OSSにおける翻訳
報告が遅れてしまったが,OSC2006で翻訳BOFに参加してきた.なお,このBOFは当日になっても発表者・内容共に一切が謎だったので,いったい何をやるんだ?と一部で話題になっていたのだが,実際に行ってみるとサン・マイクロシステムズの樋口さんが発表者だったので安心した(仕事が忙しすぎて概要を登録する暇がなかったとのこと).当日の発表はよく現状がまとめられていると共に,いくつかの重要な問題提起を含んでいた.当日使った発表資料は,以下で読めるので,興味がある人は見て頂きたい(OpenOfficeフォーマット).
http://mail.ring.gr.jp/doc-ja/200603/msg00005.html
ここ数年の変化としては,次のような点が挙げられるだろう.
- サン・マイクロシステムズなどの企業がOSS翻訳者の支援のために翻訳スタイルガイドや翻訳辞書にアクセスできるようにしたこと.
- 企業内で使われていたような翻訳メモリシステムが使えるようになってきたこと.
まあ,この辺の話は樋口さんの資料や,次の斎藤玲子さんのブログを見て頂ければよいだろう.
http://blogs.sun.com/roller/page/reiko
さて,OSSにおける翻訳(ドキュメントの翻訳と日本語化などが含まれる)が抱える本質的な問題とは何か…それは翻訳は必須の作業ではないことである.たとえば,英語のドキュメントならたいていあるわけだし,また英語のメニューでも良ければ使える.さらに機能の欠落とか,国際化やセキュリティの問題ならば,その問題に直面した人自身が解決しなければ何もできないので非常に困るのだが,翻訳作業をするボランティアは翻訳対象を理解している・できるので,当人にとっても必ずしも必要ではないのだ.
しかし,今までの経験で言うと,OSSプロダクトの普及に与える影響は非常に大きい…少なくとも欧米と異なる言語体系に基づく日本では.実際に翻訳ドキュメントの参照数は非常に多いだけでなく,単に翻訳されているというだけで,明らかに普及の度合いが変わるのを実感している.
なお,私はこの種の作業に数多く関わってきたが,正直に言えば翻訳作業は大嫌いである.できるなら,こんなめんどくさいことはやりたくないと思っているし,他の関係者も同様ではないかと思う.それでもあえておこなうことがあるのは,日本人には日本語訳が効果的であるという事実と,それを誰かがやらねばならないという使命感からだと思う.
現状では,OSS翻訳を継続するのは非常に難しい.どこの団体も,特定少数のボランティアの熱意ある貢献によって支えられているが,必ずしもそれが安定していないのが現状だろう.実際にOSSプロダクト自体の開発が安定していても,翻訳は見るも無惨な状況に置かれていることがよくある.私の経験から言うと,これは次のような問題があると感じている.
- 燃え尽き症候群が起こりやすい.つまり,一生懸命作業していた人でも,突然音沙汰がなくなるということが非常に多い.理由はいろいろある(一部は後述する)が,翻訳作業の協力者がそもそも非常に少ないことと,翻訳コストを低減すると共に品質をある程度に保つ技術が確立されていないからだと思う.できれば複数の人間に負荷分散するのが理想的なのだが,実際には難しく,またその技術の確立の際の負荷が燃え尽き症候群を誘発する危険もある.問題なのは,そのような人間が重要や役割や作業を抱えていることが多いので,全体を一気に停止させてしまうことだ.本来は多くの人間に負荷分散することは,新しい人間が参加しやすくなり,情報交換がさかんに起こり,コミュニティ全体を活性化させるという多くの利点があるのだが,善意から負荷を抱え込んでしまう人間も多い.
- 樋口さんもBOFで言及したように,ボランティア翻訳で認められれば商業誌執筆やセミナーなどの機会が得られる.しかし,それを機会としてOSS翻訳から離れていく例が多いようである.この理由として,前述のように書籍執筆などの負荷の高い作業を抱えることで燃え尽きてしまうことと,主な活動の場を商業誌執筆やセミナーに移してしまうことがある.後者の場合の主な原因は,商業誌やセミナーの方が個人として認識されやすいと共に,周囲から明確なフィードバックがあるためにモチベーションが維持しやすいからではないかと思っている.特に,日本は海外のOSS活動などの情報を日本人のエヴァンジェリスト経由で得ることが多いことから,そのような役割の人間が専門家とみなされ有名になりやすく,実際のOSS活動をしていた時との周囲の受け取られかたのギャップが大きいのである.個人的方向性の違いで変わるのは悪くないが,そうしないと貢献が認識されない雰囲気が日本国内にあるとしたら問題かもしれない.少なくとも,インストール方法や簡単な使い方のような基本的な情報は商業誌に頼らずとも,Web上で日本語で読めるのがよいと思うのだが.
- 一般的にOSS翻訳は軽視されており,そのような雰囲気を形成している団体では当然ながらうまくいかない.これはOSS団体そのものと,翻訳活動をしている日本人のコミュニティの二カ所で起こるようである.まあ,OSS団体で翻訳や日本語化を邪険に扱う(例えば,パッチを送っても反映されない,国際化自体が不要だと却下するなど)時は,当然の結果だと言えよう.また翻訳というものが有効な日本人のコミュニティでも,「OSSへの貢献=自分の必要・好きなことだけをすること」という雰囲気が形成されて,翻訳そしてその保守のようなバックアップ的な仕事を手伝おうとか評価しなくなると,当然停滞することになる.もちろんバックアップ的な仕事を誰もしなかったらOSSは成り立たないのだが,たいていの場合は日本が主な活動の場ではないので(苦笑)なんとかなってしまうし,そもそも翻訳はなくてもなんとかなるのだ…日本で普及しなくてもね(苦笑).樋口さんが話していたように,コーディングだけでなく,ドキュメントなどのバックアップ的な活動を積極的に評価する機会を作らないと難しいかもしれない.
で,以上のような問題を考えるために,doc-jaプロジェクトという,OSSプロジェクトを横断するメタ・プロジェクトが提案されているので,興味がある方は参加するとよいのではないかと思う.