「コミケにありがちな誤解」が誤解

同人市場の主流は成年向け二次創作

コミケにありがちな誤解 - ビジネスから1000000光年

(……)それによると「キャラをパクったエロ漫画」、いわゆる「エロ同人誌」と認識されているものの大半はジャンルコード200「男性向」に集約されている。その数、4050サークル。
(……)それでは、コミケ全体に占めるその割合は? ……上記記事の円グラフによると、驚くなかれ、わずか11%。約35000サークルが参加するコミケ全体で見ると、男性向ジャンルはさほど多くはないのだ。

それでは、「キャラをパクったエロ漫画」は、コミケの一割に過ぎないのだろうか? もちろん、そんなことはない。

元エントリの批判先記事よりも、そちらの方がよほど誤解だと思う。原文のすぐ後には、美少女ゲーム系ジャンルの7%が足されているが、それだけではなく、後述の要素を無視している。

同人市場の主流は成年向け二次創作であり、「キャラをパクったエロ漫画」(という表現が適切かどうかはさておき)というのは、同人誌全体とイコールではないが、傾向として間違っていない、と私は考える。

ちなみに、このエントリでは、元エントリ・その言及エントリの論点ではないから、「そもそもコミケは商業主義ではなくかくあるべき」、というような「べき論」は持ち込んでいない。

エロとやおいは全く別のものか

すでに元エントリに多くのコメントが寄せられているので、どうしても後出しになってしまうのだが、まとめの意味も込めて、反論となる論点をひとつずつ挙げていく。

まず、女性向けにも「キャラをパクったエロ漫画」がある。従来、やおいは雰囲気を重視するとされてきたようだが、近年では即物的な表現も見受けられる。

「女性向け」と「成年向け」は両立可能な概念で、しかも女性の成年向けは誤差として無視できる数ではないのだから、エロだけじゃなくて女性向けもある、という主張はできないだろう。

先の男性向けと美少女ゲーム系のジャンルを合わせると18%だが、女性向けかつ成年向けが男性向け(成年向け)と同数あると仮定したら、それだけで「俗説」の約3割になってしまう。

本当に男性向けに集約されているか

そして、「エロ同人誌」の大半が「男性向」に集約されている、というのは実態と全く違うと思う。壁を中心にしつつ、各ジャンルに分散している。

コミケがそういう分散形態を取るのは、元エントリにもあったように、人が集中し過ぎると安全上問題があるので、無理に1ジャンルに集約させないという、運営側の判断もあるだろう。というより、そもそも壁サークルを壁に配置することで分散している。

また、「誌」ではないが、「キャラをパクったエロゲーム」やグッズもある。たしかに元エントリの批判先は「同人誌」といっているのだが、見落とされがちだがこのようなジャンルもあるのだ、と指摘する元エントリの論旨からいって、それらを除くのは妥当ではない。

サークル数、搬入・販売部数、売上金額

サークル数でなく、搬入・販売部数や売上金額で見れば、正確な数字は出せないが、成年向け二次創作の割合が増えるのは確実だろう。

たとえば、1万部売る壁サークルと10部売るサークルというように、極端な違いがあるので、サークル数と部数や売上は、かなり差が出てくると予想できる。「2割の上位サークルが8割の部数を売る」というように、逆転してもおかしくない。

そして、本を買う一般参加側まで含めて考えたときに、部数が多いということは、そのジャンルの人数が多くなるということを意味する。約3万6千サークルに対して約50万人の一般参加で、人数としては読者側の方が多い*1わけだが、やはり成年向け二次創作の本の購買者が、多数派ではないかと思われる。

さらに、少部数に向くので趣味で出されることの多いコピー本が、100〜200円と安価で売られるのに対して、成年向けは表紙がカラーのオフセット本が多く、価格設定が高めだ。だから、同じ部数でも、売上は高くなる。

実は、健全・創作の売上自体は、そんなに低くないかもしれない。しかしそこには、『ひぐらしのなく頃に』が億単位の売上(追加注・これは一回ではなく通算の話だが)をあげて、1作品だけで結構な割合を占めている、といった大きな偏りがありそうだ。

コミケ以外の同人流通

元エントリはコミケに限定しているが、同人流通ではサークル数、納品・売上部数、売上金額において、成年向け二次創作の方が多いと推測できる。

コミケは抽選でスペースを与えるが、同人ショップは売れない本を置かないからだ。じっさい、店頭やサイトのランキングなどで目に付くのは18禁本だ。

また、ダウンロード同人流通大手の「DLsite」を見ても、成年向けの方が、ダウンロード数、売上金額のいずれも圧倒的に多い。じっさい、過去のランキングや新着を一瞥すれば、販売数の桁がひとつ違うように、DLでは成年向きへの偏りが大きい。

もちろん、元エントリはもっぱらコミケの話をしているが、「同人誌」の「儲け」を考えるのであれば、同人ショップ流通まで含めて考える方が適切だろう。

同人は儲からないか?

「儲け」の水準設定による。元を取れるかどうかの黒字レベル、喰っていけるかどうかの専業レベル、他の職業より収入が高い成功レベル、と三つに分けたとしよう。もし成功レベルにハードルを設定すれば、おそらく「儲かるのは壁だけ」。

しかし、同人流通路の開拓によって、壁クラスでなくても専業同人が成立するくらいには、同人市場は大きくなっている。壁くらいでないと成功レベルほど儲からないとしても、必ずしも喰えなくはない。

そう言えるのは、DL同人の観察から来ている。ただしもちろん、成年向け二次創作で、かつ、ある程度メジャーか流行のジャンルでないと、それなりの技術や才能や知名度がない限り、専業は難しいだろう。

なお、オフセット本は当然の前提となる。同人ショップがホチキス止めのコピー本を扱わないのと、部数を多く刷って一冊あたりの印刷代を低く抑えるためだ。経費の問題については、地方なら通販・ショップ売りオンリーという手がある。しかしDL流通なら、さらに経費が少ない。

同人業界は儲からないか?

個人の視点ではなく市場全体で見れば、儲かっている、少なくとも拡大はしていると言える。矢野経済研究所の調査によると、同人市場は約550億円の規模だと見積もられている。

同人流通大手の「虎の穴」一社だけでも、50億円以上の同人誌・同人アイテム売上があるので、全体でそれくらいあっても、全然おかしくない。

これは、たとえば成年向けゲームの市場より大きい規模を持つ。だから、他の商業市場を上回って儲ける程度の能力はあるとは言える。

ブログにありがちな誤解

ここまで述べてきたのは、元エントリは、要するにサークル数のみから語っているから、視野狭窄だということにほかならない。ジャンルごとのサークル数が正確だとしても、その扱いは恣意的である。

コミケのサークル数は分かりやすい数字が出ているからといって、それで説明できる範囲に問題を切り詰めてしまうと、かえって実態から遠ざかる。すなわち、誤解する。

たとえば、専業主婦で収入がないということから、貧乏だろうという結論を出すのは、妥当ではない。単に貧乏な場合もあるかもしれないが、専業主婦ができるくらいだから、夫が高収入で家庭全体では裕福だ、という場合もあるだろう。

かりに健全創作のサークル数が多いとしても、それは同人市場の主流なのではなくて、いわゆる「ロングテール」をなしており、ヘッドにあたる壁の方が売上の大部分を持って行く、というモデルなのではないかと捉えている。

*1:サークル入場で入った人間がサークルの人間だとすれば、入場券の枚数に制限があるため、一般参加の方が確実に多くなる