誰がログ

歯切れが悪いのは仕様です。

翻訳とキャラクターと言葉と役割語

 以下のまとめを読んで。

 まとめた@さんもはてブのコメントで指摘されていますが、タイトルに例示されている「女性ことば」は第一の論点では無いように感じました*1。僕の理解では、主な論点は次の二つ(誤読してたらすいません)。

  1. 他言語から日本語への翻訳の過程において、日本語の方の言葉遣いで過剰な/余計なキャラクター付け(を意図した表現)が追加されてしまうことがあること。
  2. その言葉遣いが、実際にはあまり使用されていない場合や、実際には特定の属性/キャラクターと結びつくようなものではない場合があること。

 一点目は言語研究から見てもとても面白いテーマだと思いますが、翻訳自体、専門分野ではないので言及は自重*2。二点目に関しては言語研究、日本語研究に親しみのある方なら「役割語」というキーワードが思い浮かぶことでしょう。実際、ブコメでも言及している方は多いです。

具体的な書名も挙げられているのでこんなエントリ書くのも、と思いましたが「書くかも」なんてタグも付けたことだしちょっとだけ本の紹介をしておくことにします。

役割語研究へのイントロ

 役割語研究に触れるにはなんといっても次の本がおすすめです。

ヴァーチャル日本語 役割語の謎 (もっと知りたい!日本語)

ヴァーチャル日本語 役割語の謎 (もっと知りたい!日本語)

専門の研究でも必ず引用されますが、岩波書店の<もっと知りたい!日本語>というシリーズの一冊で、言語研究の専門知識が無くても楽しめる内容になっていると思います。
 さて、役割語の話は「実際には使用されていないが一定のキャラクターと結びつく言葉づかい」という意味/文脈で使用され、実際の研究でもそのような言語表現についての研究が多いと感じます。金水(2003)自身も冒頭で

役割語は必ずしも現実の日本語とは一致しない、というより、全然違っていることが多いのです。たとえばあなたは、「そうじゃ、わしが博士じゃ」という博士に会ったことがありますか?「ごめん遊ばせ、よろしくってよ」としゃべるお嬢様に会ったことがありますか?そんなものは、どう考えても今の日本には存在しませんね。
(金水(2003):「役割語の世界への招待状」より)

と述べています。しかし、金水(2003)自身の役割語の定義には「実際には(あまり)使用されない」という条件は明示的には含まれません(「いかにも使用しそうな」という部分にその指向性を感じることはできるかもしれません)。

ある特定の言葉づかい(語彙・語法・言い回し・イントネーション等)を聞くと特定の人物像(年齢、性別、職業、階層、時代、容姿・風貌、性格等)を思い浮かべることができるとき、あるいはある特定の人物像を提示されると、その人物がいかにも使用しそうな言葉づかいを思い浮かべることができるとき、その言葉づかいを「役割語」と呼ぶ。
(金水(2003): 205)

「実際には(あまり)使用されない」という特徴は役割語の面白さの重要な側面でもありますが、同時に難しいところでもあると思います。「博士語」などわかりやすいケースもあれば、「実際には(あまり)使用されない」かどうか、なかなか判断が難しい場合もあるのではないでしょうか。程度で捉える場合もあるかも。
 ブコメには「日本語にはそういう表現があるんだよ」というようなコメントも散見されましたが、僕がtoggeterを読んで感じたのは、こういった言葉づかいの「やり過ぎ」「過剰な使用」や「紋切り型な対応/使い方」への疑義でした。もし「やり過ぎ」が問題なのであれば、役割語自体の存在とは即ぶつかるものではないのではないでしょうか。もちろんいろんな方のpostが拾われていたのでこうやって簡単にまとめていいのかどうかわかりませんが…
 あと、翻訳の場面では、元の言語ではすごく丁寧に(あるいは乱暴に)話しているのに、職業や国籍などの属性のみに基づいて逆のニュアンスの言葉づかいに翻訳されてしまったり、という問題もあったりするのではないでしょうか(こういうのはさすがに少ないかな?)。
 役割語は「博士語」などの紹介で終わってしまうことも多いようですが、金水(2003)では言葉遣いとステレオタイプの関係、標準語について、性差と言葉の関係、webでも時々話題になっている中国人キャラクターの「アルヨことば」など、様々な話題について論じていますし、言葉の歴史的変遷についての話も多く取り上げているなど、大変お買い得な一冊ですので、少しでも興味のある方はぜひご一読を。

役割語研究のいろいろ

 と言ってもそんなに詳しいわけではありませんが…その後、二冊の論文集が出ています。

役割語研究の地平

役割語研究の地平

役割語研究の展開

役割語研究の展開

webでは役割語が日本語だけの特徴のように言及されるのも時々目にしますが、いくつかの他言語との対照研究も進められているようですし、翻訳に関しての論文もあります。
 今年出た「展開」の方には、id:negenさんの「ツンデレ言語論*3」の論文が!

この二冊は論文集ということで一般的な感覚では手の出しやすいお値段ではありませんが、面白い論考が多く、言語研究にあまり詳しくない方にも楽しめるのではないかと思います。

おわりに

 翻訳、ジェンダー論、社会言語学の観点からについて誰か書いてくれると嬉しいなー

*1:もちろんそこからジェンダーと言葉使いの議論に発展することはあるだろう。

*2:ブコメでは日本語母語話者に対しても似たようなことが起きるよね、みたいに書きましたが、やはり色々見てると翻訳の方がケースとしても多く、過剰な場合が多いと感じます。

*3:ブログの方の各エントリは左下の「アクセスの多いネタ」の一番下にあります。