瀬戸内シージャック事件で共産党や朝日新聞は犯人射殺を糾弾したのか
- 2016/09/03
- 01:56
和歌山の立てこもり事件に関して犯人を狙撃するべきだったのではとの言説が一部にあるようだが、そうしなかった理由として「瀬戸内シージャック事件等で狙撃した警官を共産党が殺人罪で告発し朝日新聞が叩き、この警官を自殺に追い込むまで叩いた」と述べたツイートが拡散されている。
瀬戸内シージャック事件は1970年5月12日、警官を刺すなどして逃走中だった犯人が旅客船ぷりんす号を乗っ取り逃走を図った事件である。犯人は翌13日警察の狙撃手によって狙撃・逮捕され、その後死亡した。
狙撃が妥当だったのかなど当時も議論が起こったのは確かだが、上記のツイート内容には疑問を投げかけている人もいる。またWikipediaには告発したのは自由人権協会所属の弁護士とあったり、朝日新聞が犯人射殺について「仕方ないこと」としていると書いてあったりする。
ソースがWikipediaでは心もとないので自分で調べてみた。
告発したのは共産党 → 弁護士
当時の新聞から確認してみたが、当時の県警本部長と狙撃手を殺人罪などで告発したのは札幌弁護士会所属の弁護士2名である(朝日新聞1970年5月15日など)。この弁護士2名は北海道自由人権協会(準備会)にも所属していたとのことだが、共産党は何ら関係無い。さらにこの告発が不起訴となったのもWikipediaの記述通り。その後付審判請求も行われたが棄却されている。(告訴については後述の衆院地方行政委員会でも言及が残っているのでこちらの方がソースとして確認しやすいだろう。「弁護士」などと入れてページ内検索してみてください)
党として狙撃を問題視するのであればいきなり告訴するのではなくまずは国会追及が筋であろう。議事録を検索してみると、国会で事件に関して質疑があったのは当日5月13日の参院運輸委員会、衆院運輸委員会、衆院法務委員会、そして16日の衆院地方行政委員会である。
その中で狙撃判断の是非について共産党が追及したのは13日衆院法務委員会における松本善明議員のこの質問のみ。
この質問1個で警察バッシングの主体が共産党だったかのように言うのはさすがに誇張が過ぎるかと思う。
狙撃問題に敏感だったのはむしろ共産以外の野党だったようだ。16日衆院地方行政委員会では社会党・公明党・民社党の議員が射殺の適法性などについてかなり細かく追及しているほか、社会党広島県本部は「見せしめの意図が濃厚」と県警本部長に公式に抗議している(朝日新聞1970年5月16日)。
朝日新聞が叩いた → それほどでもない
これも当時の記事を調べた。
朝日新聞はまだ事件が継続中の13日朝刊時点で「射殺もやむなし」との見出しと共に警察の狙撃準備を報じたり、「正当防衛として犯人射殺もやむを得ない」との識者の意見を紹介したりしている。
狙撃が決行され犯人が死亡した後の同日夕刊には、「そ撃をこうみる」の見出しで4人の識者の見解が載っている。それぞれ「やむを得ぬ処置と思う」「見せしめとしても必要」の題で2人の肯定派、「発砲は当局の行過ぎだ」「こういう風潮に危険性」の題で2人の否定派の考えが紹介されていて、バランスを考慮しているように見える。
翌14日朝刊天声人語では、「状況からみて、やむを得なかったかと思う」としつつ、狙撃手が犯人の体のどこを狙って発砲したのか、本当に殺すまでする必要があったのか検証が必要との意見も述べている。
同日社説では「さらに広がる被害の可能性を考えれば、そ撃という最後的な手段も、やむを得なかったのかも知れぬ」と概ね肯定的だが、あくまでも今回は特殊な場合であり拡大解釈されてはならないとしている。
総じて朝日新聞は必ずしも狙撃の判断を全面的に支持したわけでもないが、かといって過剰なバッシングをしている様子は無い。反対意見の急先鋒が朝日新聞にあったとは到底言い難い印象である。
狙撃手が自殺 → ソース不明
当時の新聞には狙撃手となった警官の実名まで載っていたので事実であれば調べるのは難しくなさそうだが、情報源を見つけることはできなかった。信用に値する話ではないだろう。
なおフジテレビ「奇跡体験!アンビリバボー」で事件を扱った回の放送内容には、「裁判でのちに正当な行為と認められ、無罪が確定したが、判決まで数年間、彼は精神を病むほど辛い生活を強いられたという」との情報がある(なお上述の通り警官は不起訴になっており「裁判で無罪が確定」は不正確)。
(※以下追記)
はてブコメントで指摘してもらったので、当時の警察庁長官・後藤田正晴氏の回顧インタビュー本を確認してみた。シージャック事件に関して以下のような言及がある。(『情と理―後藤田正晴回顧録<上>』後藤田正晴著・政策研究院政策情報プロジェクト監修、講談社、1998年、250-251頁。2006年に加筆修正の上文庫化されているが下記内容は同じ)
とのことで、つまり狙撃手の方は事件のことが原因で自ら辞職されたそうである。この証言の信憑性までは確かめようがないが、当時の警察トップの話なのでそれなりに重みはあるだろう。だが自殺したという話は特に出てきていない。
ついでに当時の国会追及について、後藤田氏にとって最も印象深かったのは社会党の山口鶴男議員だったということも分かる。当時国会で狙撃に関して質問した何人かの議員の中でなぜ山口氏だけが名指しで言及されたのかはよく分からないが、とりあえず山口氏は共産党ではない。
瀬戸内シージャック事件は1970年5月12日、警官を刺すなどして逃走中だった犯人が旅客船ぷりんす号を乗っ取り逃走を図った事件である。犯人は翌13日警察の狙撃手によって狙撃・逮捕され、その後死亡した。
狙撃が妥当だったのかなど当時も議論が起こったのは確かだが、上記のツイート内容には疑問を投げかけている人もいる。またWikipediaには告発したのは自由人権協会所属の弁護士とあったり、朝日新聞が犯人射殺について「仕方ないこと」としていると書いてあったりする。
ソースがWikipediaでは心もとないので自分で調べてみた。
告発したのは共産党 → 弁護士
当時の新聞から確認してみたが、当時の県警本部長と狙撃手を殺人罪などで告発したのは札幌弁護士会所属の弁護士2名である(朝日新聞1970年5月15日など)。この弁護士2名は北海道自由人権協会(準備会)にも所属していたとのことだが、共産党は何ら関係無い。さらにこの告発が不起訴となったのもWikipediaの記述通り。その後付審判請求も行われたが棄却されている。(告訴については後述の衆院地方行政委員会でも言及が残っているのでこちらの方がソースとして確認しやすいだろう。「弁護士」などと入れてページ内検索してみてください)
党として狙撃を問題視するのであればいきなり告訴するのではなくまずは国会追及が筋であろう。議事録を検索してみると、国会で事件に関して質疑があったのは当日5月13日の参院運輸委員会、衆院運輸委員会、衆院法務委員会、そして16日の衆院地方行政委員会である。
その中で狙撃判断の是非について共産党が追及したのは13日衆院法務委員会における松本善明議員のこの質問のみ。
この種の犯罪を防ごうということで、いきなりこういう事件については射殺とか発砲というようなことで解決していくのが原則であるということになっていくのは非常に危険であるわけです。これはどのような犯罪者でありましても、公正な裁判をして処罰をするという方向にいくのが当然のことであろうかと思います。
それから問題は、立法という話も出ておるわけでありますけれども、今度の事件についての状況などを見ますと、犯人が刑の重さを考えてやっているというふうにももちろん考えられない。この犯罪の予防についてはいま岡沢委員も聞かれましたけれども、海上保安庁はこの種海上犯罪の予防策について現状においてはどういうことを考えておられるかということについてお答えいただきたいと思います。
この質問1個で警察バッシングの主体が共産党だったかのように言うのはさすがに誇張が過ぎるかと思う。
狙撃問題に敏感だったのはむしろ共産以外の野党だったようだ。16日衆院地方行政委員会では社会党・公明党・民社党の議員が射殺の適法性などについてかなり細かく追及しているほか、社会党広島県本部は「見せしめの意図が濃厚」と県警本部長に公式に抗議している(朝日新聞1970年5月16日)。
朝日新聞が叩いた → それほどでもない
これも当時の記事を調べた。
朝日新聞はまだ事件が継続中の13日朝刊時点で「射殺もやむなし」との見出しと共に警察の狙撃準備を報じたり、「正当防衛として犯人射殺もやむを得ない」との識者の意見を紹介したりしている。
狙撃が決行され犯人が死亡した後の同日夕刊には、「そ撃をこうみる」の見出しで4人の識者の見解が載っている。それぞれ「やむを得ぬ処置と思う」「見せしめとしても必要」の題で2人の肯定派、「発砲は当局の行過ぎだ」「こういう風潮に危険性」の題で2人の否定派の考えが紹介されていて、バランスを考慮しているように見える。
翌14日朝刊天声人語では、「状況からみて、やむを得なかったかと思う」としつつ、狙撃手が犯人の体のどこを狙って発砲したのか、本当に殺すまでする必要があったのか検証が必要との意見も述べている。
同日社説では「さらに広がる被害の可能性を考えれば、そ撃という最後的な手段も、やむを得なかったのかも知れぬ」と概ね肯定的だが、あくまでも今回は特殊な場合であり拡大解釈されてはならないとしている。
総じて朝日新聞は必ずしも狙撃の判断を全面的に支持したわけでもないが、かといって過剰なバッシングをしている様子は無い。反対意見の急先鋒が朝日新聞にあったとは到底言い難い印象である。
狙撃手が自殺 → ソース不明
当時の新聞には狙撃手となった警官の実名まで載っていたので事実であれば調べるのは難しくなさそうだが、情報源を見つけることはできなかった。信用に値する話ではないだろう。
なおフジテレビ「奇跡体験!アンビリバボー」で事件を扱った回の放送内容には、「裁判でのちに正当な行為と認められ、無罪が確定したが、判決まで数年間、彼は精神を病むほど辛い生活を強いられたという」との情報がある(なお上述の通り警官は不起訴になっており「裁判で無罪が確定」は不正確)。
(※以下追記)
はてブコメントで指摘してもらったので、当時の警察庁長官・後藤田正晴氏の回顧インタビュー本を確認してみた。シージャック事件に関して以下のような言及がある。(『情と理―後藤田正晴回顧録<上>』後藤田正晴著・政策研究院政策情報プロジェクト監修、講談社、1998年、250-251頁。2006年に加筆修正の上文庫化されているが下記内容は同じ)
(※引用注:狙撃に関して、後藤田) これだけで、僕は国会で三時間とっちめられた。なぜ犯人を射殺したんだということでね。その僕をとっちめたのが、群馬県から出ている山口鶴男さんだ。まあ山口さんもわかってやっているんですけれどね。これは万やむを得ない、最後の手です。しかもかわいそうなのは、その時の射手をマスコミが嗅ぎつけたんだな。これは圧力を受けたね。辞めた。かわいそうなことだ。
――警察は守れなかったんですか。
後藤田 新聞記者が張り付いているから、撃った者の写真から何からあるわね。射撃手は一人だけではないんです。ほかの人も並べてやるんですけれど、こういうときは、やはりいちばん腕のいいのがやる。変なところに当てられたら困りますからね。かわいそうだった。自分でたまらなくなって辞めちゃったんだね。
とのことで、つまり狙撃手の方は事件のことが原因で自ら辞職されたそうである。この証言の信憑性までは確かめようがないが、当時の警察トップの話なのでそれなりに重みはあるだろう。だが自殺したという話は特に出てきていない。
ついでに当時の国会追及について、後藤田氏にとって最も印象深かったのは社会党の山口鶴男議員だったということも分かる。当時国会で狙撃に関して質問した何人かの議員の中でなぜ山口氏だけが名指しで言及されたのかはよく分からないが、とりあえず山口氏は共産党ではない。