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2025.03.22

新型コロナ流出説が「陰謀論」とされたのか

 2025年3月18日、WHOがCOVID-19をパンデミックと宣言してからちょうど5年が経過した。約700万人の命が失われ(WHO推定、2025年3月)、世界は未だにその起源を巡る議論に決着をつけられずにいる。2025年1月26日、CIAが「低確信度ながらラボ漏洩説を支持」と発表したが、その後新たな証拠はなく、既存データの再分析に留まっている(NBC News、2025年1月27日)。しかし、この発表は、初期に「陰謀論」と排除されたラボ漏洩説が再評価される流れを示していることは明らかだ。なぜ当初、流出説は排除され、情報隠蔽が起きたのか。

コロナ禍初期:情報隠蔽の兆し

 パンデミックが始まった2020年初頭、関連情報の混乱が広がった。2020年2月、武漢で発生したウイルスが世界に広がる中、起源に関する議論が過熱し、自然発生説(動物市場起源)とラボ漏洩説(武漢ウイルス研究所からの流出)が浮上した。しかし、ラボ漏洩説は早々に「陰謀論」とレッテル貼りされ、科学的議論の場から排除された。
 この動きを主導した一人が、EcoHealth AllianceのPeter Daszakである。彼は2020年2月19日、Lancetに声明を発表し、「ラボ漏洩説は陰謀論」と断言した(Lancet、2020年2月19日)。Daszakは武漢ウイルス研究所と共同研究を行っており、資金提供者でもあったという背景がある(NIHデータ、2014-2019年)。この声明は、後の2023年米国下院公聴会で「利益相反がある」と批判されたが、当時は多くの科学者が追随し、ラボ漏洩説を唱える声は抑圧された。
 さらに、2020年4月、Anthony Fauci(米国立アレルギー感染症研究所所長)が、ラボ漏洩説を「目くらまし」と呼ぶメールを公開した(米国下院公聴会資料、2023年7月)。Fauciは米国政府のコロナ対策の顔として、自然発生説を強く支持した。この姿勢は、科学界全体の議論を一方向に導いた。

隠蔽の構造

 新型コロナ起源情報隠蔽の背景には、政府と科学界の複雑な連携が存在した。2023年9月12日、米国下院監視・責任委員会がCIA内部告発者の証言を公開。CIAはコロナ起源調査で、7人の科学者に圧力をかけ、うち6人が金銭的インセンティブ(総額約50万ドルと推定)で自然発生説に意見を変更したとされる(WSJ、2023年9月15日)。この告発は、科学が政治的圧力に屈した可能性を示唆している。
 他方、2021年、FBIは「中程度の確信度」でラボ漏洩説を支持していた(FBI声明、2021年5月)。しかし、CIAの圧力でこの見解は公にされず、情報は隠された。2025年1月のCIA発表で「低確信度ながらラボ漏洩説支持」に転換したが、5年後の再評価に留まり、初期の隠蔽が議論の遅れを招いたことは明らかである。
 ようやく英国でも同様の隠蔽が確認されている。2025年3月16日、Daily Mailが公開した「The Lockdown Files」によると、2020年3月、Patrick Vallance(英国首席科学顧問)がジョンソン首相に「恐怖を利用した国民管理」を提案。同時期、ラボ漏洩説に関する内部議論が行われたが、国民には公表されなかった。この文書は、科学的議論よりも政治的意図が優先されたことを示している。
 ドイツでも、2021年12月、BND(連邦情報庁)が「80~95%の確率で武漢研究所流出」と結論付けた機密文書が、メルケル首相により握り潰された疑いが浮上した(Zeit、2025年3月13日)。同盟国間でも情報共有が不十分で、国際的な透明性が欠如していた。

流出説排除はなぜ起きたのか

 研究所漏洩説が「陰謀論」とされた背景には、複数の要因が絡む。まず政治的圧力と国際関係がある。2020年当時、米中関係は貿易戦争で緊張状態にあった。トランプ政権がラボ漏洩説を主張したことで、中国政府は強く反発。2020年5月、中国外務省は「米国が責任転嫁を試みている」と非難した(中国外務省記者会見、2020年5月4日)。この対立が、科学的議論を政治的な駆け引きに変えた。WHOも中国との共同調査(2021年)を優先し、ラボ漏洩説を「極めて可能性が低い」と結論付けたが、調査の独立性に疑問が残る(WHO報告書、2021年3月30日)。
 科学界には強い利益相反があることも「陰謀論」に関与する。Daszakのような科学者が、武漢研究所との共同研究や資金提供関係を持ちながら、自然発生説を推進したことは、議論の公平性を損なった。2020年2月のLancet声明は、26人の科学者が署名したが、うち数人がDaszakと利益関係にあったことが後に判明(Nature、2021年9月)。この利益相反が、ラボ漏洩説を排除する流れを作った。
 メディアとビッグテックの役割も大きい。2020年、TwitterやFacebookがラボ漏洩説に関する投稿を「誤情報」として削除。2020年5月、Facebookは「ラボ起源説は偽情報」とするポリシーを発表し、数千の投稿が削除された(Facebook公式発表、2020年5月)。この動きは、科学的議論を抑制し、一般市民の疑問を「陰謀論」として排除する風潮を助長した。

誤りの影響:失われた信頼と教訓

 研究所漏洩説を初期に排除した誤りは、その後、深刻な影響を世界中に及ぼした。まず、科学的議論の機会が失われ、真相究明が遅れた。2021年3月のWHO調査は中国のデータ提供不足で不完全なまま終わり、2025年現在も決定的な証拠は見つかっていない。次に、公衆の信頼が大きく損なわれた。2025年3月、Xで「#LabLeak」がトレンド入りし、「政府と科学者が隠した真実を知りたい」との声が1万件以上投稿された。初期に「陰謀論」とされた説が再評価される今、市民は政府や科学界への不信感を募らせている。
 コロナ禍初期の情報隠蔽とラボ漏洩説排除の誤りは、政治的圧力、利益相反、メディアの過剰反応が絡み合った結果であると言える。これは5年目の今、過去を振り返るだけでは不十分だろう。政府とメジャーなジャーナリズムを巻き込んだ言論への弾圧に対しては、政府や科学界に依存しない法的な独立調査機関が必要だろうか。あるいは、民主主義自体の遅ればせながらの自浄作用が機能すべきか。2025年1月のCIA発表は一歩前進だが、「低確信度」に留まる以上、さらなる透明性が求められるはずだ。

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