産科医逮捕に困惑(朝日新聞)

2006/3/8の朝日新聞2面に、福島県の大野病院産婦人科医逮捕に関して、医師側からの抗議の声も含めて掲載されたようです。抜粋しておきます。

『産科医逮捕に困惑』

帝王切開手術のミスで、福島県の県立病院に勤める産婦人科医が業務上過失致死と医師法違反の疑いで逮捕された事件の波紋が広がっている。県警は『逮捕は病院関係者と遮断するため』としているが、医療関係者らは『逮捕する必要があったのか』と疑問の声を上げ、産科医療の担い手不足に拍車がかかると心配する。国が明確な基準を示していない『異状死』の届け出義務違反に問われたことも医療現場を困惑させている。

手術の経緯(県立大野病院医療事故調査委員会の報告書から)
04年11月23日 切迫早産などで入院
12月3日 超音波検査などで子宮後壁に付着した部分前置胎盤と診断
14日 女性と夫に輸血と子宮摘出の可能性を説明、女性は子宮温存を希望
17日 医師に外科医、麻酔科専門医、看護師4人(のち5人)が手術を担当。輸血用の濃厚赤血球5単位(1単位は血液200ミリリットル中の赤血球に相当)を準備
14時26分 手術開始
37分 胎児を取り出す。手で胎盤をはがし始めるが子宮下部は剥離が困難なためクーパー(手術用ハサミ)を使用。
50分 胎盤をはがす。総出血量約5千ミリリットル。濃厚赤血球5単位輸血。
15時15分 いわき市の血液センターに濃厚赤血球10単位発注
15時35分 全身麻酔に移行
16時05分 濃厚赤血球10単位を追加発注
30分 1回目発注の濃厚赤血球が到着、輸血
総出血量1万2千ミリリットル
子宮摘出手術開始
17時30分頃 2回目発注の濃厚赤血球が到着、輸血
その後,子宮摘出
18時00分頃 心室細動、蘇生開始
19時01分 死亡確認

聴取1年『なぜ今…』

『1人でがんばっている医師の逮捕は非常な衝撃だ』。県立大野病院の産婦人科医が先月逮捕されて以来、県や県警には全国から抗議のメールや電話が殺到している。

 事故調査委員会の報告書が公表されたのは05年3月。県は医療ミスを認めて遺族に謝罪し、医師を減給1カ月の処分にした。その後も、遺族との和解に向けて交渉を続けてきた県は『なぜ今になって逮捕なのか』といぶかる。最初の聴取から約1年。医師も『良心に恥じる行為は何らしていない』と弁護士に話している。

 癒着胎盤を出産前に確実に診断することは難しい。ただ、前置胎盤の場合、癒着胎盤の可能性が高くなる。

 医師は癒着していた場合に備え、子宮摘出の可能性を事前に女性や家族に説明していた。
 
 一方、遺族はいまも県や病院側の謝罪を受け入れていない。

『訴訟・激務、医師離れ拍車』

『お産は無事が当たり前のように思われているが,常に危険は伴う』。ある産婦人科医は話す。

厚労省研究班が04年に約2500人の産婦人科医を対象に意識調査をしたところ、4人に1人が『産科をやめたい』と答えた。主な理由は『診療業務の負担が大きい』と『医療事故・医療訴訟が多い』。医師側からみると産科は敬遠される要素の多い診療科と言えそうだ。

 病院と全く無縁というわけにはいかないでしょうから、社会は、なぜこの事件に対して医者がここまで怒っているのかを知る必要があります。僕らが身内の「犯罪」を隠蔽したりかばったりしているわけではないということを冷静に考えて欲しいのです。本当に、医者側の悪質な行為があれば、それは他の真っ当な医者にとっては迷惑な話であり、医者という立場から糾弾もするでしょう。しかし、今回、多くの医者がここまで怒り、学会や医会、医師会などが様々な抗議声明を出し、普段はどちらかというと少し歪んだ医療報道をする印象の強い朝日新聞が、この一連の動きをとりあげるという意味を考えて頂きたいのです。
 こうして「良心に恥じる行為は何らしていない」医師が逮捕されるなどという馬鹿げたことが起こってしまったわけですが、それでもなお、医師側からの抗議を「人一人殺した身内をかばい合っている」とか「訴えられるのが怖いから僻地から撤退なんて、日本の医者というのはなんと倫理観がないのか」と、全く今回のケースを理解していない声が多くて、正直うんざりしています。
 応召義務があるという以前に、多くの医者は、困っている人を助けるという正義感を持ち、世界レベルでみて、圧倒的に安い賃金で長時間の激務を強いられても、目立った抗議もせずに、なんとか診療を続けてきていたと思います。
 かつては、その自己犠牲の部分を患者さんも感じてくれて、お互いにそれを感じあい、思いやりながらやってきたのだと思います。救急車の利用や、救急外来受診も、本当に必要な時だけにしようという思いもあったはずです。
 いつの間にか、その自己犠牲は、患者さんにとっては「当然の権利」のようになってしまっていました。それでもなお、少しずつわいてくる不満もなんとかのみこんで、「弱者」である患者さんに優しくあれと思い続けてきたのだと思います。それが、仇となってかえってきたのです。
 今回の事件で、医者たちのモチベーションが、もの凄い勢いで下がっています。いままで、声にあげることを良しとせず、のみこんできた不満が一気にはき出されているのもその一環だと思います。
 僕は、逮捕された産婦人科医を全力で応援します。具体的には、寄付くらいしかできていないんですが、不起訴あるいは無罪というのは当然として、逮捕という決定に関わった人々の責任も追及して欲しいと思っています。