「ご査収ください」。それに対する返事は?

(第166号、通巻186号)
     学窓を巣立って間もなく社会人になる若者たち。これまでの人生で使ったことのない言葉に直面し戸惑うことも多いはずだ。そんなビジネス用語の一つに「ご査収ください」がある。査収の意味について、小学館『大辞泉』は、「金銭・物品・書類などを、よく調べて受け取ること」と説明し、「どうぞ御査収下さい」の例文を挙げている《注1》。
    要は、単に受け取るのではなく、中身を確認(検査)したうえで、受領(収める)する、ことである。ほとんどの社会人1年生は、意味もよく知らないまま、職場の先輩の見よう見まねかビジネス文書の書き方といったハウツウ本をもとに使うようになる。私自身はいわゆるビジネス文書とは縁遠い職業だったので、「ご査収ください」に類した文を実社会で目にした最初の記憶は、実を言うと自宅の電話をファクス兼用機に変えた時だ《注2》。ファクス電話機のメーカーからテストを兼ねて送られてきたファクスの文の末尾に用いられていたのである。
    その後、注意してみると、通販などでもよく使われる言葉であってビジネス文書に限られているわけでもないようだが、用いられ方は、職場の慣習や個人の好みにより細かいバリエーションがある。
    多いのは「ご査収ください」だが、「ご査収のほどよろしくお願いします」、「よろしくご査収ください」、「御査収よろしくお願いいたします」など、「よろしく」の位置や「ご査収」か「御査収」か、あるいは「ください」をひらがなにするか、漢字で書くか、といった違いだ。
    問題は、「査収を求められた側」が返事をどう書くかである。ほとんどの国語辞典は「ご査収ください」の類の用例は出しているが、受け取る側が書く文書の用例を挙げているのは、きわめてまれ。小学館『現代国語例解辞典』が「納品を査収する」の例文を示しているのが目につく程度だ。しかし、物品ならともかく、文書類のやりとりとしては、「査収しました」と書くのではどこかしっくり来ない。
    「お受け取りしました」とか「確かに拝見しました」とかの書き方も考えられるが、中身を確認したかどうかまでは触れておらず、「ご査収ください」の返事としては不十分だ。とくに近年は、Eメールに文書ファイルなどを添付してやりとりすることが多い。その場合、メール本体は受け取ったが、添付の文書ファイルが文字化けしていたり、ファイルを開けなかったり、極端な場合、添付し忘れといった“事故”もありうる。査収の「査」には、その点も確認してほしい、という意味合いが込められているケースもある。手紙の結語の代わりに習慣的につけているだけとは言えないのだ。
    「確認の上、確かに受領いたしました」、「お送りいただきありがとうございました。内容についても問題ございません」といった趣旨のことをスマートに書ければ良いのだが、うまい表現が思い浮かばない。私自身の方から「ご査収ください」を使うことはないが、その文面を受け取った場合はどう返事を書くべきか「老社会人」にとっても難問だ。


《注1》 『新明解国語辞典』第6版(三省堂)では、「請求書を同封いたしましたので、ご査収ください」という少し長めの例文を示している。
《注2》 あえて「実社会で」と書いたのは、学生時代に「コレポン」(business correspondence)と呼んでいた貿易英語の授業で習った記憶がかすかにあるからである。