ビッグバンドで演奏し始めてわかってきたこと

 縁あって社会人ビッグバンドで演奏し始めて数年。当初はまったくわからなかったビッグバンド界の一般的な状況がようやくおぼろげに見えてきた感じ。以下、いろいろ書いているけどあくまで自分の半径5mで理解したことによる主観なので、実際に正確な見解なのかどうかはわからない。理解に間違いも多いことだろうが、今現在はこう感じている、ということで。

■印象
 アレンジ主体の世界。作曲者が誰、よりもアレンジャーが誰、という方が重視される。アドリブソロは、少なくともアマチュアではそれほど重視されない。演奏する曲がコードなのかモードなのかというのも、あまり意識されないようだ。

 一般的に語られるジャズ史としては、50年代ハードバップ・ウェストコースト、60年代モード・新主流派、70年代フュージョンで80年代にアコースティック見直しで現代に至る、という感じだと思う。この辺はニューヨークのコンボジャズ主体の史観なんだが、社会人ビッグバンドを通して、実際にはもっといろんな流れがあるんだろうなと今さらながら気づいた。その一つがビッグバンド関連の潮流であって、60年代末期のサド・メルオーケストラが、西海岸の比較的譜面に強い白人の大学学バンに受け入れられ、これに刺激された形で様々なモダンアレンジのビッグバンドが育つ土壌が生まれた、というものだ。当たらずとも遠からず、だと思っている。

■プレイヤー層
 モダンなビッグバンドのCDを買ってメンバーを見てみると、中西部〜西海岸のバンドで白人が主体のケースが多い。先ほど書いた、西海岸の大学学バンというのが人材供給源として想像できる。ゲストミュージシャンも、ウェストコーストジャズで聞いたことあるな、というプレイヤーが多い。
 ニューヨークを拠点とするバンドは上の限りではない。例えばMingus Big bandなどはコンボプレイヤーの集まりで、アドリブも当然のように濃い。

■演奏される曲
 演奏されるのはビッグバンド専門の作編曲家のオリジナル曲のほか、スタンダードが多い。コンボジャズマンの曲もたまに演奏されるが、彼らの曲はビッグバンドとして演奏するには単純なものが多いため、たいていはアレンジが追加される。フュージョン曲のビッグバンド化も貪欲で、そこいらのハードバップ親父よりはるかに新しい響きの音楽を演奏している。

■アレンジ
 1940年代のIn The MoodやTake The A Trainの頃は、サックスがメロディ担当でトランペットとトロンボーンが合いの手担当、という大まかなアレンジ上の分担があったが、現在のものは格段に複雑になっている。木管金管ブレンドは当たり前。
 拍子もワルツは当たり前で、変拍子もよく演奏される。リズムも多彩。
 音色もぐっと豊かになっており、サックスは、アルト2本〜テナー2本〜バリトン1本を基本としつつも、フルートは基本で、ソプラノサックス、ピッコロ、クラリネットバスクラリネットを必要に応じて持ち替えて演奏するのが当然になりつつある。この辺の基本を作ったのがThad Jones - Mel Lewisのオーケストラだと理解している。

■バンドリーダー・アレンジャー
 有名どころのうち、覚えたものは下記の感じ。アレンジャーは9割が白人、というイメージ。Quincy JonesThad Jonesは例外。大編成のアレンジをするにはある程度の楽理の知識が必要なわけで、学理を学ぶには金が要る。この辺はアメリカの根強い繊細な問題が影響しているのかも。

Count Basie
 学生バンドを中心に、ビッグバンド界の基本になっている。Quincy Jones、Sammy Nesticoのアレンジが多く、ビッグバンド界では有名なアレンジ多数。特にSammy Nesticoの一部はアレンジが作り込まれており、同一曲でもバージョン違いまで含めて研究されていると聞く。
 歴史の長いバンドなので、April In ParisやOne O'Clock JumpのようなQuincyやNesticoが入る以前の古いアレンジは、アドリブまで含めて完コピする場合もある。ここまで来るともはやGlenn Miller的な再現音楽の世界に入っていると思う。

Thad Jones - Mel Lewis 〜 Vanguard Jazz Orchestra
 略称サド・メル。信奉者が多い。60年代末期から70年代にかけて活躍。Thad Jonesによるモダンかつブルージーなアレンジが基本になっている。アドリブも強力でバランス良く感じる。Thad JonesとMel Lewisが亡くなってからはVanguard Jazz Orchestraがこのバンドの流れを汲んでいると聞く。Vanguard Jazz Orchestraの近年のアレンジャーの一人Jim McNeelyは個人的にお気に入り。

・Maynard Ferguson
 トランペット中心に信者多く、一般ウケも抜群。「ロッキーのテーマ」「スター・トレックのテーマ」あたりが一般的には有名か。これらの有名曲については、ジャズ風ポップスとして聞き手を拡大した功績があると思う。

Maria Schneider
 Gil Evans晩年の弟子と言われた女性アレンジャー。木管楽器の多用、アコーディオンや女性によるヴォイス、エキゾチックなモードスケールが、水彩画のようなハーモニーで構成される。物語的で、交響詩のジャズ版といった趣き。その分ブルース臭さは希薄。

・Mingus Bid Band
 故Charles Mingusの曲を演奏するビッグバンド。アレンジもラフでアドリブ主体。コンボ聞いている人には、Migus Bandそのままなので受け入れられやすいと思う。

・Gordon Goodwin
 最近はやってきた人。映画音楽のアレンジャーをやっていた人のようで、ハリウッド映画のサントラと聞き間違うばかりのエンターテイメント性の高いアレンジが特徴。カッチリお約束で作り込まれ、一歩間違うと下品になる直前で良質なサウンドに仕上げている。

・その他の著名なアレンジャー
 Bob Brookmayer、Frank Mantooth、Rob McConnell、Jim Martin、Bill Holmanなどがよく聞くところ。これに、サルサなどのラテン系や北欧のアレンジャーが彩りを添えているイメージだ。

 一方で、コンボで名前が知られているDuke EllingtonやGil Evansのオリジナルアレンジはほとんど演奏されない。Dukeの曲そのものはたくさんされているけど。アレンジがあまりに独自過ぎて、譜面化できないからだと思う。
 秋吉敏子さんは、純粋に「難しい!」というイメージ。で、実際に譜面をみたらそのとおりだった。

■取りあえずわかったこと
 知った風なことを書いてきたが、コンボばかり聞いている人から見ると、西海岸の白人ミュージシャン主体に独自の進化をしてきたジャズであり、ジャズという音楽言語は同じながら文化が違うというところが面白い、というのが目下の感想だ。アレンジそのものの技法は相当高度なところまで来ていると思うので、かつてのMiles DavisとGil Evansのようなコラボレートがもっとできればいいのにな、と思う。