あるレストランにて

 準備中のレストランのドアを開けて入ってくる客。
「大変申し訳ありませんが、今日の営業は終了させて頂きました」
「そうは言っても、このあたりには、他に食事ができる場所もないし、私はとても空腹なのです。お金を払う客なのですから、多少融通きかせてくださいよ」
「そうですか。営業時間と全く同じというわけには参りませんが、それほどお困りであればお食事をお出ししますよ」
「じゃあ、チャーハンとスープをください」
「あのお、大変恐れ入りますが、私どもはイタリア料理店でして、チャーハンというのは対応しかねますが」
「メニューにライスありますよね」
「はあ。ございます」
「じゃあ、材料はあるし、料理人もいるんですよね」
「おりますが、専門外です」
「専門外と言っても、料理人は料理人だから、チャーハンくらいつくれるでしょう?」
「つくってつくれないことはございませんが、専門外ですので、お客様に満足頂けるものをご用意できるかどうかわかりませんが」
「まあ、とにかく素人じゃないんだからできるでしょう。早くつくってください」
 食事をする客。
「おいしくないよ」
「はあ、あらかじめ申し上げました通り、チャーハンは専門外ですので」
「専門外っていったって、きちんとお金を払ってるんだから、ちゃんとしてくれないと困りますよ。これ、ちゃんと中華鍋使いました?」
「いえ。イタリア料理店なので、そういった道具はございませんし、営業も終了しておりますので、使える道具も限られております」
「私がいろいろ調べたところによると、中華鍋としっかりした火力を使わないとチャーハンと呼べないんですよ。金華ハムも入ってませんよね」
「ええ。まあ、チャーハンというもののとらえ方もいろいろあるでしょうし、材料もいろいろかと思いますが」
「以前訪れた店の料理人は、それはチャーハンじゃないと言っていたよ」
「はあ。そうですか」
「こっちは高いお金払って注文してるのに、なんだその責任のなさは! 料理人だから、料理に責任持ちなさいよ」
「…」
 レストランだったら、「じゃあ帰れよ。その以前訪れた店に行けよ」って言えるかも知れませんが、病院はそもそも応召義務という奴で、来る者拒まず診るわけです。問い合わせの段階で、「うちは脳外科がないので、頭の検査ができませんし、専門外の医師が診ますがよろしいですか」と話していても、実際の診療で、できる範囲での診察をし「専門医に搬送するほどではないと」いう説明をしても、「検査もしないで、本当に異常がないと言えるのか。本によれば、数時間おいて出血がおこるケースもあるそうじゃないか。前の先生は、何とかという薬を使わなくちゃダメだといっていたからそれを出さないのはおかしいんじゃないか。そもそも先生専門じゃないのにそんなこと言えるんですか?」と、だったら最初から違うところに行ってくださいって話なのです。また、後で証拠に残りにくい「神経学的所見」だとかそういうものは、後で急変したときに「カルテを改竄したのではないか」なんて言われてしまう始末。結果論でものを言ってもどうしようもないんですよね。症状があらわれにくいものというのはあるし、その時点での判断で、どこまでの検査をするかを決定しないといけないわけですから。おおむね大丈夫だと思えば「現時点で大きな問題は無いようですが」という説明をしますが、いくらかの確率で疾患は隠れています。それを見つけられないのはミスではないと思うんですよね。無論、正診率をあげる努力はしますけれど。
 そして、「専門医の不在」とかいって、そうやってもめるのがわかっているからこそ、前段階で病院の体制を説明していても、そもそもそういう人は、人の話を全くきいておらず、自分に都合のよい解釈しかしないことが多いようです。
 緊急性は空腹で訪れる深夜のレストランという例えには一致しないかも知れませんが、大筋で、この例え話は、決して大袈裟ではなくて、僕らが日常の診療の現場で直面していることなのです。そして、調味料の使用の仕方が専門家の意見に照らし合わせると不適切だったとか、事前に調理内容に関して十分な説明と同意が行われなかったとか、火傷の可能性についての説明が無かったとか言って訴えられたりするんですよね。やってられないですよ。