kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

「慰安婦検証記事」をめぐる池上彰と朝日新聞、それぞれの愚行

慰安婦問題に関する国内世論というのは、トンデモの最たるものであろう。

この問題について、「保守」とも「リベラル」とも距離を置いたとかいう、熊谷奈緒子という人が書いたちくま新書『慰安婦問題』という本を、例の朝日の「検証記事」が出た8月5,6日を挟んで読んでいた。たいした本とも思えなかったので当ダイアリーには取り上げずにきたが、あの集団的自衛権の政府解釈変更を推進した北岡伸一に助言を受けたという著者が書いた本の中に、吉田清治という人の虚偽の証言の問題など全く出てこなかった。つまり、吉田清治の証言が虚偽だったことなど、慰安婦問題の研究者の間では歯牙にもかけられていない問題なのだ。


慰安婦問題 (ちくま新書)

慰安婦問題 (ちくま新書)


著者が「保守」とも「リベラル」とも距離を置いている、と書いたが、リベラル派が批判する「アジア女性基金」を著者は評価する立場に立っている。リベラル派は、日本政府でなく「アジア女性基金」が「償い金」を払ったことを批判するのだが、(早くも本が手元にないので記憶に基づいて書くが)著者は、たとえば実際に償い金を受け取った韓国の元慰安婦の人たちが、韓国国内の「リベラル派」から強い批判を受けたが、その「韓国のリベラル派」には比較的裕福な人が多かった、といった批判をしていた。

一方で著者は、「軍人や役人が直接に女性を連行したか否かだけを論点にして、それがなければ日本には責任がない」式の右翼の論法も退けている。

著者は「保守からもリベラルからも距離を置く」一方で、フェミニズム的な立場をとり、「女性国際法廷」を肯定的に評価している。そのためか、アマゾンのカスタマーレビューは右翼たちによってクソミソに酷評されている。何しろ、10件のカスタマーレビューのうち5件が「星1つ」の評価で、そのすべてが右翼による酷評なのだ。

「女性国際法廷」といえば、安倍晋三と故中川昭一が2001年にNHKの番組を改編させたことで知られる。その「女性国際法廷」を肯定的に評価する本の著者に、安倍晋三の集団的自衛権行使政府解釈容認にお墨つきを与えた北岡伸一が助言しているわけである。その本が取り上げもしない「吉田清治の虚偽証言」なる些細な問題を針小棒大に右翼が騒ぎ立て、それに週刊新潮や週刊文春だけではなく、週刊ポストや週刊現代までもが尻馬に乗って、日本のマジョリティにしてしまったのが現状である。とてつもなく極右的な主張に偏った言論空間であるというほかない。

実は朝日新聞も、熊谷奈緒子と同様「アジア女性基金」を積極的に評価する論調をずっととってきていて、その点をリベラル側から批判されている。その朝日が、「保守」(実際には「右翼」あるいは「極右」)のご機嫌を取ろうとやらかしたのが今回の「検証」ではなかったかと私はにらんでいる。それで、朝日は「政治的には最悪の判断」をしたと考えているのである。

この問題に関する言論空間の偏りから思い出されるのは、1972年の「西山事件」であって、あれも政府(佐藤政権)の意を受けた週刊新潮による問題のすり替えが世論のマジョリティになってしまった。

今回の朝日の「検証」も同じであって、毎日新聞やTBSまでもが、「右翼にもご機嫌を取る」、「右にも左にも配慮した」報道をして、極右的マジョリティの形成に手を貸しているていたらくである。西山事件の教訓が生きていれば、そんな報道はできないはずなのだが。

そして、極右的マジョリティに迎合したジャーナリストとして池上彰の名前が挙げられる。

http://shukan.bunshun.jp/articles/-/4316

池上彰氏が原稿掲載拒否で朝日新聞の連載中止を申し入れ

2014.09.02 19:57

 ジャーナリスト・池上彰氏が朝日新聞に対し、連載「新聞ななめ読み」の中止を申し入れたことが明らかになった。朝日関係者が明かす。

「月に一度の連載『新聞ななめ読み』は、池上氏が一つのニュースについて各紙を読み比べ、その内容を自由に論評するもの。8月末の予定稿では、慰安婦報道検証を取り上げており、『朝日は謝罪すべきだ』という記述があった。朝日幹部が『これでは掲載できない』と通告したところ、池上氏から『では連載を打ち切ってください』と申し出があり、その予定稿はボツになったのです。これまでも同連載は、『朝日の記事は分かりにくい』、『天声人語は時事ネタへの反応が鈍い』などの批評を掲載しており、今回の反応は異常ですね」

 池上氏本人に確認したところ、事実関係を認めた。

「連載を打ち切らせて下さいと申し出たのは事実です。掲載を拒否されたので、これまで何を書いてもいいと言われていた信頼関係が崩れたと感じました」

 8月5、6日に朝日新聞が掲載した慰安婦報道検証記事について、謝罪が一言もないことがこれまで問題視されてきた。そんな渦中に、池上氏の「謝罪すべきだ」という論評を封殺していたことが明らかになり、今後、朝日新聞の言論機関としての見識が問われそうだ。

ここでは、「国際派ジャーナリスト」のはずの池上彰が、国内のガラパゴス的世論に迎合した態度を取ろうとしたことがまず批判されるべきだ。右翼のみがこだわる「吉田清治証言」なるものを針小棒大に扱う議論が、いかに国際標準からかけ離れているかという問題意識を、ジャーナリストであれば持たなければならないのではないか。

さらにいただけないのは、原稿の掲載を拒否した朝日新聞である。朝日としては「なぜ右翼のご機嫌取りをしてやっているのにこんなに叩かれなくてはいけないのか。俺たちは『アジア女性基金』を評価してるために『左』からも批判を受ける立場なのに」と思っているかもしれないが、池上彰から批判を受けたなら、原稿を掲載した上でに堂々と受けて立つ態度が、日本を代表する新聞社には求められるのではないか。

最悪のタイミングでの「検証」記事の掲載といい、池上彰の原稿の掲載拒否といい、朝日は自らを犠牲にして右翼的マジョリティの言論が確立するのを助けるという倒錯した行いばかりをしているように思われる。

最後に、「右翼も朝日も批判する僕ちゃんこそ『中立』」という立場をとりたがる「自称リベラル」たちに対して、国際標準から見ればそんな立場は「右翼」以外の何物でもないと言いたい。