『数学ガール』はソフトウェア技術者のおっさんが読むべき

遅ればせながら『数学ガール』の最初の話を読んだので、思ったことを書いてみます。
 
ソフトウェア技術者をやっていて、数学的な知識が必要になることが時々ある。そんなわけで、数学については以前から勉強しなおしたいと思っていたけれど、なかなか良いテキストに出会えなかった。高校生の受験対策テキストはターゲットがピンポイント過ぎるし、かといってオイラーやラマヌジャンがいかに超人だったかみたいな数学エッセイもちょっと違う。『数学ガール』はそんなソフトウェア技術者が数学に再挑戦するきっかけになり得る小説だ。
 
数学って不思議な学問で、誰もが数学に対して挫折感を持っているように見える。普通の人は高校数学くらいで挫折して、理系の人は大学数学で挫折して、数学課の人も博士課程あたりで挫折している。他の国語や社会のような教科ではそんなことはない。たとえ専門家よりもはるかに知識が浅いまま学校を卒業しても挫折感は持たない。
 
数学の特徴はなんだろうか。最初は計算の能力が問われたが、そのうちに暗記教科になっていく、ひらめきも必要だ。僕は数学とは、美しく整合の取れた唯ひとつのパラダイムを学ぶものだと思っていたが、どちらかというと次々と新たなパラダイムを受け入れて乗りこなしていく教科なのだと、今になって思う。ゲームにあらたなルールが設定されたとき、それに上手く乗れた奴が勝つのだ。
 
そしてこれはソフトウェア技術に似てる。オブジェクト指向、デザインパターン、アスペクト指向、クロージャ、継続、モナド……、ソフトウェア技術のトレンドでは、これまでの延長上にない概念がある日突然クローズアップされたりする。今まで磐石だと信じてきた足元がぐらつき、蓄積してきた武器や装備がまったく役に立たないような不安な気持ちになる。
ついていけないエンジニアは途中で前進するのをやめるしかない。ここまでは理解できたが、ここから先は理解できない。ピーターの法則にも少し似てる。壁は次々と現れて、いつの日か自分の能力では越えられない壁に突き当たる。これがつまり、ほとんどの人が挫折感を感じるもとなのだろう。
 
僕は、ようやく最近この不安感を楽しめるようになってきた。ここから先は「まだ」理解できない。でも、今は理解できなくとも、周辺の知識をもっと学んだり経験を多くつんだりすればいつかふっと理解できる、ということがわかってきた。ソフトウェア技術を修得する上で成功体験を少しずつ積み重ねてきた。
学生のうちにこのことに気づいていたら、きっと数学も楽しめたのだろう。実数がすべてと思っていたときに、虚数の概念が現れたとき、背理法、極限など、それまでのゲームのルールをひっくり返すような考えを面白がれたかもしれない。
 
『数学ガール』に戻ると、最後の方でミルカさんがあざやかな方法で解いた問題について、「僕」の泥臭い力技の方法でも解いてみせる。そしてそれもまた正解だと言う。自己が肯定され、好意が告白され、TMTOWTDIが示されるという感動的なシーンだ。甘酸っぱいストーリーはともかくとして、僕は今まで数学にTMTOWTDIがあることさえ考えたことがなかった。
あと検算というものが何十年もわからなかった。どうやればいいのか、どこまでやればいいのか。『数学ガール』ではとても丁寧に検算の描写をしている。なんだ、そうか。今ならわかる。検算はユニットテストだ。
 
そんな感じで、ソフトウェア技術の武器を手に入れてから数学に再挑戦すると意外と自分でも戦えることに気づかされた本でした。なので高校生とかにお勧めするのもいいけど、おっさんも読むべき。ぜひ。