涼宮ハルヒとTBSが示すメディアの興亡
2009年はマスメディアとネットの勝敗が、完全に決した年になりそうだ。
すでにご存じの方も多いと思うが、4月9日、TBSは“歴史的”な視聴率を記録した。どの時間帯でも1ケタの数字だったのはもちろんこと、その日の最高視聴率が「みのもんたの朝ズバ・2部」と再放送の「水戸黄門」の7.2%だったのだ。ゴールデンタイムの裏番組が強かったとはいえ、キー局で夕方の再放送番組にゴールデンタイムが負けるのは尋常ではない。
一方、5月24日には神戸サンテレビジョン、テレビ埼玉、新潟テレビ21など、独立UHF局を中心としたローカル局の放映のためホテルを予約した人が続出した。TVアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』をチェックするためだった。じつは、このアニメ番組も大枠では再放送だ。ただ、この日に限って新作が挿入されたのである。
もともと『涼宮ハルヒの憂鬱』は06年4~6月の深夜に独立UHF局を中心に放送されたアニメだった。原作はライトノベルの話題作だったが、この作品がここまで人気を得たのは、冒険的なアニメ制作の姿勢とメディア戦略の成功によるところが大きい。
ポイントは限定的な情報の流布だった。そもそもUHF局放送では見られない地域が出てくる。それを全国的な人気に押し上げたのが、インターネットの動画サイト「YouTube」の「違法映像」だった。従来の著作権の観点からいえば問題だろうが、テレビで見ることができず飢餓感を煽られた層には、テレビ放映以上のインパクトを持って迎えられた。
さらにアニメ自体も、初回に劇中の主人公が文化祭用に作ったとされる素人的な映像を放映したり、時系列を無視した順序で放送したりと、原作を読んでいない人には意味不明な代物だった。しかも、その謎を解き明かそうと公式サイトにアクセスしても詳しい解説がない。結局、原作を読んだ人がネットで解説し、その解説を読んで原作を買い求める人が増えるという循環を生み出した。こうした好循環の中で06年6月にDVDも発売され、記録的なヒットとなったのである。
その後、07年7月には朝日新聞で「ハルヒ二期決定」と銘打たれた一面広告が掲載された。しかし一向に新作が放送されることなく、今年の4月から「再放送」が始まる。ただし「再放送」にもかかわらず、以前と放送順序が変わっているうえ、2ちゃんねるで一期の再放送と二期の新作が混ぜられるとの情報が流れた。さらに5月18日には、テレビ和歌山が番組表にサブタイトルを「誤って」表示。それが新作のタイトルであることが確認され、いち早く放送を見るために地方のホテルに宿泊する人が出た次第である。
この『涼宮ハルヒの憂鬱』のメディア戦略には、2つの大きな特徴的がある。1つはテレビ放映がメディア戦略のサブに置かれたこと。そしてもう1つは、ネット情報を管理しようとせず、誘導しようとしたこと。
アニメの制作費をDVDの収益によってまかなおうとする手法は、95年放送の「新世紀エヴァンゲリオン」に始まったとされる。物語の謎を解き明かそうする視聴者の欲求がヒットを生みだした構図も2作品は似ている。しかし95年当時、テレビ放映の影響力は絶対だった。動画を配信するネット環境は整っておらず、DVD発売でヒットを飛ばすにもテレビ放映が必要だった。
そうした構造は『涼宮ハルヒの憂鬱』によって過去のものとなった。どうせ人気を得るためだけの放送なら、飢餓感を煽れるローカル局の方が適しているという考え方はある。実際、ローカル局だったからこそ今回の「ホテル宿泊」もニュースになったのだし、放送後すぐにYouTubeにアップされ、ネット上で大きな話題となったのだから。
もう1つの特徴、情報の管理はマスメディアの根幹とかかわってくる。
立花隆氏が田中角栄元首相の金脈疑惑が報じたとき、政治部の新聞記者は「そんなこと、みんな知っている」とつぶやいたとされる。これが情報統制とは言い切れない。裏付けが取れない、ネタにならないと切り捨てたという考え方もある。いずれにしても、マスコミの情報は一定の管理下にある。
一方、ネットの言論にはタブーも検証もない。根も葉もない噂が一人歩きしていることも少なくない。そうした魑魅魍魎の世界に、『涼宮ハルヒの憂鬱』は「限定された情報」という形で一石を投じた。波紋は好きなように立ってくれという姿勢である。いしたにまさき氏が喝破している通り、「ネットの善意を信用」したのだろう。(詳しくは、いしたに氏のブログで!)
これが記事広告の形で雑誌などに情報を提供したなら、カネはかかるが情報を管理できる。しかしネットで広がっていった情報は、どんな結果を生み出すか正確には予想できない。それでも既存のマスメディアより影響力の点でも使い勝手の上でも、ネットが上だという可能性を「ハルヒ」の成功は示した。
電通の調査によれば、08年の広告費は前年比でテレビが4.4%減、新聞で12.5%減だという。制作費の削減に血眼になっているテレビ局は、広告主の機嫌を損ねるようなことは絶対にできない。そうしたメディアの状況を乗じたのかどうかはわからないが、4月末には大手企業社員がテレビ番組を評価する「優良放送番組推進会議」が発足した。今後も息を詰めて広告主を伺うテレビ番組から、若者を中心とした視聴者がどんどん離れていくに違いない。それでもマスコミはネットの善意を信じることは、なかなかできないだろう。
大きな時代の流れを改めて感じた2つの事件だった。(大畑)
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