私生活の記述が入試問題になる

昨年度の北海道大学に続いて、今年は中央大学の入試で拙文が問題文に採用されたらしく、日本著作権教育研究会というところから「著作物利用許諾のお願い」が来た。
昨年春に出た共著本『高学歴女子の貧困』(光文社新書)の中の、私の書いた章「「アート系高学歴女子」の成れの果てとして、半生を顧みる」の一部である。ちなみに私自身は特別「高学歴」ではないし「貧困」(だった)とも言えないのだが、「一人くらい毛色の変わったのも」ということで一番最後に執筆依頼が来、話の内容上、かなり個人的なことも含めて書いた。
引用されたところは、その中でも特にプライベートな結婚生活についての箇所だった。設問を読んでいて、どんどん落ち着かない気持ちになった。


以下、引用箇所。**で括ったところは、実際には傍線が引かれ番号が振ってある。

 あるとき、他分野の予備校非常勤講師で *同学年の人と知り合い、つきあって* (傍線部1) 四ヶ月足らずで二七歳の時に結婚した。それまで結婚という人生設計はまったく考えていなかったので、若気の至り(には少し遅いが)のようなものだ。インドアタイプの芸術系で少し面倒臭い男(= *自分の鏡* (傍線部2) )ばかり見てきた私には、理系(生物)+体育会系で行動も言うこともシンプルな彼は新鮮に映った。向こうも「珍種発見」と思ったようだ。
 私も夫も週に四日、それぞれ半日くらい授業に行くという生活だが、夫は私と違って家でのデスク仕事もあったため、家事の八割は私がやっていた。子どもがいなかったのでそれほど負担ではなかったが、私にはデスク仕事の代わりに制作があり、特に個展前になると家事やその他の付き合いに時間は割けない。夫はもちろん私の活動に口出しはしなかったが、家事分担問題ではしばしば揉めた。
 一九九〇年代初頭、団塊ジュニア世代が受験期を迎えたことで大手受験予備校は急成長し、夫のコマ単価は高くなり仕事量も増え、結婚当初そう変わらなかった年収がみるみる *引き離されていった* (傍線部3) 。美術系予備校も学生数は増えていたが、普通大学受験コースの規模には敵わない。
 収入が大幅に違ってくると、それはやはり家事分担問題に反映される。こちらは相手に対し、あまり「家事やって」とは言いにくくなるものである。 *幸か不幸か* (傍線部4) 、私の方は一時的に授業コマが多くなる時期はあっても、全体としては増えていかず、相変わらず週の半分近くは家にいて制作に打ち込める身だった。結婚後の私の制作・発表活動は、明らかに夫の収入に支えられていた。
 最初のうちは「私がほとんど家事やってて不公平、もっと年収があったらなぁ、チクショウ」と思っていた私も、次第に「昔の芸術家にはパトロンがいた。売れない作家は小金のある親族か稼げる配偶者に食わしてもらうもの。 *それと同じだ* (傍線部5) 」と考えるようになった。まあパトロンというにはスケールが小さかったが文句は言うまい。言えるような立場ではない、と。
 でも自分が稼げないことに、引け目が全然なかったと言ったらうそになる。夫にはよく「そろそろ売れる作家になって食わせてくれ。そしたら俺、専業主夫になるから」などと、半分冗談半分嫌みで言われたが、内心期待していないことはわかった。ぜんぜんもうからないのによく続けてられるな、まあ何言ってもこの人はやめそうにないからしょうがない、と思っていたのかもしれない。
[中略]
 結婚してからもう二七年が経過したが、やっぱりアートを理解しない理系の体育会系とは無理だと思い詰め、別居状態になった期間もあった。細々と仕事を続けたのは、夫婦とも雇用が不安定で何の保障もない非常勤なので簡単に辞めるわけにいかないのと、万一離婚ということになった場合、たとえ二百万円代であっても収入の道を確保しておかねばという気持ちがあったからだ。これはおそらく既婚の勤労女性のほとんどすべてが、*一度は考えること* (傍線部6) だろう。
 私の場合、結婚後に夫の収入が上がり(ピークを過ぎるとまた徐々に下降していったが)こういうかたちに落ち着いたのだが、最初からある程度経済力のある男性と結婚して仕事をやめ、セレブ専業主婦になって制作に専念する人もたまにいる。アート業界はコレクターなど富裕層が集まりやすい世界なので、当然、上昇婚を果たす女性もいるのだ。そういう人を陰で「奥様作家」と呼んだりする。その言葉には「あくせく稼がなくてよくて羨ましい」「優雅なご身分だなぁ」という若干の羨望も混じっている。
[中略]
 女性に限って多いのは、子育てが忙しくなって次第に制作から遠ざかるというケースだ。その中には、子どもの手が離れてから、活動を再開する人も時々いる。男性は仕事のキャリアを積み重ねていけるのに、女性は中断を余儀なくされるという問題にも似て、外部からは「あのまま頑張っていたら、今頃は◯◯ギャラリーの看板作家だったのに」といった視線で見られたりする。そういう先輩を見て、「結婚なんかしたら家事育児に追われて、制作に注ぎ込む時間がなくなる」と、独身を貫く女性アーティストも少なくないだろう。
 結婚せずに制作活動を続けてアーティストとして著名になった人と、結婚して中断し業界からは忘れられた頃にまた再開した人を、 *一概に比較することはできない* (傍線部7) と私は思う。もしその人がアーティストではなく企業に勤める人であれば、明らかに昇進コースから外れ、やりがいのある仕事を諦めねばならなかったということになろう。生涯賃金も大きく違ってくる。しかしアートは会社の仕事とは違う。それはお金にすることもできるが、本質的にはお金のためにすることではない。子どもをもたずに作品を作り続けた場合と、子育てに一定期間集中してから後に再開した場合と、どちらがその人にとって良かったか、優れた作品を作れていたかは、誰にもわからないのだ。


問題文は以下の通り(pdfのスクショを撮ってみたが可読性が低いので書き起こした)。

問一 傍線部1「同学年の人と知り合い、つきあって」とあるが、二人はお互いをどのように思っていたのか。次のA〜Dの中からもっとも適当なものを一つ選び、解答用紙にその記号を書きなさい。
 A お互いに、とてもすばらしい、自分の理想に合った人だと思っていた。
 B お互いに、自分と性格や考え方が近い、つきあいやすい人だと思っていた。
 C お互いに、一般の人にはない特別な行動をする、変わった人だと思っていた。
 D お互いに、自分とはずいぶん違った、今までに見たことのないような人だと思っていた。

(はっ恥ずかしいw)

問二 傍線部2の「自分の鏡」とはここではどのようなもののたとえか。次のA〜Dの中からもっとも適当なものを一つ選び、解答用紙にその記号を書きなさい。
 A 自分にはわからない、自分の本当の姿が見えるもの
 B 自分がどのように見えるのかを教えてくれるもの
 C 自分にしかわからないものを見せてくれるもの
 D 自分とよく似ているように見えるもの

(うう‥‥)

問三 傍線部3「引き離されていった」とあるが、何が何に「引き離され」たのか。適当な語句を解答用紙に書きなさい。

(そんなことわざわざ聞かないで‥‥)

問四 傍線部4「幸か不幸か」とあるが、これは何についてそう述べているのか。次のA〜Dの中からもっとも適当なものを一つ選び、解答用紙にその記号を書きなさい。
 A 夫の収入が増えたが、筆者の収入が増えないこと
 B 筆者の収入は少ないが、制作する時間があること
 C 筆者の収入は少ないが、夫の収入に支えられていること
 D 夫の収入が増えたが、家事をやってもらえなくなったこと

(勘弁してください‥‥)

問五 傍線部5「それと同じだ」とは、何と何が同じなのか。次のA〜Dの中からもっとも適当なものを一つ選び、解答用紙にその記号を書きなさい。
 A 昔の芸術家にパトロンがいたことと筆者の夫が家事を分担してくれること
 B 昔の芸術家にパトロンがいたことと筆者の制作活動が夫に支えられていること
 C 売れない作家が稼げる配偶者に食べさせてもらうことと筆者が働かず制作活動をすること
 D 売れない作家が稼げる配偶者に食べさせてもらうことと筆者が家事のほとんどをやっていること

(ひぃ。。。)

問六 傍線部6「一度は考えること」とあるが、何を考えるのか。次のA〜Dの中からもっとも適当なものを一つ選び、解答用紙にその記号を書きなさい。
 A やっぱり考え方の違う人間と結婚するのは無理があるということ
 B 夫の雇用が不安定な場合、妻が仕事をやめるのは危険であること
 C 夫婦の収入が不安定だと、離婚する可能性が高くなるということ
 D もしも離婚した場合、低い収入でもあったほうがいいということ

(泣)

問七 傍線部7「一概に比較することはできない」のはどうしてか。次のA〜Dの中からもっとも適当なものを一つ選び、解答用紙にその記号を書きなさい。
 A 一度制作活動を離れた人が再び優れた作品を作り出せないことは明らかだから
 B 子どもを持つことは、優れた作品を作り出す以上にやりがいのあることだから
 C 優れた作品は、それによって得たお金が多いかどうかで判断されてしまうから
 D 子育てに集中したあとの制作活動で優れた作品を作り出さないとは限らないから


この後に漢字の読みの問題があった。


文章を引用されるだけなら、別に恥ずかしくも何ともない。問題にされると恥ずかしい。特に4択がいたたまれない。なぜか追いつめられているような気分になる。でもちょっとだけ笑った。
そのうち去年と同じく、あちこちの大手予備校の現国の先生たちが正解を書いている過去問題集が送られてくるだろう。
解説を読みたいような読みたくないような。



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