Googleは「政府」になるつもりかもしれない


数年後にはGoogleはエコノミストの主要な就職先になってるかもと、最近のGoogleの動きを見てて思った。



無線帯域へのオープンアクセスの確保こそがGoogleの真の狙いだった


先ごろ行われたアメリカの700MHz帯の周波数オークション。このオークションでGoogleは全く帯域を落札することが出来ず、結局Verizonとかの既存の携帯キャリアがすべての周波数帯を落札した。そしてこれはGoogleの敗北だと報道された。でも僕にとっては、これはGoogleの勝利にしか見えない。


実際、Googleはオフィシャルブログで勝利宣言を出しているのだ。


⇒はてなへの転職のご報告 - I 慣性という名の惰性 I

オークションの結果だけを見るとGoogleは結局自前の帯域を落札することは出来ませんでしたが、Googleはオフィシャルブログで次のような勝利宣言を高らかに掲げました。


⇒Official Google Blog: The end of the FCC 700 MHz auction

一つはっきりとしていることがある。Googleは帯域ライセンスをなんら獲得しなかったが、このオークションはアメリカの消費者に大きな勝利をもたらした、ということだ


one thing is clear: although Google didn't pick up any spectrum licenses, the auction produced a major victory for American consumers


このオークションに入札するに当たってGoogleはFCCに対して「700MHz帯の無線サービスはオープンアクセスを義務付ける」という条件を飲ませている。そして、これこそがGoogleが真に求めていた果実だと思う。




そして、Googleがこのオークションに負けるはずがないと思うもう一つの理由に、GoogleにはチーフエコノミストしてHal R. Varianがいるということがある。



エコノミストが仕掛けた『罠』


Hal Varianとは先ごろ僕も紹介した「ネットワーク経済の法則」の共著者だ。そういったバックグラウンドを持つエコノミストが周波数オークションについての分析をやってないはずはない。そしてこの分野のバリバリの専門家であるHal Varianがついていながら、Googleが周波数オークションなんかで無様に負けるはずはない。


実際にこういう指摘もある。


Cowen & Coのアナリスト、ジム・フリードランド氏は、通信業者が自社のネットワークに乗せる端末やサービスの実権を握っていることについて、「Googleは最初から、実際に通信ネットワークを敷設する気はなかった。究極の目標は、閉ざされたネットワークを開放させることだった」と指摘する。


僕はGoogleが(というかVarianが)このオークションに「経済学の罠」を仕掛けたんじゃないかと思っている。一つが「勝者の呪い」、もう一つが「コンテスタビリティ理論」だ。



「勝者の呪い」:高い買い物をした携帯キャリア


オークションには常に一つの問題が付きまとう。それが「勝者の呪い」だ。


「勝者の呪い」とは、オークションの落札価格が本来の価値を上回ってしまうという問題。例えばヤフオクでもなんでもいいんだが、自分にとって「1万円」の価値しかないものを、なぜか頑張っちゃって「2万円」とかで落札したようなケースを想像してもらえばいい。


この「呪い」がなぜ起こるかをものすごく単純に説明すると、ようは「落札してみないと『真の価値』がわからないという不確実性があるから」とでもなる。そしてその罠にVerizonとかはおもいっきりはまった可能性がある。



「潜在的な競争者」という恐怖が競争をもたらす


Googleは、というかVarianは冷静に「700MHz帯のオープンアクセスさえ保証されれば実際の帯域なんかいらねー」と思っていただろう。が、Googleは「オープンアクセス条件が保証されれば自分たちは必ず応札する(ただし最低応札予定額くらいしか払わないけどね)」と言っていた。


この発言も経済学のコンセプトで説明できる。「コンテスタビリティ理論」だ。


「コンテスタビリティ理論」とは、これまた大雑把に説明すると「仮に独占(寡占)市場であっても、常に新規参入の脅威が存在すれば、その独占(寡占)市場にも競争がもたらされて効率化がなされる」という理論。アメリカの航空産業の規制緩和とかの際の理論的根拠としてはやった理論だ。


実際はこの「コンテスタビリティ理論」が成立するにはかなり非現実的な前提条件が満たされてないといけない*1ということが明らかになっているので、現在ではあまり持ち出されることも少ない理論だったりするんだが、今回の周波数オークションにあたってGoogleは(というかVarianは)この理論の実験をやったような気がしてならない。


そしてこの「コンテスタビリティ理論」における「脅威としての新規参入の可能性」としてGoogleが振舞うために、例えばAndroidなんかがあり、さらにGoogleの潤沢なキャッシュがあるのではないだろうか。



クリック数の減少と広告費とGDPの関係


話は変わる。


ちょっと前にGoogleの広告クリック数が減少したというニュースが出た。


このへんあたり。
⇒グーグル、検索広告のクリック件数が2月も減少 NIKKEI NET(日経ネット):米DJニュース
⇒グーグルのペイドクリック成長率、2月は3%--JPモルガン報告:マーケティング - CNET Japan


これらの記事の中でアナリストの見方は二つに分かれている。一つは「Googleの成長も鈍化し始めた(アメリカの景気後退の影響があるとはいえ)」というもの、もう一つは「Googleの工夫によって広告の精度が上がったのでクリック単価を上げることができるので、Googleはより成長する」というもの。


ただ、この両者の見方に欠落している視点がある。それは広告市場というものはその国の経済規模、言い換えればGDPに対する比率が非常に安定しているという点だ。


以下のチャートは日本の広告費の対GDP比率の推移を示したものだ。


電通「日本の広告費」より



このチャートを見ると、日本の広告費はGDPの1.1%程度の水準で推移しているのがわかる。ちょっと上向いたのは1989年から1991年のいわゆるバブルの時期と2001年から2002年のITバブルの時期くらいだ。そして増えたと言っても1.24%とかで、劇的に増えているわけではない。


何が言いたいかというと、「広告とは様々な産業活動の一コスト要因に過ぎない」ということ。わかりにくい言い方だが、ようは「広告費」っていうのは「物流費」とかと性質が同じなんじゃないかということ。


何か製品を売るという行為には、ほぼ必ず物流費がかかる。工場から店頭に商品を運ぶにも物流費はかかるし、原材料を運んでくるのにもかかる。通販だって宅配業者に最後は運んでもらうわけで、商行為があるところ必ず物流費が発生する。広告費もこれと似たような側面があるんじゃないかってこと。


そして企業はこの物流費を常に削減しようと日々頑張っている。つまり物流効率化。そしてGoogleがAdSenseとかAdWordとかで目指しているのは、広告における「物流効率化」なんじゃないだろうかということ。




実際にGoogleもこういっている。


グーグルは、クリック件数が減速している要因として、ユーザーが誤って広告にクリックすることを少なくするサイトのデザイン変更など、グーグル自身が行ってきた改善努力がもたらした可能性があると主張してきた。

そこでGoogleは,新たにランディング・ページのロード・タイムを評価指標として取り入れる。具体的には,ロード・タイムが長い場合は対象キーワードのQuality Scoreを下げ,最低クリック単価を高くする。ロード・タイムが短くなればQuality Scoreを上げて最低クリック単価を下げる。

Googleは、あたかも物流費のように「広告費の効率化」を目指しているんじゃないだろうか。



Googleが得ようとしている「果実」はとんでもないものかもしれない


上で述べてきたようなこれら一連のGoogleの行動って経済学の発想そのものじゃん。それは「市場に公正な競争が起きることでパレート最適が達成される」って発想。700MHzではオープンアクセスを主張し、広告市場ではターゲッティング精度を上げて効率化を進めようとしている。


そして僕が「恐ろしい」と思うのは、Googleは本気でこの「パレート最適」を目指しているんじゃないか、そしてそこから利益を得ようとしているんじゃないかということ。




通常の企業も激しい競争をしてるわけだが、そこにはある一つの前提がある。それは「この競争に勝って市場を独占(寡占)してしまえば、後はウハウハ」ってやつだ。AppleがiPodやiTunesやiPhoneで市場の大半を押さえてしまえば、あとはAppleのやりたい放題だ。ドコモだろうがなんだろうが、企業がシェア争いをするのも結局は「独占」という桃源郷を求めての行動だ。


でもGoogleは違うかもしれない。彼らは「市場が効率的になればなるほど経済は活性化する」という経済学の命題に基いて、そういった「効率的な市場」を作り出すことを目指しているように思えてならない。例えば「広告費」なんてものは経済活動の拡大でしか成長できない産業だということを考えれば、Googleの行っている「広告ビジネス」の究極的な目標は「広告費のシェア争い」なんかではなく「経済活動の拡大」なんじゃないだろうか。


Googleは「独占企業」として振舞うのではなく、あくまで「市場を競争的・効率的に保つための装置」として振舞うことを目指しているように思えてきた。あたかも「公正取引委員会」のように。もっといえば「政府」のように。


そしてその「効率的な市場」で行われる商行為というトランザクションのすべてからちょっとずつお金をもらうことをビジネスとしようとしているんじゃないだろうか。まるで政府が徴税権を行使するように。


MicrosoftのYahoo!買収に異議を唱えてみるのも「公正取引委員会」として振舞うのであれば、ごく当然の反応とも思える。


そうやって考えると、例えば「Official Google Blog: Salesforce for Google Apps」というニュースに僕は得体の知れない凄みを感じてしまう。



Don't be Evil


Googleのモットーである「Don't be Evil」という言葉を、僕は今まで「私企業として」のものだと思っていた。そして少なからず違和感を持っていた。中国の検閲手伝ってるし、プライバシー問題でも叩かれてるのになにが「Don't be Evil」だよ、と。しかしもしGoogleが「政府」や「公正取引委員会」を目指しているのであれば意味が変わる。


そして僕は今、「Don't be Evil」というフレーズは「政府」にこそ似合う言葉だと思っている。


最後にGoogleのバイス・プレジデントのMarissa Mayerの言葉を引用しとく。この発言が私企業の役員のものだと思うと奇異に感じるが、政府高官の発言だと思うと違和感がなくなるのは僕だけだろうか。

"I think that what we're doing is very meaningful, it's very important, it's serious, it has large-scale ramifications for people in their lives and as a result we need to take it very seriously and we should be held to a very high standard regardless of whether it's self imposed or imposed through public scrutiny."


われわれのやっていることは非常に意味のあることだと思っています。重要で、重大なことです。われわれの活動は人々の生活に大規模な派生的影響を持っています。結果として、われわれはこのことを非常に真剣に捉えなければいけませんし、また自らに非常に高い規準を課すべきでしょう。それを自ら課すのか、国民の審査によって課せられるのかにかかわらず。


⇒Don't Be Evil or don't lose value? - BizTech - Technology - smh.com.au

*1:例えば参入・退出に当たってのサンクコストはゼロとか