ヒグマってベジタリアンなの?

アサイさんのブログ「紺色のひと」にアップされた「日本熊森協会のヒグマ認識がひどい」という記事を読んだ。
この記事は熊森協会の持つ認識についてのオカシサを指摘したものであり、北海道に於けるヒグマの生態や保護のあり方に対して熊森協会が根拠とした文献の引用元を参照しながら検証している。
記事の詳細については元記事を読んでいただくとして、どらねこは「ヒグマがベジタリアン」という記述について色々と考える事があったので、その部分についてのみ個人的に思った事を書いてみる。


■クマのふんの98%は植物質
孫引きになってしまいますが、アサイさんの記事から再引用してみます。

ヒグマについては、ヒグマの会山本牧副会長が平成24年に東海大学札幌校舎のフォーラムで講演された記録「ヒグマはなぜ里に近づいてくるのか」も読まれました。その中に、

1970年〜1980年までのヒグマの糞調査の結果、98%が植物質、残り2%は、アリ・ザリガニで、ほとんどベジタリアンだった。しかし、近年、人間が山でエゾシカを撃って放置するようになってから、シカの死体を食べるヒグマが出てきた
という記述があります。沢田さんは、人間が、クマの食性まで無茶苦茶に壊していっている現状に、胸を痛めておられました。

(汐文社 新刊書 「クマに森を返そうよ」 沢田俊子著が大好評−くまもりNewsより熊森協会による引用

まず、熊森協会からの引用部分です。
次に、前後の文脈も踏まえたアサイさんの引用を孫引きします。

クマは本当にどこを消化したのだろうと思うぐらいほとんどが未消化の草のかたまりみたいな糞をします。クマは犬やネコと同じような食肉目(ネコ科)で、クマ科というグループに属していますが肉ばかり食べている訳ではありません。
 私たちは1970年代から1980年代にかけて糞の調査をしましたが、そのころは98パーセントが植物質でした。残りの2パーセントはアリとかザリガニとか自分の体を舐めた体毛などで、ほとんどがベジタリアンの生活でした。
ところが最近はちょっと変わってきています。ご存知のようにエゾシカが増えていまして、シカが森で自然に死んだり、狩猟で撃たれた死骸が放置されていたりすることがありますから、クマの食べ物の中にシカ肉がすごく目立つようになりました。 
(上記講演会資料「ヒグマと人との出会い 住宅地に出てくるヒグマの実態と安全対策」より、ヒグマの会副会長 山本 牧氏による)

アサイさんが指摘しておりますが、現状は講演録にあるように、現在は植物質の食事の割合が減っているだろう事を示唆する事が述べられておりますが、ここでは本題ではありません。
どらねこが気になるのは、調査した糞の成分についてその98%が植物質であったという報告の部分です。


■どうして糞の植物質の割合が気になったのか
私たちが食事内容についてお話しをする場合、通常は実際に食べたものを見て評価をすると思います。しかし、野生動物の食べているものを調査するのは容易ではありませんから、その代替指標として糞の成分を調べるというのが妥当な方法になると思います。
勿論、この糞の調査はとても大事な物なのですが、糞として排泄された成分は食べたものの割合を確かに反映はするのですが、消化吸収のしやすさなどによって出てくる割合が変わってしまうという特徴があります。
どういう事かというと、植物には細胞壁というものがありまして、それを構成するセルロースという糖質は動物の消化酵素で分解されないという特徴があります。なので、動物性食品にくらべて消化吸収されにくい*1のです。
仮想のデータとして、肉野菜それぞれ100g食べた場合、野草を食べたら消化されずに排出されるものが15g、動物の肉が5g排出されるとしたらどうなるでしょう。

(15÷(15+5)×100=75
・・・75%



という事で、野菜と肉を等量食べていても排出される物は植物質の物が75%という事になってしまいます。
この数値の妥当性は分かりませんが、多くのかたは食物繊維の多いモノを食べた翌日には糞便の量がかなり増えるという事を経験したことがあると思います。食事由来のたんぱく質、糖質、脂質の3大栄養素はそのほとんどが消化吸収され、残ったものの多くはセルロースや他の消化吸収の難しい成分や体から剥がれ落ちた老廃物、腸内細菌の屍骸、粘液や水分であり、これが糞便の成分なのです。
だから、糞便に含まれる植物質の割合が98%であるのが本当だったとしても、それは食事の98%が植物質であることを意味しないし、おそらくその割合はもっと低いと推察されます。
もう一つ細かい話をついでにさせてもらうと、肉体を維持するために必要なエネルギーに占める植物質と動物質の割合がどうであるのか、というのも大事な要素です。
一般に植物は重量あたりの利用可能エネルギーは少なく、動物性食品は高エネルギーである事が知られています。なので、クマにしても植物質であっても比較的効率よくエネルギーを採取できる、秋の果実やドングリなどが冬を乗り切るための重要な食事となっているのでしょう。たまにありつくことのできる、動物性食品はクマにとってご馳走であるはずです。
エネルギー比で考える事の重要性は、仮に動物性食品が食事の5%ほどであったとしても、エネルギー密度が4倍もあれば、全体の20%の構成比となるという事です。食事はその量だけではなく、エネルギーなどに占める割合という観点で見ることも大事*2なのです。



■ベジタリアンという言葉にも違和感
もう一つ、ベジタリアンという用語にも違和感を持ちました。
その理由は様々ではありますが、菜食主義であるならば野菜など植物性の食品を選好した食事であるはずです。
例えば、色々な種類の美味しい食べ物が並んでいたとしても、野菜など植物質のものを選んで食べるというのなら、ベジタリアンであると表現されてもおかしくないように感じます。ところが、元の講演録にもあるように、シカの屍肉が放置されていればそれを食べるというのであれば、それはベジタリアンとは謂えないでしょう。
要するに、野菜しか食べることの出来る物が見当たらないから仕方なく野菜ばかりを食べている人がいたとしたら、その人をベジタリアンと呼びますか?と謂う事です。


■おわりに
アサイさんのエントリの本題からはずれた話となりましたが、動物の食性というのは生態、栄養学、生理学など色々な観点から考える必要のある問題であるとどらねこは思います。一つの方向から物事をみただけでは、大きな落とし穴がある事に気がつかないまま先に進んでしまうことにもなりかねません。
ヒグマを保護したい・・・その気持ちはわかりますが、その為にはヒグマの事をよく知らなければ望ましい対策を立てることも出来ないでしょう。
誤った理解から、ヒグマはベジタリアンだから人や家畜を襲わない*3と思わせてしまう危険性があるかも知れません。
山にある食べ物よりも食べやすくて栄養価の高い物があれば、そちらを選び人里に降りてくる可能性があることなどは講演録から考えれば予想の出来る事ですから、中途半端でなくその辺りまでしっかりと引用して、クマとの共存への提言をしてくれればなぁ、とどらねこは思いました。

*1:同じ植物でも農産物では消化しやすいデンプンの割合が多いものや糖分の多い果実などを選んで栽培してますからそれらを多く食べる場合には消化しやすいでしょう。相対的に山野草や堅果の殻などの排出割合が多くなるはずです

*2:とはいえ、クマについてはベジタリアンとは謂えないものの、その食事由来エネルギーには果実の占める割合が大変多い事がnabesoさんから教えて頂いた文献から伺う事ができます。ありがとうございました。http://hokudaikumaken.web.fc2.com/report/higumatsuushin41/2005_urahoro.pdf

*3:いやそうはいってはいないですが、勘違いさせる可能性はあるかなとは思う