手に関してけっこう厳しいことを書いております。
===
浅田真央の頑固さがメダルのチャンスを台無しにした
BYジャック・ギャラガー
●人生の中では、時として自分自身が自分にとっての「最悪の敵」になることがある。アドバイスを受け入れず、聞きたくないことを聞かないようにして、現実を無視する時が、まさにそのような場合だ。
●嫌いなことや恐怖、それに望まないことに直面して、このようなパターンの陥ってしまうと、人は大抵大きな失望に直面することになる。
●そしてこの典型的な例が、2度世界チャンピオンに輝いた、ソチオリンピックにおける浅田真央選手である。
●浅田選手が自身のトレードマークであるトリプルアクセル(3回転半)を成功させようと長年苦労していたことは明らかであったが、そのために戦略を変えるのを拒み、結局はフリーの演技のあとに6位で終わることになってしまった。
●もちろんこうなる必然性はどこにもなかった。しかし、浅田選手の頑固さが、ジャンプそのものを成功させるよりも大きな障害となってしまったのだ。
●彼女は生まれながらの才能や美貌に恵まれており、これはフィギュアスケートをする人間にとっては夢のような組み合わせである。
●ただ、もし浅田選手が本気で今回のオリンピックで金メダルを取ろうと望んでいたのならば、彼女は数年前の時点で方針を変えるべきであった。
●本コラムでは、浅田選手は海外に拠点を移してトップの外国人コーチと協力してその目標を追求すべきであった、と考えている。もし彼女がブライアン・オルサ―やニコライ・モロゾフ、もしくはフランク・キャロルのような人物にコーチしてもらっていたら、ソチで再びメダルを獲得できる可能性が高かったはずだ。
●ところが彼女はそうせず、結局は願いを叶えられないまま、帰国するはめになってしまったのだ。
●国際的なメディアでは、浅田選手を「金メダルの本命」と見る向きが多かったが、彼らに驚くほど注目されていなかったのは、ここ一年ほど彼女がトリプルアクセルを成功させられずに、スランプに陥っていたという点だ。
●この事実が無視されていた理由は、彼らが選手の過去の業績ばかりを見ていて、現在の状況を考慮していないからだ。
●シングルの競技の前に私が話をしたある著者は、浅田選手のスランプをよく理解しており、あまり良い結果を出せないだろうとあきらめていた。「彼女はスケート界に多大な貢献をしたのにね・・・」とその著者は落胆した声で答えていた。
●浅田選手はトリプルアクセルを、団体戦の演技だけでなく、ショートプログラムのほうでも失敗している。フリーの演技での成功は、多くの人々をようやく安心させてくれたが、それも「時すでに遅し」であった。
●先週の月曜日の記者会見で、浅田選手は「私にとってトリプルアクセルは全く重圧にはなっているとは考えてません・・・それは逆にクリアすべき目標を明確にしてくれますし、これは私のトレードマークです。もちろんトリプルアクセルがすべてではありません。これ以外のジャンプでもプログラムに入っています」と答えている。
●この彼女の発言における最大の問題は、両方のプログラムの冒頭でトリプルアクセルを決められないと、そのあとに続く演技に心理的な悪影響を及ぼしてしまうという点だ。そして実際に、2度のジャンプでの失敗は悪影響を与えてしまった。
● 女子フィギュアのSPの演技のあとにメディア専用のバスに乗って宿舎に帰る時に、私は同乗していたスケートの審判の一人に話を聞いてみた。この審判は頭を振りながら「真央はわざわざトリプルアクセルをする必要なんかなかったのにね」と答えてくれた。
●そしてその演技を見ていた多くの人は、この審判と全く同じことを考えていたはずだ。
●悲しむべきなのは、浅田選手がこの問題に直面することを拒絶したことが、彼女自身だけでなく、彼女の多くのファンたちまで、大いに落胆させてしまったという点だ。
●彼女はSPで16位になり、メダル獲得のチャンスは失ってしまった。一巻の終わりである。私は演技が終わった瞬間に「日本の全国民が寝ずにテレビで観戦しているのに・・・」と感じた。
●もちろん彼女はフリーで素晴らしい演技をしたため、それが彼女にとって「救い」であった考える人もいるだろう。ただしこの分析は甘い。
●プレッシャーの全くかからない状況でパフォーマンスするというのは挑戦とはいえない。そもそも演技への期待は低いため、それを素晴らしく見せるのは容易なのだ。
●浅田選手が団体と個人のSPでミスしたのは「不運だった」と本気で考えている人はいるのだろうか?もしそうだと考えているのであれば、それは完全に「現実を見ていない」ということになる。
●これは私の確信であるが、もし浅田選手がオルサー、モロゾフ、もしくはキャロルのようなコーチをつけていれば、彼らはその失敗の直後に浅田選手のパフォーマンスに判断を下し、彼女と長い会談を行ったはずだ。
●おそらく彼らは彼女にたいして、「もうトリプルアクセルを安全な形でこなせないんだから、われわれは演技の構成を変えるべきよ。何か新しいことをやって別の方向性を見出すしかないわ。金メダルへ最も近い道はこれよ」と言ったはずだ。
●ところが問題に直面したくない人間というのは、それを無視するものだ。そしてこれは問題をさらに悪化させることになる。
●危機に直面した人間というのは、大抵の場合「なぜこんなことが起こったんだ?」と自問することになり、実は以前から十分に気づいていた事実を無視してしまっている、というケースは多い。
●浅田選手の場合、この問題ははるか以前から目の前に見えていたのであり、彼女はそれを直視するのを拒んでいたのだ。
===
なかなか厳しいですね。
スポーツは専門外なので私はなんともいえないわけですが、それでも個人的には原著者がいくつか分析を間違えているなぁと感じるところが。
ただし私は、この記事の中にも参考にすべき点がいくつかあると思っております。
その一つが、これが現在メディアにあふれている「真央ちゃんよかったね!」というストーリー性を重視したような報道ではなく、あくまでもオリンピックにおける女子フィギュアというものを「メダルを獲得するための競技」として冷酷にとらえ、そこでの結果にこだわった戦術や戦略の分析をしているという点です。
これを読むと、逆に日本人に特有の「戦略文化」というものが浮き彫りになってくるような気がするのは私だけでしょうか。
さて、スポーツに関するネタとして、日本人にはない視点で書かれたものを発見しましたので、参考までにその記事の要約を。
著者は、以前からキム・ヨナ選手を絶賛しているバイアスのかかったスポーツジャーナリストみたいで、この記事では浅田選手に関してけっこう厳しいことを書いております。
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浅田真央の頑固さがメダルのチャンスを台無しにした
BYジャック・ギャラガー
●人生の中では、時として自分自身が自分にとっての「最悪の敵」になることがある。アドバイスを受け入れず、聞きたくないことを聞かないようにして、現実を無視する時が、まさにそのような場合だ。
●嫌いなことや恐怖、それに望まないことに直面して、このようなパターンの陥ってしまうと、人は大抵大きな失望に直面することになる。
●そしてこの典型的な例が、2度世界チャンピオンに輝いた、ソチオリンピックにおける浅田真央選手である。
●浅田選手が自身のトレードマークであるトリプルアクセル(3回転半)を成功させようと長年苦労していたことは明らかであったが、そのために戦略を変えるのを拒み、結局はフリーの演技のあとに6位で終わることになってしまった。
●もちろんこうなる必然性はどこにもなかった。しかし、浅田選手の頑固さが、ジャンプそのものを成功させるよりも大きな障害となってしまったのだ。
●彼女は生まれながらの才能や美貌に恵まれており、これはフィギュアスケートをする人間にとっては夢のような組み合わせである。
●ただ、もし浅田選手が本気で今回のオリンピックで金メダルを取ろうと望んでいたのならば、彼女は数年前の時点で方針を変えるべきであった。
●本コラムでは、浅田選手は海外に拠点を移してトップの外国人コーチと協力してその目標を追求すべきであった、と考えている。もし彼女がブライアン・オルサ―やニコライ・モロゾフ、もしくはフランク・キャロルのような人物にコーチしてもらっていたら、ソチで再びメダルを獲得できる可能性が高かったはずだ。
●ところが彼女はそうせず、結局は願いを叶えられないまま、帰国するはめになってしまったのだ。
●国際的なメディアでは、浅田選手を「金メダルの本命」と見る向きが多かったが、彼らに驚くほど注目されていなかったのは、ここ一年ほど彼女がトリプルアクセルを成功させられずに、スランプに陥っていたという点だ。
●この事実が無視されていた理由は、彼らが選手の過去の業績ばかりを見ていて、現在の状況を考慮していないからだ。
●シングルの競技の前に私が話をしたある著者は、浅田選手のスランプをよく理解しており、あまり良い結果を出せないだろうとあきらめていた。「彼女はスケート界に多大な貢献をしたのにね・・・」とその著者は落胆した声で答えていた。
●浅田選手はトリプルアクセルを、団体戦の演技だけでなく、ショートプログラムのほうでも失敗している。フリーの演技での成功は、多くの人々をようやく安心させてくれたが、それも「時すでに遅し」であった。
●先週の月曜日の記者会見で、浅田選手は「私にとってトリプルアクセルは全く重圧にはなっているとは考えてません・・・それは逆にクリアすべき目標を明確にしてくれますし、これは私のトレードマークです。もちろんトリプルアクセルがすべてではありません。これ以外のジャンプでもプログラムに入っています」と答えている。
●この彼女の発言における最大の問題は、両方のプログラムの冒頭でトリプルアクセルを決められないと、そのあとに続く演技に心理的な悪影響を及ぼしてしまうという点だ。そして実際に、2度のジャンプでの失敗は悪影響を与えてしまった。
● 女子フィギュアのSPの演技のあとにメディア専用のバスに乗って宿舎に帰る時に、私は同乗していたスケートの審判の一人に話を聞いてみた。この審判は頭を振りながら「真央はわざわざトリプルアクセルをする必要なんかなかったのにね」と答えてくれた。
●そしてその演技を見ていた多くの人は、この審判と全く同じことを考えていたはずだ。
●悲しむべきなのは、浅田選手がこの問題に直面することを拒絶したことが、彼女自身だけでなく、彼女の多くのファンたちまで、大いに落胆させてしまったという点だ。
●彼女はSPで16位になり、メダル獲得のチャンスは失ってしまった。一巻の終わりである。私は演技が終わった瞬間に「日本の全国民が寝ずにテレビで観戦しているのに・・・」と感じた。
●もちろん彼女はフリーで素晴らしい演技をしたため、それが彼女にとって「救い」であった考える人もいるだろう。ただしこの分析は甘い。
●プレッシャーの全くかからない状況でパフォーマンスするというのは挑戦とはいえない。そもそも演技への期待は低いため、それを素晴らしく見せるのは容易なのだ。
●浅田選手が団体と個人のSPでミスしたのは「不運だった」と本気で考えている人はいるのだろうか?もしそうだと考えているのであれば、それは完全に「現実を見ていない」ということになる。
●これは私の確信であるが、もし浅田選手がオルサー、モロゾフ、もしくはキャロルのようなコーチをつけていれば、彼らはその失敗の直後に浅田選手のパフォーマンスに判断を下し、彼女と長い会談を行ったはずだ。
●おそらく彼らは彼女にたいして、「もうトリプルアクセルを安全な形でこなせないんだから、われわれは演技の構成を変えるべきよ。何か新しいことをやって別の方向性を見出すしかないわ。金メダルへ最も近い道はこれよ」と言ったはずだ。
●ところが問題に直面したくない人間というのは、それを無視するものだ。そしてこれは問題をさらに悪化させることになる。
●危機に直面した人間というのは、大抵の場合「なぜこんなことが起こったんだ?」と自問することになり、実は以前から十分に気づいていた事実を無視してしまっている、というケースは多い。
●浅田選手の場合、この問題ははるか以前から目の前に見えていたのであり、彼女はそれを直視するのを拒んでいたのだ。
===
なかなか厳しいですね。
スポーツは専門外なので私はなんともいえないわけですが、それでも個人的には原著者がいくつか分析を間違えているなぁと感じるところが。
ただし私は、この記事の中にも参考にすべき点がいくつかあると思っております。
その一つが、これが現在メディアにあふれている「真央ちゃんよかったね!」というストーリー性を重視したような報道ではなく、あくまでもオリンピックにおける女子フィギュアというものを「メダルを獲得するための競技」として冷酷にとらえ、そこでの結果にこだわった戦術や戦略の分析をしているという点です。
これを読むと、逆に日本人に特有の「戦略文化」というものが浮き彫りになってくるような気がするのは私だけでしょうか。
by masa_the_man
| 2014-02-26 11:55
| 日記